同行する許可
不思議そうな表情のエンヌを残し、グレイヴァは急いで宿へ戻った。
「朝からもう踊りに行ってたの?」
フィノがあくびをしながら言う。その姿はまた人間になっていた。
「フィノ、今日もその格好ですごすのか?」
「何言ってんの。宿へ入る時はこの姿だったでしょ。出る時に人が減ってたら、変に思われるじゃないの」
「あ、そうか」
その姿に慣れていないので、細かいことをすぐ忘れてしまう。
「グレイヴァ、息が切れてるようですが、走って戻って来たんですか?」
「アルテ、話は聞いたか? えっと、フレーラからだと思うけど」
何の話かと聞き返すこともなく、アルテはうなずいた。
「今も、フィノとそのことを話してたんです。これからは、行き先だけでも常に見えている状態になりそうで、よかったですね」
「じゃ、じゃあさ、エンヌの話は? 例の魔物に飛ばされて、いなくなった妖精を捜してくれって話」
「ええ、聞きました。グレイヴァの言っていた通りでしたね」
「だろ。フィノは挨拶して消える妖精なんかいないって言ってたけど、やっぱり魔物が絡んでたじゃないか」
ほとんど思い込みで言っていたようなものだが、グレイヴァは強く言う。
「あら、あたしは魔物の仕業と決まった訳じゃないって言ったのよ。絶対違う、なんて言ってないじゃない」
そう……だっただろうか。
「ちぇっ。しっかり逃げ道は残してんだな。ま、そんなことはいいや。夢の妖精が、エンヌにもその話をしてるんだ。アージュは仲間がそれとなく伝えるって言ってたんだけど、すっげー気になるような言い方したらしくって」
「グレイヴァ、彼女と会ったんですか?」
「ああ。でさ、アージュはエンヌを連れてってもいいんじゃないかって言ってたんだけど、どうしたらいいのかな」
グレイヴァは、シノンが大変なことになっていることや、魔法使いが助けてくれるということを夢の妖精が言ったらしい、という話をした。
「あらら、ずいぶん詳しく話してるのねぇ」
「そこまで言っているのなら、いっそ全てを話した方がよさそうですね。グレイヴァの話だと、彼女も事実だと察しているようですし、それを受け入れているのなら差し支えないでしょう。現状を知った上で、ぼく達について来るかどうかを決めるのはエンヌ自身ですから。そこは彼女にゆだねましょう」
「いいのか? こーんな特殊な旅に、他の奴を巻き込んで」
「こちらから故意に巻き込むのは、どうかと思いますが。今回の場合、エンヌの所にいた妖精のことです。彼女が迎えに行くと言えば、ぼく達に止める権利はありませんよ」
「んー、まぁ、そう言われりゃそうかな。泉の広場の所で、エンヌを待たせてるんだ。アルテ、説明してくれないか」
グレイヴァに言われ、アルテ達はエンヌの待つ泉の広場へと向かった。
「待たせて悪かったな。こっち、俺の連れのアルテとフィノ」
「おはようございます。あ、昨日、私達の踊りが終わった後で舞台に上がって踊られた方、ですよね? あなたの方も見覚えが……」
「あら、よく覚えてるのね。昨日は調子にのっちゃって」
舞台で目立っていたフィノのことは、エンヌでなくても覚えているだろう。
「でも、どうしてアルテのことまで覚えてるの?」
「すごくきれいな銀色の髪だなぁって思って。シノンも……あ……」
エンヌが口を押さえる。グレイヴァ以外の人間に妖精の話をしては変に見られる、と思ったのだろうか。
「シノンもぼくと同じような、銀の髪なんですか?」
「え?」
エンヌが目を丸くして、アルテを見た。
「グレイヴァから話は聞いてます。舞いの妖精がいなくなったそうですね。実はあなたが見た夢とぼく達の旅には、少なからず関わりがあるんです」
「あの、どういう……」
エンヌは戸惑った表情で、グレイヴァとアルテの顔を交互に見る。
「俺達、シノンがどういう事情で舞踊石からいなくなったのか、知ってるんだ。アルテ、後の説明はまかせる」
まかされたアルテは、大まかな説明をした。
自分達が妖精を助けるための旅をしていること。昨夜、舞いの妖精を助けるように頼まれたこと、など。
大まかとは言っても、やっぱりアルテの説明はまどろっこしいものだったが、それでもエンヌは事情を理解したようだ。
「知らなかった、そんなことが起こってたなんて……。それじゃ、私はシノンを置き去りにして来たのね」
シノンに起きたことを知って、エンヌの顔が青ざめる。
その事件があった次の朝、エンヌは珍しく寝坊してしまったのだ。
いつもなら、舞踊石にいるシノンにおはようの声をかける。だが、その日は周りにせかされてそんな余裕もなく、慌ててテントをたたんで出発した。
途中の休憩で石を見た時、妖精の姿がないことに気付いたのだが、見えない時もそれまでに何度かあったので、あまり気にしていなかった。
しかし、丸一日いないということはなく、クリュの村へ着いてからも、祭りが始まって自分達が踊る時間になっても、シノンは現れなかったのだ。
妖精が力を奪われてしまうことがある、なんてことをエンヌは知らない。自分に踊りの才能がないために、シノンがあきれて消えてしまったのだ、と落ち込んでしまっていたのだ。
「どこに? シノンはどこにいるんですか?」
「あなた達がこの村へ来る前、最後にテントを張った場所ではないか、と。シノンのことを教えてくれた妖精も、正確な位置までは把握できなかったそうです。一座がテントを張った場所を、教えてもらえますか? その周辺をあたってみれば、彼女はそう遠くない場所にいるはずです。ぼく達が必ず見付けて、ここへ戻って来ますから」
「私も行きますっ。連れて行ってください」
エンヌがアルテに頼み込む。その口調に、迷いはない。
「エンヌ、いいのか? その魔物がもう出ないっていう保証なんか、どこにもないんだぞ」
「構わない。私が気付いてあげなきゃいけなかったのに、置き去りにしたんだもの。私、行きます」
断っても、エンヌは行く気のようだ。と言うより、自分の大切な妖精を人任せにしたくないのかも知れない。
「わかりました。あなたの方が、ぼく達よりすぐに見付けられることもあるでしょうしね。でも……一座の方はどうします? 祭りは今日と明日もあるそうですから、ここにとどまることになりますよね? つまり、あなたには仕事がある訳で……。それに、一日二日で見付かるかどうかもわかりません」
「あ、それは……」
エンヌも痛いところを突かれた、という顔だ。
「頼みます。親方に話して、少しの間だけでも一座を離れる許可をもらいます」
言うなり、エンヌは駆け出した。一座がテントを張っている村外れへ向かっているようだ。
「話のわかる親方だといいけどねぇ」
エンヌの後ろ姿を眺めつつ、フィノがつぶやいた。
「アルテ、うまくいくようにできないかな」
「魔法で、ということですか? 暗示にかけてうなずかせることは可能ですが、魔法が切れた時に叱られるのはエンヌですからね」
ここはエンヌの説得次第、ということだ。
「あたし達も行ってみましょ。言葉だけなら、助け船を出してもいいんじゃない?」
フィノに言われ、グレイヴァ達は一座がいるテントへと向かった。
☆☆☆
グレイヴァ達が着くと、エンヌが親方らしい中年の男に頭を下げていた。
「だがなぁ、エンヌ。お前に抜けられると、俺達も困るんだよ」
「わかってます。でも、私はどうしても迎えに行ってあげたいんです。お願いです、親方。少しだけ時間をください」
「祭りの真っ最中だぞ。稼ぎ時に踊り子がいなくちゃ、話にならん」
親方の方もどうにかエンヌをとどまらせようと、説得している様子。このままだと、平行線だ。
「あんたがこの一座の親方?」
何を思ったのか、グレイヴァが二人の間に割り込んだ。
「ああ、わしがこのティグ一座の座長だが……お前さんは?」
「グレイヴァ。ちょっとした因縁でエンヌと知り合いになったんだけど……何とか時間、もらえないかな。半年とか一年なんて時間じゃない。ほんの数日でいいんだ」
ティグは少しうさん臭そうにグレイヴァを見ていたが、エンヌの方へ向き直るととんでもないことを口にした。
「エンヌ。お前、まさかこの男と駆け落ちするつもりじゃないだろうな」
「なっ、何でそういう方向に考えがいくんだよっ。俺には、他にも連れがいるんだ」
グレイヴァが赤くなって否定し、横ではフィノがけたけたと大笑いしている。
「おじさん、心配しなくても、この子はすっごくオクテだから。そんな大胆なこと、しやしないわ」
「うるせ。放っとけ」
また人数が増え、ティグの顔がますます怪しくなる。
「本当に駆け落ちするなら、もうとっくにこの村を出てるわよ。わざわざ、時間をください、なんて言いに来ないわ」
「それは……そうだが。一体、あんた達は何なんだ?」
「失礼。彼女はフィノ、ぼくはアルテと言います。忙しい時期でしょうが、彼女に時間を与えてもらえませんか」
「もしかして、あんた達がエンヌをそそのかしてるのか?」
「誰がそそのかっ……」
グレイヴァが反論しようとして、フィノに口をふさがれた。
「結果的には、そうなるかも知れません。ですが、決めたのは彼女自身です。ぼく達は、彼女を手助けするに過ぎませんから」
「あんた達、この子が何を言ってるか知ってて言ってるのか? 妖精を助けに行きたい、なんて言ってるんだぞ。以前から舞いの妖精がどうとか言うのは、わしも知ってたが……」
「ええ。その妖精を助けに行くんです」
「正気とは思えんな」
口をふさぐフィノの手をはぎ取り、グレイヴァがまた口をはさんだ。
「あのさぁ、エンヌが持ってる舞踊石は知ってるだろ。それが祖母さんの代からの形見ってことも。前にテントを張った所で、その形見の一部を置いて来ちまったんだよ。忘れ物を取りに戻るくらい、いいだろ。さっきも言ったけど、ほんの数日でいいんだから」
「うーん……」
ティグはまだ渋い顔だ。だが、妖精ではなく、形見と言われると彼も弱い。
妖精と言われると、何をバカなことを、と言って笑ってしまうのだが、確実に目に見える物を、しかも「形見」という言葉を出されると、許可しないとは言いにくい。
彼はエンヌの母も祖母も、よく知っている。お世話になった人達だ。
「忙しいのはわかるけどさ、踊り子はエンヌ一人だけじゃないだろ? 他にも舞台に立てる奴はいるんだし。今の状態でエンヌが舞台に立っても、きっと上の空だぜ」
「……前にいた所と言えば、ネビオロだな」
親方の言葉に、エンヌの顔がぱっと明るくなる。
「祭りは明日まで。俺達は明後日、クリュの村を出発する。それまでに戻るのなら……」
「あさって……」





