第54話 法帝との遭遇
おれは邪教を殲滅した後、山を北側に下りて街に来た。ここがどこなのか、そもそも今はあれから何年後なのかすら分からない。地獄で過ごした時間は数十年にも上るが…。
街に来てまずは服を買いに行った。流石に今着ているものはボロボロ過ぎるし、黒い右腕が目立ってしまう。何も分からない状況で視線を貰うのは良くない気がした。
新しく買った長袖の服を着て、おれはギルドの隣の料理屋に向かった。そこは冒険者がよく使っているようで、情報を集めるのにいいかもしれない。
「水と……サラダの大盛り3つ頼む」
「? 他には?」
「それだけで」
「……かしこまりました」
「おっさん達、相席いいか?」
「うん? ああ、構わないぜ」
おれは料理屋に着くと最初に飯を頼んだ。そして入口近くにいた2人組と同じ席に着いた。このおっさん達から情報を聞こう。
「お待たせしました。お冷やとサラダです」
「ありがとう」
「おい、小僧。ちゃんと肉食った方がいいぜ」
「いや、今はいいんだ」
そう言っておれは水を飲み、サラダを一口食った。うまい……。地獄には水も野菜もなかったからな……。
喉が渇けば魔物の血を飲み、腹が減れば魔物の肉を食っていた。その生活を何十年と続けていたので、現世の食い物が最高に旨く感じる。ただの水と野菜なのに……。
「おいおい、泣くほど腹が減ってたのか?」
「ああ、いや、気にしないでくれ。ところで、変なことを聞くようで悪いんだけどよ。我界とバンリューが戦ったのって何年前だ?」
「? お前山暮らしでもしてたのか? あれは3年前だろ。……そう言えば魔族の侵攻が始まるっつーのは今年だったか」
3年か……3年しか経ってないのか。不思議な気分だ。……まぁ魔族も人間もちゃんといるってことは大侵攻はまだってのは当然か。
ここがどこなのかも聞きたいが……流石に怪しまれるからやめておくか。怪しまれても問題ないと言えばないが……何が起こるか分からないからな。
「そうか。おれが聞きたいのはそれだけだ。ありがとう」
「なんだ、それだけでいいのか」
おれは一口一口を噛み締めて食事をした。やっぱり旨い。何より一番水が旨い。人間、綺麗な水がないとやってけないからな。
……逆に何十年と血を飲んで生きてきたおれを褒めてやりたい。そう思っていると後ろに大きな気配を感じた。
「お前……魔の匂いがすんぞ!」
「……!??」
そんな声が聞こえると同時、おれは首元を掴まれ、壁を破壊し外へ放り投げられた。誰だ? なんでおれが攻撃されたんだ? 不思議に思って店の中を見ると1人の女が立っていた。アイツがおれを投げたのか。
「何だ! お前! せっかく飯食ってたのに!!」
「あ……アンタは……何でここに……!?」
おっさんが目を開いて反応した。有名人なのか? 分からない。おれは全く知らない顔だ。
「観光だ観光。……で、テメェ……俺を知らねーのか? 俺は八法帝が一人! シュールラ=イリアだ!!」
「8? ……6じゃなかったっけ?」
「はぁ? テメェいつの話してんだよ!? ……なっ!?」
店から出てきたイリアを一旦無視しておれは店の中へ入った。壁やら何やらを壊しまくったから金は払わないといけない。飯代もまだ払えてないし。
「おっさん、悪いけどこれで弁償しといてくれ」
「テメェよ……動きが速ぇのは分かったけどな……俺を無視してんじゃねーよ!!」
「せっかく可愛い顔してんだからもっとお淑やかになれよ」
「うるせー! 黙れ!」
おれは走って逃げることにしようかと思ったが、どうやらそう簡単にはいかなそうだ。細い腕のくせにイリアの拳は地面を抉っている。……応戦して隙を見て逃げるか。
「俺の能力は『幻想曲』! イメージを具現化する能力だ! テメェが何者だろうが俺の敵じゃねぇ!」
「おれの話も聞いてほしいもんだ」
「『天爆』!」
おれとイリアの拳は水平に交わり衝撃波を生んだ。力は互角、いや、イリアの方がやや強いだろうか。……強力な能力だ。
「テメェ……本当に何者だよ……!」
「おれは人間だよ! 見れば分かるだろ!」
「テメェからは魔の匂いがするっつってんだろ! 魔物や魔族に近い匂いがよ!」
たぶんおれの右腕のせいだ。地獄で試行錯誤して作った腕。魔素から魔物が生まれることから超高密度な魔素は物体になるのではと考えたのだが、それが上手くいったのだ。
自分では気づかなかったが、魔物と同じ気配がするらしい。……当たり前か。
「いい加減ちょっと……止まれよ!」
「うおッ!」
おれはイリアの襟を掴んで後ろに投げつけた。本当に……。少しは冷静になってもらいたいもんだ。
「何の騒ぎだ! 貴様ら!!」
「……!? 次は何だよ!」
後ろを振り向くと、そこには大きな鉄の鎧が立っていた。人間か?
「ドーランか。悪いが今そいつを捕まえようとしてんだ」
「イリア! 貴様、ワシの縄張りで勝手に暴れるでない!!」
「ドーラン? 聞いたことあるぞ。六……いや、八法帝の1人だな?」
「テメェ! 何で俺を知らねーくせにドーランは知ってんだ!!」
「わッ! 待てって!」
「イリア! 貴様これ以上暴れるな!」
逃げるおれを追うイリアをドーランが追っている。なんともカオスだ。しかもドーランはイリアを止めるためにおれのことも攻撃してくる。液状の鉄を出して操る能力のようだ。
「ちょっと……悪いな!」
おれは2人の背後に瞬時に回り、頭を掴んで地面に叩きつけた。悪人というわけでもないし気が引けたが、2人とも法帝なら問題ないだろう。
「痛ってーー!」
「え!? ごめん! じゃ!」
力加減を間違えただろうか。……まぁ大丈夫だろ。こちらからの攻撃はこれ以上はやめて走り出した。2人ともすぐに起き上がって追ってきているが、距離は取れたから足止めは成功だ。
「と……止まれ!!」
「ん!?」
走っていると前に10人近くの冒険者が立っていた。恐らくドーランの部下だろう。……困ったな……このまま走っていけばあの人達に怪我をさせてしまうかもしれない。飛んでいったとしたら後ろの2人が街を気にせず攻撃してくるかもしれない……1人は元々そんなに気にしてないか。
「くそッ!」
後ろから2人が迫ってくる中おれは急ブレーキをかけた。……おれの話を聞いてはくれないだろうか。……脅してみるか。
「……止まった?」
「お前ら! これ以上追ってきたら街もぶっ壊しちまうぞ!」
「何だと! テメェ!!」
「待て! イリア!」
「何だ!?」
「奴は恐らくワシら2人を相手しても戦えるはずだ。それでもさっきは手加減していたし、ウチの部下を攻撃しようともしとらん。ならアイツは怪しいが悪人じゃあないだろう」
なんとかドーランの方は誤解が解けたらしい。これなら見逃してもらえるだろう。
「とはいえ、貴様が怪しいことには変わりない! 大人しくワシらに捕まるというなら危害は加えん!!」
ドーランは手錠を取り出しそう言った。え……捕まえるって危害じゃねぇのか? でもこれを拒否したらいよいよ本格的に攻撃されるよな……。
「分かった! じゃあ大人しく捕まるから危害は加えるな!」




