17.キツネの嫁入り
「あと一つだけ。これだけは譲れないの。」
お嬢様は訴えるような目で私たちを見た。
「それは何ですか?」
私たちが聞くと、お嬢様はポッと顔を赤らめた。
「…最後に…会いたい人がいるの…。」
お嬢様は眉間に皺を寄せて困ったような恥ずかしいような表情を見せた。
「相手は誰なんですか?」
「…わからない。名前も聞いてないから。」
お嬢様は溜息をついた。
―それじゃあ探しようがないじゃん。誰かもわからない人間を見つけるなんてどれだけ時間がかかるか…
私は絶望を感じた。私の高校生活…ジ・エンド…だ。
「何か手がかりとかないの? 相手の年とか身長とか…そうだ、その人とはどこで会ったんですか?」
こんなとき男の子は冷静だ。というか彼が冷静なの? 岩国君はなんとか解決の糸口を探そうとしている。
「最後にここで会ったのよ。私が悪い奴らに言いがかりをつけられて…そしたら彼が助けてくれて…。二人で手を取り合ってここまで逃げてきたの。」
―何ですと!?
私と岩国君は顔を見合わせた。
「それって…。」
岩国君が言いかけたとき、
「霞!」
後ろからそう叫ぶ声がした。
「月白!」
岩国君が驚いて叫んだ。
そう、やって来たのは岩国君が替え玉を務めていた当の本人の月白だった。
「…ってことは…このお嬢様が…藤の霞!?」
私と岩国君は同時に叫んだ。
「会いたかった。やっと会えた!」
「…私も会いたかった。最後にひとめだけでも…。」
驚いている私たちをよそに、月白と藤の霞は抱き合っていた。しばし抱き合った後、藤の霞はこちらを向いて言った。
「ありがとう。私の望みは叶ったわ。これで諦めがついた。」
悲しそうな顔でそういう彼女に私も岩国君も笑いが漏れてしまった。
「何で笑うの? 他人事だと思って! 私はこれから意に反する結婚をしなきゃならいってのに!」
藤の霞の目には涙が浮かんでいた。
このお嬢様はまだ気づいて無いらしい。申し訳ないけど笑いしか出てこない。
「…結婚…ってもしかして…。」
月白はハッとした顔をした。
「そうだよ! あんたたち二人が結婚するんです!」
「えぇぇぇぇぇ!」
月白と藤の霞は驚きながらも涙を浮かべて喜んだ。
「いったいキツネの嫁入りってどうなってんの? 相手が誰かも知らないなんて…。」
岩国君が月代に言った。
「しょうがないさ。私たちの婚姻は複雑で、上の者たちがいろんな事を鑑みた上で決めるんだ。相手がだれか分かるのは結婚当日なんだよ…。」
月白は言った。
「考えられない! あんたたちの世界は人権なんてものが存在しないのね!」
私は怒りを露わにした。キツネたちが不憫に思えた。
「…こっちの者たちの恋愛感情ってのは、人間たちのそれとは違うのよ。どっちかっていうと、あんたたちの世界の家族や友達に対する愛情に近い。私もそうだけど彼も宗家の人間だから人間の世界を垣間見ることが出来るでしょ? 知らず知らずのうちに、そのせいで影響を受けてこの厄介な恋愛感情というものが芽生えたんだと思う…。」
藤の霞は言った。
「ハァ…相手がお互いで良かったよ。これで他のキツネだったらと思うと俺たち人探しでそうとう苦労しなきゃならなかった、背筋が凍る思いだ。」
岩国君は言った。
「じゃあ、末永くお幸せに!」
私たちは言った。




