8.キツネの嫁入り
キツネ男の名前は月白と言う。
二週間後、彼は隣村から嫁を貰う事になっている。しかし彼には忘れられない娘がいる。
二人の出会いは祭りの夜だった。
独身最後の思い出に、幼馴染のキツネたちに誘われ、彼は大きな街の祭りに出かけた。都会の祭りは盛大で、彼の地元の村のそれとは大違いだった。
赤い手ぬぐいを頭にかぶり、キツネたちは踊りあかした。踊りつかれた彼らは茶店に入って休んだ。その時、給仕をしていたのがその娘だった。
「お客様、ご注文は?」
愛想のよい他の店員に比べて、彼女は作り笑いも出来ず、態度もどこかぎこちない。
きっと仕事をするのはこれが初めてで、働き始めて間もないのだろう…と、月白は思った。
彼らが店を出ようと思ったその時、他の席から騒ぐ声が聞こえた。見ると、タチの悪そうな客がさっきの愛想のない娘の腕を掴んで嫌がらせをしている。他の店員たちは恐れをなして、誰一人助けようとしない。
「何で私があんたにお酌なんかしなきゃいけないのよ!」
娘は叫んだ。
「俺は客だぞ! その態度は何だよ! 店員だったら客の言うことを聞くのが当たり前じゃないか!」
「冗談じゃない! 誰があんたなんかの言うことを聞くかっての!」
娘がそう吐き捨てると、客は逆上して娘の腕を掴み、自分の横に引き寄せた。月白はそれを見て、その席へ向かって行った。
「いい加減にしろよ! 嫌がってるじゃないか!」
月白は仲間の制止も聞かず、そのタチの悪そうな客の腕を掴んで言った。
「は? おまえ、何?」
その客は鋭い眼光で月白を睨んだ。
「月白! 止めとけって! 事が起こっておまえの親父さんにバレでもしたら…」
月白の家は地元の名家で、父親は村中からあがめられ、そして恐れられてもいる人物だ。結婚前の息子が余所の街で問題を起こしたなんて知られたらタダでは済まない。
「だからって困ってる子をほっとけないだろ?」
そう言う月白に友たちは頭を抱えた。
―とは言え、今問題を起こすのはまずいな…
月白は店員の娘の手を取ると一気に走り出した。
「おまえらもさっさと逃げろよ!」
月白は友人に叫ぶと、瞬く間に姿を消した。