第02話 セルセリアという少女
自然の匂いがする。木々の間を通る風の音も、微かな木漏れ日の温もりも感じる。そして土の香りもする。……土?
「ぶはっ。はぁ、はぁ」
「土の中に転移しやがった」
おじいちゃんは空間魔法は得意だと言ってたんだが……。どうやら距離も遠かったらしいから座標の設定ミスでもあったのか。まぁ仕方ない。とりあえずここがどこなのか確認しなければならない。
「街でも探すか? ここは……森というより山だな」
山頂方向を背にしているからこのまままっすぐ進んでみるか、そう思ったところだった。
右の方から何やら音が聞こえる。人でもいるのか魔物でもいるのか、とりあえず向かってみることにした。
魔力が複数感じられる。距離が近くなるにつれ、慎重に近づいていった。大きな影が複数見えた。巨大な人型の豚のような魔物、オークだ。
ちなみに魔物は高濃度の魔素が一ヶ所に集まることで誕生する。そのため、魔物を倒すと肉体は天然の魔素に還ったり、物質化した魔素、つまり魔石になったりする。そして魔素の一部は魔力として討伐者に吸収される。
それに対して魔族は獄境と呼ばれる異世界から来た生命体、どちらかというと魔物より人間に近い存在だ。
5体のオークと相対しているのは1人の少女だった。歳はおれと変わらないくらいだろうか。少し様子を見てみようと、エストは草陰に身を隠した。
「『炎の突剣』!」
……! 華奢な身体からは考えられない速度と威力の、不思議な炎を纏った突きが放たれた。瞬く間にオークが1体2体と減っていく。長い黄金色の髪をなびかせながら、少女は剣を振っていた。
オークを殲滅したがまだ隙をみせない。まだ何かあるのだろうか。そんなことを考えていると、おれは身体を仰け反らせていた。
「うおっ!」
少女が剣をこちらに向けて突き出していた。
「あれ? ごめんなさい! まだ魔物がいるのかと……」
心配そうな、申し訳なさそうな顔をしながら手を差し伸べてきた。
おれがコソコソしていたからな。君は悪くないよと言いながら彼女の手を取り起き上がった。しかし驚いたものだ。オークは強い魔物というわけではないが、あの数を一瞬にして倒してしまうのはただものではない。
「あなた、名前はなんていうの? 私はグランデュース=セルセリア。セリアって呼んで!」
「おれはネフィル=エストだ」
「エストね。見たことない顔だけど、エストはどこから来たの? プリセリドかしら?」
「いや……」
プリセリド、近くの街の名前だろうか。おれのことなど隠すことでもないので、これまでのことを軽く話した。遠い山奥で暮らしていたこと、住んでいた近くに三界が現れたこと、そしておじいちゃんの魔法で転移してきたこと。
「そっか……。大変だったんだね。魔族との争いが始まったってことはグリセラ大陸の方だったのかな?」
グリセラ大陸。東にある大陸のことらしい。ちなみにここは西にある大陸、パロンド大陸との話であった。
「さぁ……。山ん中にしかいなかったから。でもその辺りなんだろうな」
「でもそこからこっちまで来るって相当よ?よっぽどすごいおじいさんだったのね」
「空間魔法は得意だと言ってたからな」
「へぇー。それはいいことね!」
なぜ空間魔法がいいんだ? と不思議そうな顔をしているとそれに気づいたセリアが説明してくれた。
「知らない? 大英雄ユリオス様は空間魔法が苦手だったらしいのよ。だから昔から強力な空間魔法使いは特別視されているのよ」
「そうなんだ。おじいちゃんがおれに空間魔法教えたのはそういう理由もあるのかな」
「エストも得意なの?」
「いや、おれは全然魔法が使えないから便利な空間収納だけ使えるよう特訓したんだ。十何年もかかったんだけど」
「そうなの? 大変ね。40分くらい歩いたらプリセリドっていう街があるのだけど、そこまで歩きながら少しお話しましょ」
プリセリドへと向かっている間、おれはセリアからいろんなことを聞いた。というのも、おれはほとんど山の中にいたので、世の中の常識というものをほとんど知らなかったからだ。
先ほど話題に出た大英雄セリオスのことも知らなかったが、どうやらかつて邪神を打ち倒し、晩年には三界も追い詰めたらしい。世界的に知らない人はいない偉人だとの話だった。
おじいちゃんもそれくらい教えてくれればよかったのに。いや、あの人も世間知らずだったから知らなかっただけかもしれない。
また、おれは身分証も何もないので、街に着いたら冒険者になることにした。冒険者とは身分関係なくなれる職業で、1つの地を拠点に活動する者、世界中を旅する者など、自由かつ幅広く活動できる職業らしい。そういうセリアも高位ランクの冒険者とのことだった。
「そういえばセリアは能力保持者なのか?」
「ええ、継承能力者よ。『炎の剣姫』って言うの」
継承能力者とは、親、あるいは祖先と似たようなスキルを持つ能力保持者のことだ。継承能力者の多くは生まれながらにスキルを授けられている。
「へぇ。珍しいな」
「エストだって能力保持者でしょ? 魔法が使えないなんて言っときながら私の突きを簡単に避けてたし。強化型のスキル?」
「おれは固有能力者なんだ。純粋な力っていう、魔力を持たない代わりに身体能力が高くなるスキルでね。あとは魔力操作が得意になったりとか」
「魔力がないのに?」
「魔素を操れるんだよ。でも魔素をそのまま使っても魔法は発動しづらいんだよね。だから魔素そのものを纏った身体強化魔法みたいなものを普段使ってるんだ」
「魔素を操る? そんなことできるんだ」
「……エストはさ、冒険者になったら何するの?おじいさん探しにでも行くの?」
少し気まずそうに聞いてきた。確かに目標も何もなく知らない土地を彷徨うのはまずいだろう。
「いや、じいちゃんはもう死んじゃってるよ。これはじいちゃんの魔力と共鳴してるんだけど、何の反応もないもの」
そう言って魔石の付いた首飾りを見せた。幼い頃おじいちゃんがくれたものだ。おれが迷子にでもなっても魔力で位置がわかるようになっていた。
「だからおれは魔族を滅ぼしてやるんだ。そしてじいちゃんの無念を晴らしてやる。人類の生きる世界を取り戻すんだ」
じいちゃんとの最期の約束だ。この世界を魔族に支配させてはならない。綺麗事だと、不可能だと笑われようとこれがおれの生きる意味だ。
「あっはっはっ! 魔族を滅ぼす? 途方もない目標ね」
「最高じゃない! エスト! 私と同じほどのバカがこの世界にいるとは思わなかったわ!」
彼女は心の底から笑っていた。馬鹿にするような笑いではなく、喜びから来るような笑いであった。笑いが落ち着いてからセリアはこう言った。
「ねぇ、私とその目標叶えましょうよ! あなたとならきっとうまくいくわ!」
まだ出会って数十分、お互いのことをまだほとんど知らないのに、セリアの言葉はおれの心を軽くした。時間など関係ない、信頼とか、仲間との出会いというのはこういうことなんだろう。何か不思議な気持ちが、歯車がはまったような感覚が、この空間を支配した。
「それならちゃんと着いてきてくれよ。一筋縄じゃいかないんだからさ」
「こっちの台詞よ!」
森を抜け、日が差す草原の中、おれとセリアは手を取り合った。山の中で過ごしていたおれにとって、セリアは初めての友人で、初めての仲間だった。




