ストリートピアノー天国と地獄ー
小学6年生の諒太がショッピングモールの激安スーパーで、3日後のバス遠足のおやつを買っていたら、偶然、クラスメイトの茜と遭遇した。茜は気軽に諒太に声をかける。
「諒太も今、おやつ買ってるんだ。私も。塾があったから、美沙ちゃんたちと買いに行きそびれちゃった」
「へえ、そうなんだ」
諒太は、茜ともっと喋りたかった
が、上手く言葉が出てこない。
どうしてかというとそれは、諒太にとって、ある重大なことが、諒太の心を占めていたからだ。
茜の話に出てきた美沙が、バスの中で、諒太の隣に座る健二の隣に座りたいから、席を替わってというものだった。美沙がそう諒太に頼みにきた。
美沙の隣は茜が座ることになっている。諒太は美沙の申し出に、心の中でスキップして喜んだが、後から考えると、とても不安なことが頭をよぎった。
断られたらどうしよう?
「諒太、何突っ立ってるの? 私たち、レジを済ませたんだから、途中まで一緒に帰ろう!」
茜の突然の申し出に、諒太はまたもや面食らったが、これは、チャンスだと思った。
帰り道、諒太と茜は無言でショッピングモール内をとぼとぼ歩く。
諒太は中々言い出せなかったが、美沙に言われたことをおもいきって茜に切り出した。
「茜、今度のバス遠足で、美沙が、僕と席を替わって欲しいって言ってるんだけど、良いかな?」
2人はストリートピアノの前まで来ていた。ストリートピアノからは、
タタタタタタタタタタタタ~
タタタタタタタタ、タタタタ
…………………………………………………♪
と、中学生くらいの男の子がメロディを奏でていた。
これは、運動会でよく流れている曲だと、諒太は思った。
諒太の近くで、母親らしき若い女性が幼い男の子に、
「この曲は、天国と地獄っていうのよ。でも、ミツルはまだ覚えなくてもいいわ」
と、話している声が聞こえてきた。
天国と地獄か……
諒太はそういう曲名だったんだと思ったが、
それって、今の僕じゃん。
と思い直した。
茜は黙って、天国と地獄のピアノを聴いている。
茜は何て言うかな?
ああ、ドキドキする~
諒太は足が速かったので、運動会で、この天国と地獄を聴いた時は爽快感があったが、今は何てハラハラする曲なんだだろうと、内心ドキドキした。
天国と地獄を中学生の男の子が弾き終えた。周囲は拍手喝采だ。
茜は、諒太に振り向いて返事をした。
「バスの席、替わってもいいよ。諒太の隣だね」
茜のまぶしい笑顔が諒太を包む。
諒太は、たかが、遠足のバスの席のことなのに、どうして、自分はこんなにも、ハラハラドキドキしたんだろう?と、内心戸惑っていた。
自分の気持ちがよく分かっていない、小学生男子のとある一日。