3.キツネの嫁入り
「薫子、学校は楽しい?」
夕食の準備を手伝っていると、横で大根を切っている祖母が私に尋ねた。
「うん、楽しいよ。友達も出来たよ。勉強は難しいけどね。」
「そうなのね、良かったわ。あそこは昔からの進学校だからね。董子もあの制服を着た時はそりゃあもう喜んでたわよ。」
「…ママも黎明学院だったの?」
私の問いかけに祖母をキョトンとした。
「知らなかったのかい? 義孝さんは董子の事をおまえに何も教えて無いんだね…。まあ…無理もないか…。」
祖母はお互い気まずそうに目を合わせた。
―え? 何? この微妙な空気…。パパが私に何も教えて無いのも無理はない…って…いったい何が会ったの???
多くの疑問が浮かんで来たが、祖母はバツが悪そうに急に用事を思い立って(絶対嘘だ!)部屋を出て行った。私はとりあえず祖母にやっておいてと頼まれたことをもくもくとやった。
その晩の食事は、祖母は柄にもなくハイテンションで、ご近所さんの話や天気の話など、当たり障りのない話に華を咲かせ、私が質問する隙を作らせないようにしているようだった。まあ、話したくないのなら別にいいけど…。
…ルコちゃん…ルコちゃん…
小さな声で私は夜中に目を覚ました。
ールコちゃん? 誰、それ…
私はベッドがから出て辺りを見回したが誰もいない。空耳か。気を取り直してまたベッドに入ろうとするとまた声がした。
…ルコちゃん…ルコちゃん…
今度は確実に聞こえた! 背筋がゾッとした。
ー何者? それにルコちゃんって、誰?
家に不審者が侵入したのかもしれない。こんなこともあろうかと、私は父に買ってもらったさすまたをクローゼットから取り出した。
老人と女子高生だけでこんなドでかい家に住んでいるんだから狙われてもおかしくない。祖母とこの家は私が守る!
私はさすまたを握りしめた。肩には不審者を縛り上げる用のロープを斜め掛けにし、パジャマのポケットにはスタンガンも入れた。武装が決まると闘志が燃えてきた。
…ルコちゃん
声は部屋の向こうから聞こえてくる。私は部屋の扉を開け、恐る恐る廊下に出た。
この家は大きなコの字型になっていて、玄関のある母屋から渡り廊下を渡って私の部屋まで続いている。真ん中は見事な錦鯉が泳ぐ池があり、渡り廊下は池の上に通してある豪華な造りだ。
私は渡り廊下をそっと歩きながらついでに鯉たちの安全確認も行った。彼らも私の大事な家族だ。よし、鯉たちはオッケー。次は祖母の安全確認と確保だ。
私は不審者と戦おうなどとはもちろん思っていない。武装してるとはいえ、女子高生の私が犯罪者と渡り合った所で勝算は無いだろう。とにかく祖母を連れ避難することを最優先に考えた。この武装は不審者と鉢合わせてしまってどうしようもない時の為だ。
母屋に渡ったすぐのところに祖母の部屋がある。私は戸をそっと引いて中を見た。祖母はぐっすり眠っていた。とりあえず安否を確認出来てホッとした。祖母を起こして避難しようとした時、また声がした。
…寝かせておいてあげて。大丈夫だから
ーえ?
私は振り返った。しかし誰もいない。またすぐ声がした。
…こっち…こっちに来て…
声は奥から聞こえてきた。ものすごく不審がりながらも私はその声に逆らえなかった。何故か素直に声に従った。怖いのに!
声のする方へ付いて行くと、勝手口の外から聞こえる。そこに置いてあるサンダルを履いて勝手口から外に出た。
…こっち…こっち…
裏庭の松の木が森のようになっている所から声がする。声に付いて行くと、その先には結構な大きさの祠があった。お稲荷さんを祀っているような佇まいだ。
ーこんなところから声が…。さすがに怖すぎる。帰ろう…。と、思ったけど足が動かない。どうしよう!?
その時、祠の灯りがついた。ひぃぃぃぃ!
気絶しそうになった。しかし周りが照らされて明るくなったので、祠の中が良く見えた。奥に何か垂れ下がってる。絵なのか字なのか、よく分からない物が描かれている。それ以外これといった物は無さそうだったが、床にポツンとお面が落ちていた。
「…狐のお面。」
手に撮ってみたが、別にこれといって変わった物でもない。裏は和紙で表は毛がフサフサと付いている。かなり精巧に作られた古いお面だ。
そのままそこに置いて部屋に戻ればいいものを、私は思わずそのお面を付けてしまった。いや、勝手に手が動いて気が付いたらお面を付けていたのだ!
その瞬間、私は意識を失った。