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奪われた水晶玉

「グレイヴァのお父さんは、真面目な人だったんですね」

「そうかな」

「もしも彼が奔放で自分の夢ばかり追う人であれば、家族は放っておかれた訳でしょう。でも、そうしなかった。家族を大切にする、いい父親だったんですね」

「普段はバカなことばっか言って笑ってたけど……そうなのかな」

 石は、グルドの性格をわかっていたのかも知れない。だから、彼の作品は一言で表現するなら真面目、というイメージがグレイヴァの中にあったのだろう。

「動物や植物みたいに生きてはいないけど、石にも心があるんだって、親父はよく言ってた。真っ直ぐに向き合えば、石にもちゃんとそれが伝わって、いいものが彫れるって。そうなのかな。俺にはよくわからないけど」

「その人の心の在り方次第です。こちらがいいように考えれば、その気持ちが向かい合う相手に伝わるものですよ。その相手が何であっても。きっと、グレイヴァのお父さんはそれを言いたかったのでしょうね」

 心の在り方、か。何だかそれも難しいよな。

 つらつら考えていたグレイヴァが、くしゃみをした。

 何だか急に冷え込んできたみたいだ。さっきの雨のせいと、夜に向かっているためだろう。

「火を焚いた方がいいですね。暗くならないうちに、たきぎになる木を集めましょう」

「集めるったって、みんな雨でぬれちまってるぞ。火なんか、つかないだろ」

「それくらいなら何とかしますよ」

「何とかって?」

「木から水分を飛ばせばいいだけですから。獣よけのためにも、火は必要ですからね。魔法でも火は出せますが、燃料がなければ出し続ける時間にも限りがありますし」

「とにかく、濡れててもいいってことだな。んじゃ、適当に集めてくる」

「お願いします。あまり遠くまで行かないようにしてくださいね」

 アルテの声を背中に聞きながら、グレイヴァは小枝を拾い始めた。

 さっきはこっちの方角から来たんだよな。明日は道がはっきりわかる所まで一旦戻った方がいいか。けど、戻れるかちょっと怪しいよなぁ。俺、方向オンチじゃないつもりだけど、こんな所じゃ景色なんてあってないようなもんだし。

 さっきだって、雨のせいで周りの様子に注意しないまま走ってここまで来たから、正確な方向なんて覚えてないぞ。アルテはわかるのかな。

 フィノなら、臭いをたどれば行けるだろうけど……あいつはそんなことしないだろうな。あたしは犬じゃないのよ、とか言って。でも、アルテがやれって言ったら、あいつもやるかも知れない。

 あれやこれやと明日のことを考えながら、グレイヴァは小枝を集め続けた。

 その時、ふと視線を感じたような気がして、顔を上げる。

 そちらへ目を向けると、木立の間を何か白いものと赤いものが横切った……ように見えた。

 ほんの一瞬だけだったが、白い服を着た、赤い髪の「人」のようなものだ。

 しかし、そちらを見ても誰もいない。白いものも赤いものもないし、その近くに、花の(たぐい)は見当たらなかった。

「疲れてんのかな、俺」

 同じ場所をずっと見詰めても、何もない。静かに立ち並ぶ、木立があるだけ。

 グレイヴァは早々に、アルテの元へ引き上げた。

☆☆☆

 次の朝、グレイヴァはフィノに叩き起こされた。

「いつまで寝てるのよっ。起きないなら、置いてくわよ!」

 細いねこの手が、何度も頬を叩く。うざったそうに、グレイヴァはその手をのけた。

「わかったよ。ったく、耳元でうるさいな」

「起こしてもらうだけ、ありがたいと思いなさいよね。まだ比較的人の手が入ってる山だけど、ここみたくちょっと奥へ入ったりしたら、あんたなんか生きて行くのだけでも大変なんだから」

 朝起こされただけで、ずいぶん偉そうに言われた。ねこがしゃべり出すと、みんなこうなんだろうか。

 だとすれば、普通のねこがニャーとしか口にしなくてよかった、としみじみ思うグレイヴァである。

「昨夜、フィノが言った方向へ行きましょう。手掛かりになるようなものが、あるかも知れませんし」

 散歩から戻ったフィノが「ここからもう少し上へ行ったところに、山小屋のようなものがあった」と報告したのだ。

 それがきこりが使っていたものか、鼓動石を採掘していた人達が使っていたのか、というのはまだわからない。

 道は見失ってしまったが、とりあえず人がいた形跡は見付かった訳だ。まずはここを目指すべきだろう。

 グレイヴァも反対する理由はなく、フィノに導かれて二人は歩いた。

「フィノ、道なんかどこにもないぞ」

「誰が道があるって言った?」

 フィノが先に立って、進んで行くのはいい。

 だが、普通に歩いたのはわずかな距離だけで、フィノはまるで崖のような斜面を軽々と上ってゆく。

 ねこのように飛び跳ねては行けないから、人間であるグレイヴァとアルテは地面に手をついたり、木の根や枝を掴んだりして上がらなければならない。

 ゆるやかでも、何も掴まずにその斜面を上るのは無理だった。

「昨日の雨が降る前の時点で、ぼく達は道を外れてしまっていましたからね。こういうコースになってしまうのは、仕方ないですよ」

 まともな道を歩こう、と思う方が間違いなのである。ただ、グレイヴァとしては斜面よりせめて獣道であってほしかった、と思う。

「アルテの上り方って、何か危なっかしいんだよな。ここですべり落ちたら、きっと途中では止まらないぞ」

「そ、そうですか?」

「人の心配する前に、自分の心配するのね。アルテは魔法使いだもん、どうとでもなるわ」

 こんなセリフを聞いて、どうやってこいつが「俺を受け入れてる」って思えるんだよ……。

 グレイヴァはアルテの方を見たが、魔法使いは一生懸命上を目指している。何だか言い返す気力も失せて、グレイヴァはとにかく斜面を上った。

「着いたわよ」

 上を行くフィノが言い、いきなりグレイヴァ達の前に山小屋が現れた。小さいが、人間の作った小屋だ。

「今にもつぶれそうな小屋だな」

 一見しただけで、相当古いのがわかる。木の板で作られた小屋だが、その木も腐っていたりして壁や屋根のあちこちに穴があいていた。指でつついただけで、簡単に倒れてしまいそうだ。

 注意しながら扉を開けると、中は泥とほこりだらけ。かなりの長期間、人の出入りがなかったことを物語っている。

 中へ入って見渡しても、家具らしきものはおおざっぱに作られたテーブルとイスが二脚だけ。それも、壊れかけている。

 他には何もなかった。これではどういう人がここを使っていたのか、見当もつかない。

「道具の(たぐい)はないですね。全てを持って、山を降りたんでしょうか」

「ひっでぇボロ小屋。昨夜のうちにここへ来てたとしても、これじゃゆっくり休んでいられないな。雨漏りの心配がない分、あの穴の中の方がずっとましだ」

 それに、夜の暗い中、あんな斜面を上りたくない。

 フィノがこの山小屋の話をしても「今日はやめた方がいいわ」と言ったのだが、その意味がこれでわかった。

「うわっ」

 グレイヴァの片足が、床を踏み抜いた。

「大丈夫ですか、グレイヴァ」

「あ、ああ」

 アルテに助けられ、グレイヴァは床に突っ込んだ足を引き抜いた。

「もう、ドジなんだから。天井や壁を見れば、床も腐ってるってのがわかりそうなもんでしょ」

「うるっせぇな。一歩目は大丈夫だったから、ちょっと油断したんだ」

 偉そうに言うフィノはと言えば、ちゃっかりアルテの肩にいる。土の上はよくても、ほこりが混じったような所を歩くのはいやらしい。

「ここをどういう人が利用していたのか、これではわかりませんね。でも、鼓動石を採掘していた人達が使っていたのだとしたら、この周辺にそういう場所があるはずです」

「そうだな。ここまで来たら、道がなくたってどうにかわかりそうだ」

 小屋の外へ出る。やっぱり、周囲に道らしいものはない。

 でも、仕事を終えてから山道を上って来るとは思えないから、ここよりさらに頂上へ向かうべきだろう。ふもとで聞いた時も、頂上付近という話だった。

 フィノがアルテの肩から降り、それぞれが頂上へ向かって進み出した。

「あっ」

 アルテの声で、グレイヴァとフィノがそちらを向く。どこからか小さな影がアルテに近付き、(ふところ)から妖精の水晶玉が入った袋をかすめ取ったのだ。

 彼らから少し離れた所で、影は止まった。その姿は小さな猿のようだが、それにしては顔がやけに人間っぽい。

「あーっ、妖精の水晶!」

 奪われた物を確認して、グレイヴァが怒鳴る。猿は知らん顔で、袋から水晶玉を取り出した。

 葉の間からもれる光にすかし、嬉しそうに笑う。いい獲物を手に入れた、とほくそ笑む悪徳商人のような顔だ。

「てっめぇ……それはおもちゃじゃないんだ。返せっ」

 グレイヴァが近付くと、猿は逃げ出した。

「こらっ、待て。逃がすか」

 同じ様に、グレイヴァも走り出す。その後ろをフィノが、遅れてアルテが追い掛けた。

「グレイヴァ、気を付けてください。レベルは低いですが、魔物です」

「え? ……くそっ」

 魔物と言われて、グレイヴァは一瞬ためらった。だが、ここで逃がせば、ウインデを助けられない。

 ためらったことを恥じるように、グレイヴァは再び走り出した。

 相手は逃げ足が速い。グレイヴァは木の根につまづき、葉っぱで隠れた地面の小さな穴に足を取られ、何度も転びそうになる。

 猿の魔物はそんなグレイヴァなどお構いなしに、木に上って枝から枝へ移ったり、地面を走ったりして逃げて行く。

 時々、後ろを振り返るのは、バカにしているのだろうか。

 見失う訳にはいかない。あの妖精を救うためにここまできた。ようやく、彼女を救える場所へ近付いたかも知れないのだ。その彼女を奪われては、何もならない。

 それに、あの猿が乱暴に水晶を扱えば、割れることだってある。そうなれば……彼女はどうなるのだろう。

 そう考えて、グレイヴァはぞっとなった。

 冗談じゃない。そんなこと、させるもんかっ。

「この……」

 グレイヴァは足下にあった小石を、猿に向かって投げ付けた。その石は、地面を走って逃げていた猿の足下で跳ねる。びっくりした猿が止まり、振り返った。

「それは、お前にやる訳にはいかないんだよ。さっさと返せ」

 息を切らしつつ、グレイヴァは猿を睨む。猿はまた逃げようとしたが、その前へフィノが素早く回り込み、背中の毛を立てて威嚇した。

「魔法使いから盗もうなんて、いい根性してるじゃないの」

 人間とねこに挟まれ、猿は少しパニックになったらしい。魔物と言っても、普通の獣とあまり変わらないようだ。

 耳障りな声で鳴き、持っていた水晶玉をグレイヴァの方へ投げ付けた。

「うわっ……バカ、投げるんじゃねぇっ」

 返すと言うよりは、飛び道具で攻撃するようなつもりだったのだろう。

 グレイヴァの方へ投げたと言っても、猿のコントロールはひどい。水晶玉は、グレイヴァからかなり離れた所を飛んでいた。

 ダメだ、このまま落ちたら割れるっ。

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