第69話 8人目の法帝
コンコンと扉を叩く音におれは起こされた。日の強さからするに昼前だろうか。……寝過ぎたかな。いつものことながら。
「おはよー! エスト!」
セリアがそう言いながら部屋の中に入ってきた。返事もしてないのに入ってきて……まぁ別に困る訳でもないんだけど…。昼まで起きなかったおれが悪いとはいえ、もう少し遠慮を覚えてほしいものだ。
「おはよう。何か?」
「お昼食べるでしょ? ちょっと離れたところだけど、良い感じの肉料理屋さんがあったから呼びに来たの」
「あぁ……うん、食べるよ。準備するから外で待っててくれ」
「急がなくてもいいからね」
そう言ってセリアは扉の向こうに出た。おれは身支度を済ませておれも外へ向かった。宿の外ではセリアとグラが待っており、そこから南に20分歩いたところに店が構えていた。肉の焼けた良い匂いがする。おれはステーキを注文し、セリア達と雑談しながらそれを食べた。
「うん……旨いな。よく見つけたな」
「朝歩いてたらね、美味しそうな香りがしたから。焼いたグラみたいな香りが」
「え”っ? 儂?」
「ふーん。グラを焼いたらこんな匂いなのか」
おれはグラを見ながらそう言った。セリアはグラを焼いたことがあるのかな? ……まぁあるか。強めに手合わせしたら火傷くらいしそうだもんな。
食事を済ませた後は、適当に街を歩いていた。特にやることもなく、ただただ散歩をしていた。会議が始まるまでにはまだ時間があるし、どこか時間を潰せるところでもないかと探していたのだ。
街の中を行ったり来たりし、結果おれ達は街の中央にある大広場に腰を下ろしていた。
「あと4時間くらいか。暇だなぁー」
「そうね。もう少しヘルダルムを出発するのを遅らせてもよかったかもね」
「たまにはいいじゃろ。暇を持て余すのもそう出来るものではない」
おれ達は広場中央の大きな噴水の近くに座っていた。途中屋台で買った焼き鳥を食べながら、風の音を聞く。
確かに暇な時間があるというのは良いことでもあるんだが……せっかく遠出したのに何もないというのもな……。いや、これからあるんだが。そう考えているうちに、グラは木の下で昼寝を始めていた。……一瞬目を離したらもう夢の中だ。
「おや、セルセリア嬢とグラダルオ君じゃないか? ………ということは、君がエスト君だね?」
「おれ? …………どちら様で……?」
おれの名を呼ぶ声がしたので前を向いてみると、そこには老紳士が立っていた。60か70ほどの貴族であろうか。高級そうな服と帽子を身に纏って、背筋を伸ばしたまま杖をついている。
後ろにはメイド服の女を連れている。……メイド服というか、実際にメイドなんだろうな。セリアとグラの知り合いだろうか? ……東大陸に?
「あぁ! スリドさん! こんにちは。リンシャさんもお久しぶりで」
「ええ。お久しぶりです」
スリド? ……スリドか……。なんか聞いたことある気がするなぁ……。どこで聞いたんだっけか。もう少しで思い出せそうなんだけど……。えーと……うーんと……。
「……あ!! おっさんあれか! 八法帝のスリドか!」
「ちょッ……エスト! おっさんとか言っちゃダメよ! それに……」
「はっはっ! 構わないさ! スリドとは私のことだが、私は八法帝ではないぞ」
あれ? そうだっけ? なんかそんな風に聞いたことあった気がしたんだけどな。記憶違いだったか?
「私ではなくウチのメイド、リンシャが八法帝だ。よく間違われるのだけどね」
「へぇ。でもアンタも強いだろ?」
「昔は冒険者だったから少しはね。でも流石に法帝ほどではないさ。それにしても……自分主義のイリアちゃんやバンリューが君のことを推してるからどんな男かと思っていたのだが……なかなか好青年ではないか。………おっと、そろそろ戻るかな。では会議でまた会おう」
スリドさんはそう言ってどこかに帰って行った。挨拶をしに来ただけだったっぽいな。というかスリドさんも会議に参加するのだろうか。
「リンシャさんはスリドさんの護衛みたいなものだからね。基本的にはスリドさんの近くを離れないのよ。だからリンシャさんが参加するためにスリドさんも来るってわけ。リンシャさんは強いわよ」
疑問が顔に出ていたのだろうか。セリアはおれを見るなりそう説明した。
「リンシャってのはなんでメイドなんてやってるんだ? 法帝になるほど強いなら1人でやっていけそうなもんだけどな」
「昔スリドさんに助けられたんだってさ。私も詳しくは聞いたことないけど、命の恩人だからいつまでも近くに居たいんだって。スリドさんはリンシャさんには自分自身の為に生きてほしいって思ってるらしいけどね」
なるほどなぁ……。リンシャからしたらスリドさんのために尽くすのが生きがいってことか。その辺の感覚はおれにはよく分からんな。
それからおれ達は広場の中をプラプラと散策して時間を潰した。グラは木の下で眠っていたが。あっという間に時間が過ぎていき、おれ達は会議へ向かった。




