ケンカ相手はねこ
「それにしても、グレイヴァは面白い人ですね」
「あ? そうかな。でも、アルテには負けるって」
年相応に見えないのが「面白い」と言うのかはさておき。
「フィノがしゃべり出した時、正直言ってここから逃げ出しはしないか、と思ったんですよ」
「単に腰が抜けただけでしょ」
フィノが茶々を入れる。それを、アルテが目でたしなめた。
「妖精の話をした時も疑わなかったし、フィノとも話をしている。普通、そんな簡単に受け入れられるものじゃない、と思いますよ」
「そう……かな」
グレイヴァとしては、話を聞いた時もフィノがしゃべり出した時も、かなり驚いてはいたのだ。
一番驚いたのはアルテの年齢だが、どれにしろ目の前にある事実。否定したって仕方がない、と心のどこかで思っているのかも知れない。
「純粋なんですね」
「純粋……か? あ、年上だからって、ガキ扱いするなよ」
「年齢なんて関係ありませんよ。きれいな心を持つ、というのはいいことです」
真面目な顔でそういうことを言われると、聞いている方が照れてしまう。
「純粋っていうのは、当たってるかもね。妖精の顔見て、顔色変わってたもん」
フィノの言葉に、グレイヴァの顔に赤みがさす。
「ウインデの顔を見て、かわいいとか何とか思ったんじゃないの?」
「そんなこと、わかるのかよ」
「女のカンよ」
まぁ、人間だろうとなかろうと、女には違いない。
でも、本当に言い当てられて、グレイヴァはどきっとした。
「フィノ、あまり人をからかうもんじゃありませんよ」
「ふふ、だって面白いもん」
フィノの言う面白いは、アルテとは完全に別の意味だ。ねこに遊ばれている。
「アルテ、さっきフィノが飼いねこじゃないって言ったけど、それじゃどういう付き合いなんだ?」
妖精の話から、強引に別の話題へ変える。
「彼女が小さかった時、ケガをしていたのを助けたのが縁です。それを思えば、ずいぶん長い付き合いですね」
雨の降る中、泥まみれになっていたフィノを、当時十二歳だったアルテが見付けた。
獣にあそばれたのか、傷を負い、血を流して。アルテがそこを通り掛からなければ、フィノはそのまま息絶えていたかも知れない。
家族はちょっといやそうな顔をしたが、アルテは構わずにフィノの看病を続け、おかげで小さな命は救われたのだ。
それからフィノは、ずっとアルテにくっついている。
「ふぅん。命の恩人ってか。けど、アルテの家族って冷たいんだな。死にかけたチビねこを助けるのが、そんなにいやなのか」
グレイヴァの言い方は、遠慮がない。
「あ、いえ……そういう訳ではないんです。まぁ、ちょっと色々ありまして」
「地方によっちゃ、黒ねこって縁起が悪いとかって言われるんだろ。それのせいか? あ、それとも、そんなチビの時から今みたいにべらべらしゃべって、気味悪がられたとか」
「黙って聞いてると、何か失礼ね。あたしはそんなにおしゃべりじゃないわよ」
きっと本気を出せば、すごいおしゃべりな気がするが。
「家族は、フィノがしゃべることは知りません。それに時間が経てば、ちゃんと中に溶け込んでいましたから」
「そっか。それならいいんだけど」
「心配してくれたんですか?」
「そ、そんなじゃないよ」
表情や口調は、言葉とは逆の気持ちを表している。グレイヴァは嘘をつくのが下手なようだ。
ただ、本人は自覚なしの様子。
「けど、どうしてフィノって、ねこなのに人間の言葉が話せるんだ?」
「他のねこがバカなだけよ」
フィノがツンと胸をそらす。
「まぁ、他のねこのことはともかく、彼女はちょっと特殊なんですよ」
アルテの説明は、それだけ。彼にもよくわからない、ということだろう。
「グレイヴァはどうなの。子どもが外泊しちゃっていいの? 昼間、天涯孤独、なんて言ってたけど。実は家出じゃないでしょうね」
「そんなこと、してない。二年前におふくろが死んで、この前親父も死んだ。自分で食ってくには、何か技術を身に付けとかないとな。田舎にいたんじゃ、大したこともできないだろうから、街へ出てきたんだ」
「あら、本当に孤独だったんだ」
「俺はあんまり、そういう風には思ってないけどな」
「バカなのね」
あっさり言われた。
「フィノ!」
「お前……言いたいこと、言ってくれるじゃねぇか。アルテにもそうやって好き放題に言ってんのかよ」
「まさか。アルテはあたしにとって、大事な人なんだから。そこいらの田舎のガキとは、対応が違って当然でしょ」
「てめぇっ」
「何よ、やる気ぃ?」
「やめなさい、ふたりとも」
みかねたアルテが仲裁したが、この先のことを考えると少しばかり気が重くなる魔法使いだった。
☆☆☆
次の日、グレイヴァ達はテアの山へ向けて出発した。
テアの山までは、ネイバーの街からずっと北へ向かって行けばいいのだが、彼らがいる所から歩きだと、半日近くかかる。
馬で行けばもう少し時間を短縮することができるのだが、どちらも馬なんて持っていないし、買う余裕はない。
それに、とりあえずテアの山を目的地にはしたが、途中どこかで鼓動石を扱う所に当たるかも知れない。
急いでも慌てるな、ということわざもあることですし、とアルテが言い、歩いて行くことになった。
フィノも、二人の足下でちゃんと歩いている。
「昨日、半分だけ聞いたけど、鼓動石と魔法であの妖精を助けるんだろ」
「ええ、そうです」
「魔法だけで、何とかならないのか?」
鼓動石がそんなにすごい石だったなんて、今まで聞いたことがない。
「ああ、言われてみれば、ちゃんと話していませんでしたね」
「妖精が鼓動石で助けてくれって言ったってのは、聞いたけどさ」
宿では、お互いのことを少し話したものの、グレイヴァは久々に街を歩いて疲れたらしく、早くに眠ってしまった。
鼓動石や妖精の話はだいたい聞いたものの、こうして時間が経つと、ふと疑問が出たりする。
「あの石は、あの石に限りませんが、魔法を使う者にとっては別の力を持った特別の石であったりします。普通の人にとっては価値のある宝石であったり、彫刻などを彫る材料であったりするだけでしょうけれど、石によっては秘めた力を持っているんですよ」
「秘めた力?」
魔法に縁のなかったグレイヴァには、アルテの言う意味が把握しきれない。
「無知ってやぁね」
周りに人がいないのをいいことに、フィノが下でつぶやく。
「何だよ、お前だって知らないことはあるだろ」
「少なくとも、あんたよりは知ってることの方が多いわ」
「ねこは人間より、年とるのが早いもんな。年の功って言うし」
売り言葉に買い言葉。
だが、グレイヴァの言葉に、フィノはさっとグレイヴァの肩に乗ると、顔に一発ねこパンチをくらわした。
「ってぇ。何すんだよ、フィノ」
ねこの小さな手でも、ちょっと痛い。
「女に年のことは禁句よ。覚えておきなさい。爪を出さなかっただけでも、感謝するのね」
「ふん、偉っそうに」
これ以上言うと、本当に爪を出されかねないので、とりあえずグレイヴァはそこまででやめておいた。
アルテは何も言わない。昨日からのふたりの会話を聞いていて、彼らの口ゲンカには口をはさまないことにしたらしい。
あまりひどくなれば、それなりに止めに入るだろう。
「アルテ、さっき言った秘めた力って何だよ」
疑問解消のため、本題に戻る。
「鼓動石に関して言うならば、仮死状態から復活させる力があるんです」
「え……死んだ奴が生き返るのか?」
「いえ、そこまでの力はありません。あくまでも、仮死状態です。心臓が止まりそうになった生物を、覚醒させるんですよ。たとえば、おぼれて鼓動が弱くなった人に対して、その石の力を使うと意識取り戻す。そういった力です」
「そっか……」
アルテの答えに、グレイヴァはわずかに気落ちしたような表情を浮かべる。
自分でもバカだと思いながら、それでもグレイヴァは一瞬期待してしまったのだ。
死んだ人が生き返るのなら、自分の両親も……と。
でも、仮に鼓動石に死者を生き返らせる力があったとしても、父はともかく、母の身体はもう土の下で原形をとどめていないだろう。
いや、それさえもなかったことにしてしまうのでは、とすら思ってしまった。
「俺、あの石にそんな力があるなんて、初めて知ったぜ。それとも、他の奴らは知ってるものなのか?」
一応、自分が田舎の村出身、という自覚はある。あんな村にまで、そんな情報は伝わってこない。
魔法に関する話と言えば、物語の中だけだった。
「さぁ、限られていると思いますよ。普通の人が持っていてもその力を引き出せる訳ではないし、魔法道具を扱う人が知っている程度じゃないでしょうか。魔法使いであっても別の分野を専門にしていれば、そういうことを知らない人がいるかも知れませんしね」
「ふぅん。それにしても、あんな石にそんなすごい力があるなんてな」
「だから、彼女もあの石で助けてほしい、と言ったんですよ。石の力をあの水晶玉の中へ送り込めば、恐らく」
そうこうするうちに、テアの山のふもとまで来た。結局、道中でこれという情報はなし。
彼らはテアの山へ入る前に、ふもとにいる人達に鼓動石が掘られていた場所を尋ねることにした。
「あんな所へ行って、何するんだい?」
尋ねられた中年のおじさんは、不思議そうな顔を隠そうともしないで聞き返す。
「どうしても鼓動石が必要なんです」
アルテはグレイヴァの時のように詳しい事情は言わず、そこへ行く理由だけを話した。
「街では、扱っている所がありませんでした。昔、この山で鼓動石を採掘されていた、という話を聞いたので、もしかすれば残っていないかと」
「はぁ。採り尽くされたんじゃないから、探せば残っているかも知れないけど……。人の手が入らなくなって、あの辺りも長いからねぇ。もう三十年以上は経ってるかなぁ。どうなっているかはわからないよ」
そう言いながらも、彼は鼓動石が採掘されていたらしい場所を教えてくれた。
「鼓動石が採掘されてたのは、頂上に近い所だったはずだよ。わしも自分の足で行ったことはないんで、正確な場所はわからんが」
テアの山は周りにある山に比べたらそんなに高くないが、途中にはきこりや猟師が使う道がある。しかし、それより上へ続く道が残っているかどうか、定かではないらしい。
アルテが礼を言い、二人と一匹はテアの山へと足を踏み入れた。