眠りの妖精を起こす方法
身長は、今まで会った妖精達と恐らく変わらない。肩まである真っ直ぐな髪は、闇の色。あおむけになっているので、背中に羽があるかはわからない。
見た目は、人間の姿になった時のフィノと近い年代、と言えるだろう。その顔は青白く、ちゃんと生きているのか不安になる。
白く薄い衣の胸元に、金色のペンダントトップが光っているが、小さいので何の形かよく見えない。
「これが……ネーフ、か?」
「そのようです。パロ・ビエホが守っていてくれたんですね」
「眠りの妖精っ。あなたが眠ってどうするの。ねぇってばっ。……やっぱり、目を覚ましそうにないわね」
フィノが声をかけても、妖精はぴくりともしない。力を奪われて、深い眠りに入ってしまっているようだ。
「話を聞いた時点で予想はしていましたが……困りましたね。妖精を見付けても、何をどうすればいいのか。ネーフの声を取り戻せたらいいんでしょうが」
声を失ってから眠ってしまったなら、声そのものがネーフの力なのかも知れない。
それなら、その声を取り戻せたら、眠りから解放されるのではないか。
「声なんて形のないもの、どうやって取り戻すんだよ。風邪をひいて声が枯れたって訳でもないのに」
それなら、のどに効く野菜や果物をはちみつに漬けたり、ハーブを利用したりすれば効果があるだろうが……。原因が風邪でなければ、気休めにもならない。
「薬に代わるような物があるのかもよ。ねぇ、ちょっと。あんたは知らないの?」
どちらへ向かってしゃべればいいのかわからないので、フィノはとりあえず上を向いて木に話しかけた。
「……こえ……うばわれた……」
さっき聞いた低い声が、また頭の中で聞こえた。ゆっくりだが、多少はまともな文章になっている。
「声を奪われた……。魔物に、ですか?」
「ちから……うばわれた……うたえない……」
こんな調子で話すパロ・ビエホは、グレイヴァ達がアージュから得た情報と同じことを言う。これといって、新しいものはなかった。
「その辺りのことは、アージュから聞いたよ。俺達が聞きたいのは、どうすればネーフが起きるかってことだ」
「……わからない……」
「木に聞く方が悪いのかな」
パロ・ビエホの答えに、グレイヴァは渋い顔でつぶやく。
だが、木の言葉はそこで終わりではなかった。
「……すずね……いし……」
「え?」
「すずね……鈴音石、ですか? 名前だけは聞いたことがありますが」
「……こえ……もどるかも……」
「鈴音石があれば、ネーフの声が戻るかも知れないってことね。今の状態じゃ、何をしていいのかわからないんだし、とりあえず手掛かりの一つが手に入ったって感じかしら」
木の声は、事情を話す時よりも自信なさげな感じだったが、糸口が全くないよりはいい。
「じゃ、ダメ元で聞いてみようかな。その石、どこにあるんだ?」
鈴音石が効果あるかも、というはなはだ心許ない情報しかないのだ。一応と思い、グレイヴァは期待せずに尋ねてみる。
「…………」
「やっぱ、ダメか」
答えがなくても仕方がないが、残念な気持ちはある。
「石の名前がわかっただけでも、いいですよ」
「……おとの……ちかく……」
予期せず、パロ・ビエホは言葉を続けた。
「音? 音って言っても、それこそ星の数程あるぞ」
「鈴音石って呼ぶくらいだから、鈴の音じゃない?」
「……すずのおと……ちかく……」
「あら、本当にそうなの?」
フィノは適当に言ったのだが、その通りだったようだ。
「鈴の音ですか。でも、まさか鈴が作られているそばに、そんな石があるとも思えませんね。かと言って、自然界で鈴の音と言われても……」
「鈴ってのは、人間が造るものだろ。人間の近くにある石が、妖精を助ける力を持ってるなんて思えないぞ」
「……かぜの……うわさ……」
さらに、パロ・ビエホの言葉が続く。
「え? 風が何だって?」
「……むかし……きいた……ピルツのもりのおく……」
ここに立っていると、たくさんの風が通り抜ける。その時、風のおしゃべりが聞こえるのだ。
その「風」の噂で、ピルツの森の奥に鈴音石がある、と聞いたことがある。
パロ・ビエホは、たどたどしい話し方でそう説明した。
さらには、自分は木で動けないから、探しに行くことができない。だから、そこへ行って鈴音石を探してほしい、とグレイヴァ達に頼んできた。
「お前さぁ、俺達がどうしてここへ来たのか、忘れたのかよ」
言いながら、グレイヴァは木の幹をこづいた。
「心配しなくても、探しに行きますよ。そのために、ぼく達はここへ来ているんですから」
風もないのに、木の葉が揺れた。
どうやら、パロ・ビエホが喜んで葉をゆすっているらしい。精一杯の喜びの表現なのだろう。無理して言葉を紡ぐより、ずっとわかりやすい。
「あたし達が戻って来るまで、この子はあんたが面倒みてるのよ。まかせたからね」
フィノの言葉で、大きく開いていたうろがゆっくりと小さくなって妖精を隠した。
☆☆☆
パロ・ビエホに「必ず戻って来るから」と約束して、グレイヴァ達は丘を降りた。
「まずは、そのピルツの森って所へ行かないとな」
「この村から森らしきものは……見えませんね」
ざっと見渡したエスターシャンの村から、森は見当たらない。
ちょうど近くを通り掛かった村人に、ピルツの森がどこにあるのかを尋ねる。村を出てずっと南へ行くとすぐにわかる、と教えられた。
「あんな所へ何をしに行くか知らんが、あまり奥まで入るんじゃないぞ。あの森は深いから、迷いやすい。昔からあそこには妖精の宝があるとかって噂があるんだが、それを目当てに森へ入ったものの、おかしな幻を見て気がふれかけた者がたくさんいるんだ」
グレイヴァ達をトレジャーハンターと間違えたとは思えないが、その村人はそんな忠告をしてくれた。
「いえ、そこを起点にするだけですから」
アルテがそうごまかして、礼を言う。
村を出てから、グレイヴァはアルテに尋ねた。
「妖精の宝って、何だ?」
「さぁ。人間にとっての財宝を妖精が集めているとも思えませんから、ぼくにも何とも。自分がたどりつけない場所には、何か素晴らしいものが待っている。人は時として、自分に都合のいい空想を抱くことがありますからね。その類のものじゃないですか。それらしい現物が存在したとしても、例えば山賊などが隠した財宝が、長い時間の経過で妖精が持つ宝になった、ということも考えられますね」
大きな森だと、迷って出られない人もいただろう。
それを「森にすくう魔物に喰われた」と噂になってしまうことはよくある。
おかしな幻を見て、というのも、憔悴した人が何でもない木の葉が風に揺れるのを見ただけ、かも知れない。
宝と思った物も、実は水たまりに木漏れ日が当たってきらきらしていただけ、ということもありえるのだ。
「やけに現実的な答えだな」
グレイヴァとしては、もう少し夢のある返事を待っていたのだが。
「変に期待しすぎても、実際はそういう場合が多い、ということです。もちろん、妖精にとっての宝が、人間にとっても宝になることだって十分あると思いますよ。世界は広いですから」
「鈴音石が宝ってことは、ないのか?」
「うーん、どうでしょうか。知っているのは名前だけで、どのような石なのかはぼくも知りません。ただ、人が財産の一部として持つような石ではない、と記憶しています。この石の存在を知る人が少ないせいもあるんでしょうが。見る人が見れば、とんでもない掘り出し物、ということもありえますね」
「ふぅん。でも、妖精にとっちゃ……今回の場合だと、特にネーフにとっては宝だよな」
もしこの石が、ネーフにとって有効な力を持つのであれば。命に等しい宝だ。
「眠りの妖精は、人間や動物を眠らせるって聞いたけど……お伽の妖精とどう違うんだ?」
以前、お伽の妖精リーリエを助けた。あの時も眠りが関わっていたような。
「お伽の妖精は、大人にお伽話を上手にさせて子どもを安眠に導くんです。今回のネーフの場合だと、自分が眠りの唄を歌って生き物を眠るように働きかける、という感じですね」
ちなみに、普通の人間にその「妖精の唄」は聞こえないようだ。
「どっちも夜の妖精ってくくりに入るから、わからなかったら似たような種族って思っておけばいいわよ」
人の気配がないので、フィノが補足する。
「フィノの説明、雑だな」
「細かく詳しく話したって、グレイヴァにはわかんないでしょ」
「説明する前から、わからないって決め付けるなよ」
そんなことを話しているうちに、森が見えてきた。
左手には山があり、そのふもとが森へ続いている。あの山に登り、間違った方向へ降りて行くと森へ迷い込むこともありえそうだ。
周囲を見回しても人のいそうな場所はなく、人通りもない。この森の中に、人が行き交う道はないようだ。
「ここを教えてくれたおっさんも言ってたけどさ。幻はともかく、迷うってことはありそうだな」
「大丈夫ですよ、グレイヴァ。ちゃんと目印はつけて歩きますから」
「あ……うん。アルテのことだから、その点は抜けるはずないと思ってるけどさ」
「当然でしょ。いきあたりばったりで行くグレイヴァとは違うんだから」
「考えなしみたいに言うな」
完全に人の気配がないとなると、自然にフィノの舌も回り出す。
「村人があんなふうに脅かすくらいだから、もっとひどい雰囲気なのかと思ってたけど……。こうしている限り、まだそんなに悪い空気はなさそうね」
「森の外だから、じゃないのか?」
「本当に魔物がいるなら、多少なりともそういう空気が外へ流れ出すものなのよ。まして場所が広ければ、それだけ数も増えるだろうし。魔物のレベルが上なら、そんな間抜けなことはしないけどね。人間だって、動物程じゃなくてもいやな空気っていうのは感じるものよ。だから、魔物がいる場所には何となくいやな感じがするからって言って、近付かないようになるの」
過去にそういう感じを経験したことがないので、グレイヴァには何となくわかったような、わからないような。
「ま、にぶい人間にはわからないみたいだけどね」
余計なことを言わなくてよかった、とグレイヴァは思った。
グレイヴァが一言うと、フィノは五も十も返してくる。どうせ口ではフィノに勝てない。
とにかく、今のところはこの森に魔物の気配はない、ということだ。
この森に人が近付かないのは、魔物ではなく幻のせい。欲張りな人間の妄想のせい、ということになる。
「パロ・ビエホが聞いた風の噂、とやらが当たっているといいんですが……。とにかく、入ってみましょうか」
アルテに促され、グレイヴァ達はピルツの森の中へと足を踏み入れた。





