7.キツネの嫁入り
あの日は天気雨だった。
春休み最後の日、さして何もすることの無かった俺は、隣町の大きな本屋に行った。
その本屋は敷地が広く、木々が生い茂って、まるで公園のような佇まいで気に入っていた。施設内には本だけでなく、カフェやギャラリー、雑貨屋やオシャレな家具や家電も置いてある。
俺は気になっていた本を買って、カフェでドリンクを注文し、外のテラス席に座って読書を始めた。
どのくらい時間が経っただろう。ふと本から視線を逸らすと、一匹のキツネがちょこんと座ってこっちを見ている。
―こんな街中にキツネ?
キツネは俺がヤツの存在に気付いたのを確認したかのように、キツネは何度も俺の方をチラチラと振り返りながらすぐ後ろの樹々の茂みの中へ入って行った。
気になった俺は、後を追ってしまった。心の声が止めとけと叫んでいるにも関わらず。
キツネの後を追って茂みの中に入ると、そこには意外にも広く開かれた空間があった。
―こんなところ、あったっけ? いつも来てる本屋なのに今まで見たことない。
そこには小さな鳥居があった。キツネは鳥居の下に座ってジッとこちらを見ている。まるでこっちに来いと誘っているようだ。
ー怪しい。怪しすぎる!
しかしその時の俺は、何の疑いもせずキツネのいる方へ向かってしまった。
鳥居の奥には小さな社があった。キツネは俺が来るのを見ると、その社の中へ入って行った。社の中を覗くと、そこにキツネの姿は無く、キツネのお面が落ちていた。
ーうんうん…これは絶対触っちゃダメなやつだよね…
って…分かってるのに! 分かってるのに何故なんだ!
気が付くと俺はその怪しいお面を付けてしまっていた! その後の事は分からない。意識を失って、目を覚ますと知らない屋敷の畳の上に転がっていた。
―どこなんだここは…
なんとなく顔がむずがゆくて触ってみた。なんと俺の顔が毛むくじゃらになっていた。
―え、え、え、どういうこと?
ポケットからスマホを出して自分の顔を見た。
―そんなバカな…
そこに映っていたのは紛れもなくキツネだった。狼狽える自分を制止してジッと自分の顔を観察した。
すると耳に紐が掛かっているのに気付いた。紐を取ると顔と一体化していたキツネのお面が現れた。すぐにまたスマホの画面を見ると、元の自分の顔に戻っている。
―このキツネのお面を被るとキツネに変身するのか…
事態が少し解明出来て落ち着いてきた。その時、襖が開いた。
「ダメだよ、外しちゃ! 他の奴らに見つかると殺されるぞ!」
羽織袴を来たキツネが大慌てで俺に言った。
俺は突然現れたもののけに驚いて、金縛りのように体が動かなかった。
「さ、早くお面を付けて!」
キツネはその面を取り俺の顔に付けると、安堵の溜息を洩らした。
「ちょっと…何なんですかコレ。ってか、ここどこなの?」
「ごめん…ほんとごめん。君には申し訳ないけど、これも何かの縁だと思って僕に協力してくれないか?」
「は? ちょっと待ってよ!」
―キツネの頼み事なんてきっとロクな事じゃない!
「…そうだよね…困るよね…。」
キツネは悲しそうに溜息を洩らした。
その姿があまりにも哀れに思えて、理由だけでも聞いてあげようかという気持ちになった。
「…実は…」