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少年とねこと魔法使い ~フェアリーストーン~  作者: 碧衣 奈美
7の石 ~守水石~

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滝の向こうと魔物

 暗闇でも目の利くフィノが前を歩き、アルテはできるだけ早足で追いかけた。滝の音が近付いてきたが、夜の中にグレイヴァの姿はまだ見付けられない。

「いたわよ、アルテ。やっぱり滝の方へ向かってるわ」

 先を行くグレイヴァの姿を、フィノが見付けた。アルテにはまだ見えないが、ねこの目はしっかりと少年の姿をとらえている。

「グレイヴァ!」

 その存在はまだ視認できないが、アルテはグレイヴァの名を呼んだ。

 静かな森の中のこと、アルテの声が聞こえないはずはないのだが、先を行くグレイヴァの足は止まらない。

「ダメよ、アルテ。全然反応がないわ」

 早く追い付いて掴まえたいが、平坦な道ではない上に、足下がほとんど見えない。人間のアルテに、これ以上のスピードアップは無理だ。

 代わりにフィノが走り、グレイヴァの肩に飛び乗った。

「グレイヴァ、止まりなさい。このまま歩いたら、滝にぶつかるわよ」

 耳元で怒鳴っても、やはり反応がない。

 フィノがグレイヴァの顔を覗き込むと、緑の瞳がうつろだ。眠ってはいないが、意識があるのでもない。

 フィノがどうやってグレイヴァの足を止めようかと思案していた時、グレイヴァの左胸の辺りが桃色にぼんやり光っていることに気付いた。胸ポケットに、何か入っている。

 もしかして、これのせいかしら。

 ここからでは、その光の元が何かは見えない。だが、グレイヴァの異変に関係しているはずだ。

 取り出したいが、ねこのままでは難しい。

「フィノ!」

 アルテの声が、間近で聞こえた。追い付いて、かなり迫って来ている。

 魔法使いの声で、はっとなった。光に気を取られているうちに、グレイヴァは滝のすぐそばまで来ていたのだ。例の気配は、昼間よりも一段と濃くなっている。

 さらには、全く同じではないが、似た気配がグレイヴァの胸ポケットからも漂っているのだ。

 なぜ、今まで気付かなかったのだろう。

「ちょっと、グレイヴァ! 止まりなさいってばっ」

 フィノが何度怒鳴っても、グレイヴァは止まりそうにない。

 滝そのものも、どこか妙だ。昼間と水の落ちる音が違う。水量が段違いに多い音なのだ。

「うそぉ……」

 最初はそばまで来てしまった、と思いつつ、ちらっと見るだけだった。

 が、様子が違うことに気付いて見直し、フィノは呆然となる。

 場所は同じでも、滝は明らかに別のものだったのだ。

 昼間見た滝の三倍は軽くありそうな幅に、倍以上はある高さ。落ちた水は、深そうな滝壺で渦を巻いている。

 そして、グレイヴァはそんな大きな滝へ向かって行っているのだ。

「待って! ダメよ、グレイヴァ。止まりなさいってば。あんな滝壺にはまったら、抜けられなくなっておぼれるわよ」

 だが、フィノの制止も空しく、グレイヴァはそのまま突き進む。

「グレイヴァ!」

 ようやく追い付いたアルテが、グレイヴァの腕を掴む。

 が、グレイヴァの身体はすでに滝の中へ向かって傾きかけ、アルテは逆に引っ張り込まれる形でグレイヴァと一緒に滝壺へと落ちた。

 一瞬、どう動くべきか悩んだフィノも、同じように。

☆☆☆

 暗くて底は全く見えず、一時はかなりの深さまで沈んだようだったが、渦に巻き込まれて、ということはなかった。

 思っていた以上に、水の中は静かなものだ。見上げると、ぼんやりした光が見える。恐らくは水面だろうと、アルテはそちらへ向かって泳ぎ始めた。

 暗いし、水の中なので視界は最悪だが、手にはグレイヴァの腕の感触がある。水に落ちた時の衝撃はそれなりにあったが、どうやら手を離さずにいられたようだ。

 アルテからフィノの姿はわからないが、フィノからは恐らくこちらが見えているだろう。

 とにかく、アルテは水面へ向かった。上がるにつれて、光はどんどん大きくなる。昼間に近い明るさに思えてしまうのは、水の底が暗かったせいか。

 その光が水の中まで入ってくるおかげで、フィノがすぐそばにいることもようやく確認できた。グレイヴァの方は思っていた通り、意識はない。

 アルテはようやく水から顔を出し、大きく息を吸う。右を見ると、落ちて行く水。左に洞窟のような穴がある。

 その洞窟の奥から、うっすらと桃色がかって見える光がもれていた。その光のおかげで、この辺りも明るいのだ。

 目が慣れてくると昼間のように、とは思えなくなってきたが、それでもお互いの顔を確認できるだけの十分な明るさがある。

「どうやら、滝を通り抜けたようですね」

「溺死は避けられたみたい。もう、何だってこんな所でこんな時間、水浴びしなきゃいけないのっ」

 水に濡れることを好まないフィノは、少々……かなり不機嫌。細い脚でねこかきしている。

「とにかく、水から出ましょう」

 アルテが言い、洞窟の方へ向かって泳ぎ出そうとした時。

 静かだった水面が、突然大きく揺れた。

「アルテ、水の下に何かいるわ」

 フィノが言うそばから、大きな物体が水から飛び跳ねた。空中で弧を描いて、水へ戻る。さらに水面が大きく揺れた。

 そのせいで、アルテは水に遊ばれるようにして、フィノやグレイヴァから離れてしまう。

「アルテ!」

 それを見たフィノが叫ぶが、水の中ではさすがのフィノも自由自在には動けない。

「フィノはグレイヴァを連れて、先に水から出なさい」

 自分が先に安全な場所へ逃げるのは不本意だったが、まずは自分の体勢を整えなければ何もできない。

 それに、意識のないグレイヴァを放っておいたら、沈んでしまう。

 フィノはグレイヴァの襟首をくわえると、岸となる洞窟の方へ泳いだ。

 身体は小さなねこのままでも、魔獣の力で難なくこなせる。

 先に自分が水から上がり、沈みかけるグレイヴァを引っ張り上げた。

「まったく、いつまで寝てるのよっ」

 グレイヴァが呼吸しているのを確かめるとフィノは後ろを向き、しっぽでグレイヴァの顔をひっぱたいた。

「ってぇ!」

 思いっ切りひっぱたかれたグレイヴァは、一発で目を覚ました。

 意識を取り戻さなければ何発かやってやろうと思っていたフィノは、すぐにグレイヴァが起きてしまって内心「ちぇっ」と舌打ちする。

「何すんだよ、フィノ。眠ってる時に不意打ちなんて、卑怯だぞっ」

「周りの景色を見てから、文句を言いなさいよね。……文句を言いたいのは、こっちだわ」

「あ……れ……?」

 言われて、周囲を見回したグレイヴァ。

 見覚えのない洞窟の入口にいて、すぐそこには滝らしい水が落ちて……自分は全身ずぶ濡れだ。隣では、フィノが身体を揺すって水をはじき飛ばしている。

「どうなってるんだ?」

「説明は後よ。アルテ、大丈夫?」

 大きく波打つ水にもてあそばれるアルテのそばを、大きな魚のような物が飛び跳ねる。魚のような、というのは、短いが手や足のようなものが見えたからだ。

 馬程にも大きく、黒い身体。形としては細長い魚なのだが、まるでカエルのような手足がついている。その輪郭は、煙でできているかのようで、はっきりしない。

 異常なまでに大きな目。顔の半分以上を占めている。銀色の大皿のようだ。口も負けず劣らずデカい。お約束のように、牙が並ぶ。

「な、何だよ、あいつ」

「知らないわよ、あたしだって」

「あいつ、アルテを狙ってるんじゃないのか。喰われちまうぞ」

 水から飛び跳ね、落ちるにまかせてその口でアルテを一飲みにするくらい、あの魚もどきにすれば簡単なこと。

 それに、どう見ても魚もどきはそうしようとしている、としか思えない。

「喰われる? グレイヴァじゃあるまいし」

「落ち着いてる場合かよ。何とかならないのか?」

 グレイヴァがいくら焦ったところで、たとえアルテを助けようと水に飛び込んでも、魚もどきにとってのエサが増えるだけだ。

「いざとなったら、あたしが行くわよ」

「いざとなったらって……放っとくのか?」

「見守るって言ってほしいわ。アルテはねぇ、魔法使いなのよ。あんな雑魚、アルテの敵じゃないわ。見てなさい」

 前にも、こんなことを言われたような気がする。

 その時はアルテとフィノの位置が逆だったが、何かあればその時は自分がちゃんとフォローする、と。

 お互いの力を信用してる……ってことかな。

 だが、こんな状態でアルテは魔法が使えるのだろうか。

 体勢はすこぶる不安定で、魚もどきはもぐったり飛び跳ねたり。息が続かない人間にとって、水の中というのは絶対に不利だ。

 しかも、相手は水に棲む生き物。どうひいきめに見ても、分が悪い。

 にも関わらず、アルテの表情は落ち着いている。水の外にいるグレイヴァの方が、余程焦っていた。

 アルテの口元が、かすかに動いているのが見える。だが、何をつぶやいているのかまでは聞こえない。

 また水が大きく揺れ、魚もどきが飛び出した。着水先には、アルテの姿。

 魚もどきは遊ぶのをやめ、アルテを飲み込むつもりだ。

「アルテ!」

 グレイヴァが叫ぶ。だが、アルテは動じていない。グレイヴァの横にいるフィノも。

 魚もどきが頂点まで飛び上がった瞬間、アルテの身体が赤く光った。光は細い筋になり、魚もどきへ向かって走る。

 魚もどきは自ら光に貫かれる形で落下し、その光から身体をそらすことはできない。

 大きく開けた口からしっぽまで光に貫かれた姿は、(もり)に刺されたようだった。

「すっげー……」

 その光景をじっと見詰めるグレイヴァの口から、自然にそんな言葉がもれる。

 命を絶たれた魚もどきはそのまま自然落下し、水へ飛び込む前に泡のように消えた。

「今の、どういう魔法なんだ?」

「火の魔法よ。焼けた鉄の銛に、自分から突き刺さったようなものね。炎に身体を貫かれて、さすがに生命維持は無理みたい。アルテに歯向かおうだなんて、おばかな魚よ」

「アルテって……すげー奴なんだな」

「何よ、あんた! 今頃そんなことがわかったのっ?」

 今にもねこキックを繰り出しそうに、フィノが怒る。それを見てグレイヴァが、慌てて待ったをかけた。

「だって、今まであんな攻撃魔法なんて使わなかっただろ。ほとんど地味な魔法しか見てなかったから、そういう実感がなかったんだって」

「見た目は地味でも、魔法は簡単じゃないのよ。ハデだからいいってものでもないんだから」

「そんなこと、言われても……。俺は魔法に関しては素人(しろうと)なんだから、わかるはずないだろ」

「まぁったく……これだから、ど素人はいやんなるわ」

 あの様子だと、どうやらいつもの状態に戻ったようですね。とりあえず一安心、といったところですか。

 会話の内容までは聞こえないが、グレイヴァとフィノがいつものように言い合っているのを、アルテは苦笑しながらながめていた。

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