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助けて

 グレイヴァは、何とかその名を叫んだ。

 魔法使いがここへ来てくれれば、彼がこの精霊と話をつけてくれる。

 声に力が入らなかったが、きっとそばにフィノがいるはずだから、彼女が聞きつけているだろう。

「もう少ししたら、俺の仲間が来る。話はそいつに聞いてくれ。俺は途中から割り込んだに過ぎないんだ」

「割り込んだ?」

 精霊はそう繰り返し、グレイヴァの顔と水晶玉を交互に見る。

 表情はあまり変わらないが、よくわからない、という気持ちが浮かんでいるように思えた。

「グレイヴァ! よかった、無事だったんですね」

 アルテの声がして、グレイヴァはそちらの方を振り返る。

「あんまり無事じゃなか……」

 言い掛けて、グレイヴァの言葉が途中で止まる。

 そこに現れたのは、確かにアルテだ。

 髪が乱れているし、服もあちこちが泥で汚れている。グレイヴァと同じように、水晶玉を盗んだ猿を追い掛けようと必死になっていたのだろう。

 それはいい。そうして追っていたのは推測できるし、とにかくアルテがアルテであればよかった。

 グレイヴァが言葉を途切らせたのは、フィノのせいだ。

 思っていた通り、フィノはアルテと一緒にいる。そこまではいい。

 ただ、その姿が……ちょっと違う。いや、姿ではなく、大きさが違うのだ。

「何、バカみたいな顔して見てるのよ」

 フィノはいつもの口調だが、グレイヴァにすれば呆然とした表情になりもする。

 そこにいるフィノは、どう見ても仔牛くらいはありそうな大きさなのだ。しかも、その背中には翼がある。

 ねこの形はそのままなのに、大きさが違うし、翼がついている。

 これで驚かない方がおかしい。

「フィノ……それ、アルテの魔法か?」

 どうやらアルテは、この巨大化したフィノに乗って上から降りて来たらしい。

「翼のあるねこか。聞いたことはあるが、見るのは初めてだ」

 グレイヴァの後ろで、精霊がつぶやく。

「は……? 翼のあるねこ?」

 昔聞いたおとぎ話に、そんなのが出ていたような。

「えーとですね……つまり、彼女は普通のねこじゃないんです」

「んなの、見りゃわかる!」

 グレイヴァは、頭の中がくらくらしてきた。

☆☆☆

 グレイヴァが斜面を転がり落ちてしまい、すっかり姿が見えなくなってしまってから、ようやくアルテはその場にたどり着いた。

「あ、アルテ」

「フィノ、グレイヴァはどっちへ行きました? あの猿の魔物は……」

 グレイヴァもかなり息を切らしていたが、アルテの方がもっとつらそうだった。どちらかと言えば、彼はこうして走り回ることはかなり不得手。

 グレイヴァは転びそうになっても何とか持ちこたえたが、運動神経がいいとは言えないアルテは、素直に転んでいたのだ。

 おかげで、走るだけでアルテはぼろぼろになってしまった。

「アルテ、大変なの。グレイヴァが落ちちゃった。どうしよう」

 珍しく、フィノが焦った様子。こんな彼女は、アルテもあまり見たことがない。

「落ちた? どこへですか」

「ここから下に。止める暇がなかったのよぉ」

 泣きそうな声で、フィノはアルテにすがりつく。フィノに言われた所を見ると、地面に何かか滑り落ちた跡が残っていた。

「あの猿を追っていて、グレイヴァはここで足を踏み外したんですね」

「うん。水晶玉はグレイヴァが取り返したけど……」

 フィノは、アルテがここへ来るまでのいきさつを話した。

「何度も呼んだけど、返事が聞こえないの。すごく下まで落ちちゃったのか、ケガして気絶してるのか」

 アルテもグレイヴァが落ちた方に向かって、彼の名を叫んだ。しかし、いくら待っていても、返事はない。

「ここにいても仕方ありません。ぼく達も降りてみましょう」

 言いながら、すでにアルテはその斜面を滑り出していた。

 もちろん、木に掴まったりして、一気に下へ落ちないようにはしているが、足場の悪い斜面だから何度も足を滑らせる。本人より、見ている方がはらはらしてしまいそうな状態だ。

 フィノはしばらく枝から枝へ飛び移ったりして、アルテの後ろについていたが、やがて地面へ降りた。

「アルテ、乗って」

 フィノは身体の大きさを変え、背中の翼を広げた。

 黒いしなやかな身体に、(からす)のような黒い翼。人間の一人や二人なら、軽々と乗せて飛ぶ力がある。

 翼のあるねこ。これが、フィノの本当の姿である。

「ありがとう、助かります」

 アルテは身体の大きさを変えたフィノの背中に乗り、グレイヴァが落ちた方向へと飛ぶ。空とは違い、周りは障害物となる木がたくさんあるが、フィノは構わずに翼を動かした。

 運動神経のない自分がのろのろと移動するより、こうして宙を飛んで移動する方がずっと早い。

 アルテにとって、フィノの申し出はとてもありがたかった。

「だって……」

「え? 何ですか?」

「だって、水晶玉はグレイヴァが持ってるはずだもん。追い掛けない訳にはいかないでしょ。あれがないと困るんだし。転がってるうちに、落っことしてないかしら」

 フィノの言葉に、アルテは思わず笑みを浮かべた。

 口ではそんなことを言っているが、誰が聞いても取って付けた理由に思えるだろう。

 フィノの口調は、何でもないフリをしてその実、グレイヴァをとても心配しているものだった。

 やっぱり、きみとグレイヴァはよく似ていますよ。

 関心のないような言葉を口にしながら、でも相手のことをとても気遣ったり心配している。

 それがすぐわかるのに、それを隠そうとしているのがどちらも同じなのだ。

「全くもう……どこまで転がったのかしら」

 ぶつぶつ言いながら、フィノはどこかでグレイヴァが止まっていないか、水晶玉が落ちていないか、あちこちに目を配っていた。

 アルテも同じく目を配り、少年の名を呼んでその返事がないか耳をすます。

 やがて、かすかに返事があった。

 フィノもすぐにグレイヴァの声を聞き取り、そちらへ飛ぶ。

 そして、彼らはグレイヴァを見付けた。泥だらけだが、間違いない。

 アルテは、そしてフィノも忘れていた。

 グレイヴァが見付かった、ということだけが心の中を占め、元のねこの大きさに戻ることを。

☆☆☆

 グレイヴァに言われ、自分の姿がいつもと違うことを思い出したフィノ。

 あ、と思った時には、もう遅い。今はちょっと焦っていたので、元に戻るのをすっかり忘れていた。

「普通じゃないってのはわかるけど、何がどうなってんだ」

「翼のあるねこ、あるいは翼を持つねことも呼ばれる。この近辺にいるとは、聞いていなかったが」

 誰だか知らないが、精霊らしい存在がグレイヴァのそばにいる。

 フィノの正体を言ってしまったので、アルテも「魔法でフィノの姿を変えた」とは言えなくなってしまった。

 まぁいいや、という気分になり、フィノは元の大きさに戻るのをやめて座る。翼だけは、静かにたたんだ。

「人間が魔獣とともにいるところを見るのは、何十年ぶりだろうか」

「魔獣?」

 精霊の言葉に、グレイヴァが改めてフィノを見る。

「フィノって……魔物だったのか?」

「ええ、そうよ。あたしは魔獣よ。普通のねこが、しゃべるはずないでしょ」

 投げやりに答えるフィノ。

 アルテは最初に会った夜、彼女が特殊だと言った。その意味が、グレイヴァにもやっとわかる。

「何だ、やっぱり化けねこじゃないか」

「……あんた、引っかかれたいの?」

「い、いらないよ。ただでさえ、傷だらけになっちまったのに」

「グレイヴァ……あの、驚かないんですか?」

 フィノのことを知ったにも関わらず、あまり驚いていないグレイヴァに、アルテの方が驚いている。

 普通なら、逃げ出しそうなものだ。人によってはパニックになって、逆にフィノを殺そうと襲って来たりする場合もある。人間にとって、魔物は災いをもたらしたりする、忌み嫌われる存在だからだ。

 魔法使いが魔獣と契約することはあっても、一般人にすれば魔獣も魔物と同列に見られることが多い。

 そういうことにならないためにも、フィノはこれまでしゃべることはもちろん、正体がばれてしまうようなことはしなかったのだ。

 何かのきっかけでこの姿を見てしまい、グレイヴァがおかしくなったりすれば。

 アルテが魔法で落ち着かせるなり、見たことを忘れさせるなりするしかない。

 そう考えていたのだが……予想をあっさり裏切って、グレイヴァは笑いながら軽口まで叩いている。

「そりゃ、最初はすっげーデカくなってたから、びっくりしたけど。まぁ、獅子みたいなもんかな。って言っても俺、本物の獅子は見たことないけどさ」

「いえ、そうではなくて。その……フィノが魔獣だとわかったのに」

「俺、そういうの、よくわかんないし。それに、俺に何かするつもりなら、とっくにやってるだろ。今更驚くのも何だか……な」

 これまで、魔法や魔法使いには縁のない所にいたグレイヴァ。お話で魔物が悪いことをする、ということは見聞きしたが、目の前にいるフィノが魔物だ、と言われてもピンとこないのだ。

 こうして本性を現していても、口の悪いねこ、というイメージが定着してしまっているのだろう。

「バカでよかった……」

 他には聞こえないようにつぶやく。言葉は悪いが、フィノの本心かも知れない。

「あなたは……」

 かなり遅ればせながら、アルテはグレイヴァのそばの存在に気を止めた。

「アルテ、その……水晶玉はあっちにあるんだ。どうしてこうなったのか、聞かれてさ」

「それじゃ、グレイヴァ。あんた、ここまで落ちても水晶玉を離さなかったの?」

「割れたりしたら、まずいだろ」

「あんたって、口が悪い割には根性があるのねぇ」

「口が悪いってのは、余計だろ。フィノには負けらぁ」

 ふたりが言い合っている横で、アルテが精霊に向かって水晶玉を持つことになった経過を話し始めた。

 グレイヴァに話した時と同じく、まどろっこしいと言うか、長いものになってしまったが、精霊は口をはさむことなく聞いていた。

「その魔物は妖精の気配を感じて、興味を持ってしまったのだと思います。で、彼が取り戻してくれたまではよかったんですが、場所が悪かったようで……。あなたと会ってから、彼がどういう話をしたのかはわかりませんが、彼はぼく達の協力者です。もしぼくの話を信じてもらえなければ、水晶玉の中の彼女から直接聞いてください。力が弱まっているようなので、聞きづらいかも知れませんが」

「そんな必要はない」

 精霊はグレイヴァへ視線を向ける。

「わかっていただけたんですか」

「彼女の声を聞いた」

「聞いた? じゃ、彼女から話を聞いたのか?」

 グレイヴァが勢い込んで聞く。

「いや、心の声を聞いただけ。会話はしていない」

「心の声って、何を?」

「助けて、と」

「あ、俺、さっきは必死だったから、力がこもってたかも知れないけど。水晶玉を壊そうと思って握ってた訳じゃ……」

 さっきの事態はあまりにも特殊だし、あんな時に力加減を気にする余裕はない。

 でも、水晶玉の中にいる妖精にすれば、強く握られて苦しかったのだろうか。だから、妖精は「助けて」と聞こえない叫びを上げていたのかも知れない。

 それを、この精霊が聞き取って……。

 言い訳しかけて口ごもるグレイヴァの手を精霊が取り、その手の平に水晶玉を置いた。

「この人を助けて、と」

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