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落ち着く相手

「ふぅん、そんなもんか。俺が想像してたのとは違うんだな」

「普通の人ができないことができる場合もありますけれど、人間の力なんて知れたものですよ。物語に出るような魔法使いは、話が面白おかしくなるようにとんでもない力を持っていたりしますけれどね。現実の魔法使いは、自然の力を利用させてもらっているんです」

 穴の外で、また雷が鳴った。

「アルテは、どうして魔法使いになったんだ? 魔法使いの家系なのか?」

「家系……という訳ではありません。ぼくの父が魔法使いでした。兄と姉がいますが、二人は普通の生活をしています。魔法は、父から習いました」

「アルテの兄貴と姉貴って……結婚してる、よな」

 このアルテが三十三なのだから、当然それよりも上。ちょっと離れたりすれば、四十を過ぎていることも。

「ええ、子どももいますよ」

「アルテって、本当におっさんなんだな」

「……グレイヴァ、そういうことをしみじみとした口調で言わないでください」

 フィノが起きていたら、間違いなくねこキックをお見舞いされていただろう。

「けどさ、魔法使いになると老化が止まるなら、世の中のおばさん連中なんかが魔法使いになろう、なんてしないかな」

「中には、そういう人がいるかも知れませんね。でも、ぼくのように子どものような状態でいる、というのは、どちらかと言えば珍しいんですよ」

 魔法を習い始めた年齢にもよるし、使う魔法やその頻度によっても異なる。幼い時から魔法を習っていても、中年になって容貌が衰えるのが遅くなったという人もいる。

「個人によって違うんですよ。あと、魔法を使うのをやめて、いきなりそれまでの時間を取り戻してしまったかのように老いてしまった人もいた、と聞いたことがあります」

「げ……。そういうのを聞くと、何だか呪いみたいだな」

「人は、普通に年を重ねてゆくのがいいんですよ。ぼくは十六かそこらで止まってますけれど。背が伸びる前に止まらなかっただけでもありがたいですが、ぜいたくを言えるなら二十歳前後がよかったですね。この姿だと、どうしても子ども扱いされがちで」

 それはそうだろう。どう見たって、アルテはグレイヴァの友達世代だ。

 だから、グレイヴァの口調も、初対面にも関わらず軽いものだった。アルテが二十歳前後の姿なら「お前」ではなく「あんた」くらいにはなっていただろう。

 普通の人に本当の年齢を言ったところで、きっと信じてはもらえない。グレイヴァだって、フィノに聞いたから信じたのだ。

 本人に言われても、笑って否定していた。今だって、本当かな、と思う時がある。

「ちなみに、アルテの親父って何歳くらいに見える?」

「彼は年相応に見えましたよ。本人は気にしてはいなかったようですが。中年以降になってから老化が遅れだす、というタイプだったんでしょうね」

「……アルテ、過去形で話してる?」

 グレイヴァに言われ、アルテがはっと気付いた表情になる。

「よくわかりましたね、グレイヴァ」

 自分でも気付いていなかったのだろうか。父のことを話す時は全て過去形だ、と。

 グレイヴァは何となく聞いたのだが、当たっていたらしい。

「俺と同じなのか?」

「ええ」

 彼の表情を見ていれば想像はつくが、予想通りの答えが返ってきた。

「おふくろは?」

「母は健在です。父が亡くなって、彼女は姉夫婦と住むことを選びました。同じ街の中でしたから、住み慣れた場所から離れる、という感じにもなりませんし。ぼくとしても、安心して外へ出られました」

 ちょっとうらやましい。故郷へ戻れば、アルテには母や兄姉がいる。

 オタウの村長は「いつでも戻っておいで」と言ってくれたが、戻ってもグレイヴァには肉親がいないのだ。

「いいな……」

 グレイヴァは無意識のうちに、そうつぶやいていた。

「え?」

「な、何でもないよっ」

 うわっ、俺、今何て言った?

 会って間もない相手に、自分の弱みを見せてしまったような気がして、グレイヴァはことさら強く否定した。

 だが、見掛けはグレイヴァとそんなに年の差がないようでも、現実のアルテは倍以上の年月を生きている。

 少年が何を思ってつぶやいた言葉か、すぐにわかった。

「グレイヴァ。自分は一人だと思っても、誰かが近くにいてくれるものですよ」

「……」

「それが前から近くにいた人か、新しく知り合う人かはその時によるでしょうけれど。それに、人だと限ったことではないですし。一人っきりなんて、迷路にでも迷わない限り、ぼくはないと思います。そのことに気付くかは、本人の気持ちの持ちようでしょうけれど」

 なら、グレイヴァにとってその誰かというのは、アルテのことになるのだろうか。

 今度の件は、グレイヴァが強引にくっついて来たようなものだが、同じ目的を持って一緒に行動している。だから、そばにいる、ということになって……。

 いや、アルテの言う「近くにいる」ってのは、きっと精神的な意味でだよな。単に近くに人がいるってんじゃ、街の中にいたら人に埋もれちまうし。

 そんなことを思いながら、ふとグレイヴァはアルテと一緒にいると心が落ち着くことに気付いた。

 たとえ年齢の近い相手でも、初対面だと無意識のうちに少しは気を遣っているものだ。

 しかし、アルテに対してはそれがない。ごく自然にしていられる。昨日会ったばかりだというのに、あまり違和感がない。

 もしかしたら、知らないうちに魔法を使っているのだろうか。それとも、アルテの整っているくせに、妙にのんびりとした表情のせいだろうか。

 俺に兄弟がいたら、こんな感じに思うのかな……。

「ああ、雨足が少し弱くなったみたいですね」

 雷の音が、遠くなっていた。

☆☆☆

 二人と、目を覚ましたフィノは外へ出る。雷はすっかり去り、雨があがっていた。

 だが、もうすっかり夕暮れになっている。

「へぇ、フィノが言ったこと、当たったな」

 フィノは「雨がやむのは夕方」と言った。ぴったりだ。

「あったり前でしょ」

 ふふん、という表情で、フィノは胸を張る。

「やはり、今日はここでとどまることになりますね」

「そうだな。今からじゃ、下手に動くと遭難しそうだ」

 木々の間から見える空は、柔らかな赤に染まっている。見上げたグレイヴァの額に、葉からしずくが落ちた。

「あれ……おい、どこへ行くんだ、フィノ」

 とどまることが決まったのに、フィノは二人から離れて行く。

「お散歩よ。歩きついでに、鼓動石が採掘された場所がないか、探してみるわ」

 そう言うと、フィノは身軽に木の根や岩を飛び越え、見ている間にその姿は消えてしまった。

「散歩って……こんな所でふらふらして、熊や山犬なんかが出たらどうするんだよ」

「心配しなくても、フィノなら大丈夫ですよ」

「べ、別に心配なんて俺は……」

 グレイヴァはそっぽを向く。その鼻の頭が赤い。

「フィノはいい相手に出会えて、喜んでいるようですよ」

「それ、からかい相手って意味か?」

「彼女に聞けば、そう答えるかも知れませんね。でも、フィノはあれで、グレイヴァを受け入れているんですよ」

「そぉかぁ? 言いたい放題だぞ」

 人を小バカにしたような口調だし、態度だってそうだ。

「さっきぼくがフィノの背中をなでていたら、眠ってしまったでしょう? ああいうことはまずなかったんですよ、これまでは。家族にしろ友人にしろ、ぼくが誰かと一緒にいる時にあれだけ安心したように眠ったことなんて、ありませんでしたからね」

「……山へ入って、疲れただけじゃないのか」

「正直言って、ぼくはフィノがグレイヴァの前でしゃべり出すとは思っていませんでした。どんなにかわいがってくれる人の前でも、彼女は普通のねこのフリをしてましたからね」

 友人の中には、魔法使いもいる。フィノが話ができると知れば、もちろん驚きはするだろうが、普通の人よりは受け入れるだろう。

 それでも、フィノはしゃべったりはしなかった。

 何が気に入ったのか、フィノは普通の少年であるはずのグレイヴァの前では言葉を話したのだ。

「あ、俺がアルテにくっついて来たのが、どうしても気に入らなかったんじゃないか? 最初に言ってただろ。俺がいると、アルテとしゃべれないって。案外、脅かして俺を追い払おうとした、とかさ」

 何の前触れもなく、ねこがしゃべり出したのだ。逃げ出したりしたって、おかしくはない。

「ぼくがグレイヴァと一緒に行く、と決めたんです。フィノは滅多なことでは反対しません。いやなら、ぼくがグレイヴァへ手を差し出した時に、言葉以外の方法で伝えますから」

 本当にいやなら、きっとフィノはアルテの差し出した手に飛び付いて、グレイヴァに触れさせたりしなかっただろう。

「寝てたのは、警戒する程の相手じゃないって思ったんだろ」

「素直じゃないですね」

 アルテがくすりと笑う。

「よく言われらぁ」

「フィノに似てますよ」

 グレイヴァの頬に朱が走る。それを隠すように、反対の方を向いた。

「アルテも俺をからかってんのか」

「何だかんだ言っても、相手のことを考えているんですよ、フィノも。ちょっと口が悪い時もありますが、基本的に優しいです。グレイヴァもフィノも」

「何言ってんだよ……」

 まともに褒められ、グレイヴァは真っ赤になった。

 これまで本人を前にして、こうもはっきり褒めるような人などいなかったから、血が上ってのぼせてしまいそうだ。

 フィノがそばにいれば、グレイヴァの様子を見てからかったりしただろうが、アルテはもちろん、そんなことはしなかった。

「……何か不思議だよなぁ」

 しばらくして、ようやく赤面もおさまったグレイヴァがつぶやいた。

「何がです?」

「こうして石を探すことが」

 アルテがグレイヴァの顔を見る。

「俺の親父さ、石工(いしく)だったんだ。石を彫るのが仕事だったけど、本当は自分で自分が彫る石を探したがってたんだ。珍しい石がよその街にあるって聞けば、行ってみたかったって、よく言ってた」

「言ってた? じゃ、実際には行かれないままで?」

「噂で聞いた石が本当にあればいいけど、なければ無駄足だろ。金に余裕がある訳でもないのに、遠くの街へ行く旅費だってバカにならないからな。田舎で噂になるような石は、現物が存在するかすら怪しいし。下手すりゃ、往復するのに年の単位がかかるような場所にあったりするから。それでも、たまに石を探しに他の街へ行くことはあった。けどさ、何が悪いのか、気に入らないみたいだった」

 グルドは、亡くなる前の日も言っていた。

 どこかに、自分に彫られるのを待ってる石がある。死ぬまでに、自分を呼んだ石を見付け、その石に自分が命を吹き込んでやりたい、と。

 特に名の売れた石工ではなかったが、それは彼のささやかな夢だった。

 でも、彼は「自分に彫られることを待つ石」を探しに行くことはなかった。

 今、目的こそ違うが、グレイヴァはこうして石を探している。

 それは、とても不思議な縁のような気がした。

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