2.キツネの嫁入り
「中司」
城門のような門に表札が掲げてある。威圧感半端ない…。
祖母の家は昔からの名家で、かなり大きな家だった。所々リフォームはしている物の、築百年以上経っている。
母の法要で以前何度かここへやって来たが、その度に私はこの家は怖くて堪らなかった。大きくなったら幼い頃感じていた恐怖心も何てことなく感じるのだろうと思っていたが、改めて今日ここに来てみたら、あの頃とはまたどこか違った怖さを感じている。
なんなのだろう…この心の底にズーンとのしかかるような気味の悪さは…。
「いらっしゃい。」
祖母は玄関先で私を迎えてくれた。
「…大きくなったわね。」
70間近というのに、祖母は美しかった。今時日常を着物で過ごす人も珍しい。背筋がピンと伸びている祖母の佇まいを見ると、私の背筋も自然としゃんと伸びた。
「これからよろしくお願いします。」
私は改めてお辞儀をした。
「こちらこそ。」
祖母は笑顔で応えた。そのしぐさはどこか冷たさを感じたが、品のいい人が醸し出す特有お雰囲気なのかもしれない…。普段私は父と上品とはかけ離れた生活を送っていたからそう感じるのだろう…。
庭に面した角に一つだけ洋風な部屋があった。私はその部屋をあてがわれた。
「ここは董子が使っていた部屋なのよ。好きに使ってちょうだい。」
祖母は言った。董子とは私の母の名前だ。
―ママの部屋…
古めかしい漆喰の壁に木枠の窓。窓ガラスはもう今では作っていないような少し波打った古い物だ。古い深緑のビロードのカーテンとレースのカーテンが掛かっている。窓の外には純和風庭園が見える。部屋の中は年季の入ったベッドと机と本棚があった。奥の壁は一面作り付けのクローゼットになっている。昔立てたにしてはモダンな作りだなと思った。
―おばあちゃん…ママの部屋、そのままにしてるんだ…。
あまり感情を見せそうにない祖母の想いを少し感じ取れたような気がした。それにしてもこんな大きなお屋敷…一人で住むのは寂しいよね…。
私は制服を着替えて山積みになった段ボールを一つ一つ片付けていった。ふと、今日の入学式を思い出した。
―そう言えば、あのイケメン二人組見なかったな…。落ちてしまったのかな。
少し…というか、かなり残念な気持ちになった。
入学してから、はや二週間が過ぎようとしていた。父は毎日のようにメッセージを送って私の様子をあれこれと聞いてくる。そして毎週末のようにビデオ通話をかけてくる。
父が心配症なのか私が信用に足る人間ではないのか、疑問に思ってしまう。まあ、それは娘の義務として甘んじて受け入れるように努めている。
父の心配をよそに、私は学校生活にも慣れ、友達も何人か出来た。さすが有名な進学校だけあって、入学当初から勉強はかなり難しく、付いて行くのが大変だったが、楽しい学校生活を送っていた。
今日も担任が入ってきて生徒の点呼から高校生活が始まろうとしていた。
「安藤!」
「はい。」
「入江!」
「はい。」
「岩国…は、いないんだった。次、遠藤!」
入学当初から気になっていたことがある。
この岩国という生徒は入学して以来一度も登校していない。この学校に入ることが名誉であるはずで、その為に猛勉強をしてきたはずなのに何故なんだろう。
聞くと、病気などでは無いらしいから、そうなると不登校か…。
望んで受験したはずなのに何故来ないのだろう。入学式すら来ていないというのだから、他の生徒ととの交流すらないし、イジメなどは考えにくい。じゃあ何故?
私には関係の無い事なのかもしれないけど…その子がどんな気持ちでこの名誉を放棄しているのか気になる…。