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幻?

 マナモーヌは誰かから聞いた話、という(てい)で話していたので、アルテ達もどんな石なのかを突っ込んで聞かなかった。わからない、と答えられること前提で、それでも一応は聞くべきだったかも知れない。

 これは、自力で何とかしろ、ということだろう。そうでなければ、マナモーヌも教えてくれていたはず。

 確かに、甘えてばかりではいけないだろうが、もう少しだけでもいいから、手掛かりになるようなことを教えてもらいたかった。

「簡単と言えば……ねぇ、グレイヴァにはわかんないの?」

「え? そんなの、わかる訳ないだろ。こんなにたくさんあるんだぞ」

「だって、力のある石ってことは、魔の気配たっぷりよ。命優石が黙ってるとは思えないけど?」

 魔の気配に敏感な魔導石の力を得ている命優石。その力があれば、目的物の在処(ありか)など、すぐにわかりそうなものだが……。

「ダメだってさ」

 グレイヴァが軽く肩をすくめる。

「ここの空気そのものが、万精石(ばんしょうせき)と同じらしいぞ。しかもムラがないって言うか……空気の濃さが同じだから、どこからこの気配が漂って来てるのかってのが掴めないって」

「そう言われてみれば、マナモーヌも話していましたね。扉の向こうの世界は、万精石の力が漂っていると。今のグレイヴァのように敏感であろうとなかろうと、すぐには本体がわからないようにしてあるんですね」

「それじゃ、グレイヴァがこの世界に長くいたら、倒れるんじゃない?」

「魔の気配だけど、いつものとは違うって。……何が違うんだよ」

 最後の言葉は、命優石に対してなのか、独り言に近いものなのか。

「つまりは、本物を隠すための気配で、これも幻の一つということなんじゃないですか? 幻の気配なら命優石が魔力を吸収することはできないし、グレイヴァが倒れることもないですからね」

「そっか。ま、俺は自力で歩けるなら、それでいいや」

 歩くどころか、まともに立っていられなくなることを思えば、自分の思い通りに歩けるだけでグレイヴァは十分だった。

「気配の話はそれで落ち着いたとして……どうやって探せばいい訳? いくら手分けしたって、この広さじゃ丸一日つぶしたって見付けるのは困難よ。しかも、この霧が何だか曲者(くせもの)な気もするし」

 楽ではないだろう、とは思っていたが、いきなり前途多難だ。

 アルテがしゃがみ、足下の水晶もどきな石をいくつか手に取った。

「幻と言っても、感覚はありますね。もしくは、そう思わされているのか……」

 確かに触れている……と思うのだが、マナモーヌはこちらの世界にあるものは幻だ、と言った。

 わざわざ精霊が嘘の情報を与えるとは思えないし、知らせるつもりがないなら黙っていればいいだけのはず。

「なぁ、この奥って、どうなってると思う?」

「奥ですか?」

「うん。奥って言い方が合ってるかはわからないけどさ。ここにあるとは限らないだろ。霧でよくわからないし、ここがこの世界の全てとは思えないしさ」

「……そうですね。石の泉のように、この中に探す石がある、と思い込んでしまいましたけれど」

「ここって、石の泉じゃなかったのよね」

 まだ世界の端から端まで見ていない。ここにある、と断定するのは早計だ。

「一度きりしか来られない場所なんだもん、見て回るのもいいかもね」

☆☆☆

 別の場所を見てみよう。

 そう決まって、十歩も歩いただろうか。

 いきなり霧が晴れた。ほぼ同時に、足下に敷き詰められるようにしてあった石もなくなる。

 そして、目の前に現れたのは、氷の樹木が立ち並ぶ森だった。

「さみ……この寒いって感覚も、幻だってのか?」

 吐く息が白い。頬に当たる空気も、刺すように冷たい。万精石以外が幻であるなら、これは幻影・幻覚ということになるのか。

「寒いのもそうだけど、このとげとげしい感じがする氷の木も幻だってこと? 触ると冷たいのに」

「樹氷というのは聞いたことがありますが、これのことじゃありませんよね。氷の下に木があるようには見えませんが……」

 目の前にあるのは、巨大な氷を彫って作り出したような樹木。本物の樹木に、雪や空気中の水分が付いて凍ったものとは違う。氷は完全な透明ではないが、樹木らしき影は全く見えないので、樹氷ではない。

「ずいぶんな変わり様ね。幻だから、何でもありってことかしら?」

「何でもありでも構いませんが、これだと万精石を探す手掛かりになりそうな物が何もありませんね。」

「それっぽいのを見たら、触ってみるしかないんじゃないか?」

「それっぽいのって、どういうのよ」

「え……だから、適当にこれかなって思った石とかさ」

 フィノに突っ込まれたって、グレイヴァにもわからない。

「ここには、誰もいないのかな」

「マナモーヌは、精霊が時々出入りしているような言い方をしていましたね。ただ、ここで会えたとしても、教えてくれるかどうか……」

 万精石やその石がある場所を教えてくれたマナモーヌでさえ、明確なことは教えてくれなかったのだ。いきなり現れた人間達に、精霊がどこまで教えてくれるかは……あまり期待しない方がいいだろう。

「マナモーヌはあたし達がここへ入らなかった時のことを思って、あんまり詳しく言わなかった……っていうことかも知れないわね。行くかどうかもわからないのに、細かい情報を流せないから、とか」

「うー、どうして俺、あんな時に倒れてんだよ。直接マナモーヌから話を聞いてたら絶対に行くって言って、もっと詳しく聞いてたのに」

 相手が精霊だとわかるグレイヴァだから、もっと突っ込んで尋ねることはできたはず。

「……いえ、グレイヴァが眠っていたからこそ、かも知れませんよ。正体がばれなければ、詳しい話をしなくても怪しまれません。だから、グレイヴァが目を覚ます前に、大雑把な部分だけを伝えて戻ったのかも知れませんね」

「つまり、グレイヴァと顔を合わせなかったのも、彼女の作戦って訳? あー、もう。何が何でも、誰にも頼らずに見付けろってことね」

 とどのつまり、石の情報をもらい、ここへ来られただけでもありがたいと思え、ということだ。

「ねぇ、とりあえず、この場所から移動しない? 幻でも、寒いものは寒いもん」

 それについては、反対意見は出なかった。

 おりしも冷たい風が強く吹き、思わず首をすくめる。風に揺らされた氷の葉が隣同士で当たり、チリンときれいな音が響いた。

「これは、幻聴ってことになるのかな」

「そうでしょうね。惑わすものではなさそうですが……」

 確かに目の前にあり、肌で感じ、耳に聞こえる。だが、これが幻だと思うと……何だか感覚が変になってきそうだ。

 もう幻だ何だというのは、考えないことにする。

 最初にこの世界へ入った時にあった、霧の空間はもうどこにも見えない。どちらを向いても、同じ景色だ。

 方向感覚までおかしくなってきた。どちらから来たのか、わからない。

 とにかく、この寒い空間から離れたいので、適当に歩くことにした。

「極端だぞ……」

 たった数歩進んだだけで、また周囲の光景が激変した。あれだけ寒いと感じていたのに、今度はやたら暑くなってきたのだ。

 それもそのはず、進行方向に赤々と燃える火が見える。

「あれって火事……じゃないわよね」

 そちらへ向かうと、赤茶けた地面に軽く飛び越えられそうな大きさの穴がある。深さはわからない。

 その穴から、アルテの身長と同じくらいの高さの火が出ているのだ。

 しかし、燃料の(たぐい)は見えない。どうやって燃えているのだろう。燃える気体でも漂っているのか。だとしたら、近付くのはかなり危険だ。

 ……いや、考えても仕方がない。たぶん、幻だろうから。

「あっちこっちにあるぞ。この穴、いくつあるんだ?」

 火が燃え立つ穴が、点在している。だから、この一帯はひどく暑いのだ。

 さっき身体に巻き付けたマントを緩めた。幻であっても、身体は熱いと感じているのだろう、汗が出てきた。

「火の妖精がいる火の森もかなり暑い場所でしたが、ここも負けていませんね」

「まさかこの地面の下は火山で、だからあちこちの穴から火が出てるってことじゃないわよね。そのうち、間欠泉みたいに火が吹き上がる、なんてなしよ」

「この穴のうちのどれかに万精石がある、なんて言われても、取れないよな」

 近付けば、焚き火や暖炉にあたっている以上に熱い。この火の中に石がある、と聞いても、手を出せるだろうか。幻であっても、こんなに熱いのに。

 フィノは、グレイヴァならやりそう、などと思ったが、彼の場合は妖精が絡んでる時に無茶をするのであって「自分の魔力を上げるため」であれば、ちょっと怪しくなってくる。

 それでも、妖精のために強くなれる、と思えば、最終的にはやるだろう。

「もう少し進んでみましょうか」

 寒すぎるのもつらいが、暑すぎるのも困る。

 そして、また数歩進んだだけで、火はなくなった。今度は、見渡す限りの砂漠だ。さっきまで、こんな光景は全く見えていなかったのに。

「この世界へ来てから俺達、絶対前進できてないよなぁ」

 数歩進むだけで、すぐに光景が変わる。まともな世界であれば、五十歩も歩いたかどうかすら怪しい。

「しかも、どこの場所にもそれらしい石はないし。それらしいって以前に、そもそも石すら見当たらないじゃない。まさか、最初の場所がやっぱり怪しい、なんて今更なしよ」

「あの場にいても、石を探している間に動きますからね。結局は、別の場所へ連れていかれているはずですよ。ぼく達に移動する気があってもなくても」

「それ以前に……万精石って、本当に石なのかな」

 妖精の石は、人間の感覚からすれば「石」らしくないものばかり。水の中で育ったり、植物から得られたり。

 形だけなら「まぁ、これなら」と思えるものもあるが、その存在の仕方はやはり特殊だった。

 万精石は妖精の石ではないが、精霊達の力が凝縮されたもの。これまでの経験を踏まえれば、自分達の常識で石と呼ばれるものを想像するのはやめた方がいいだろう。

「グレイヴァが言いたいこともわかるけど……それを言い出したら、もう何を探せばいいのか、わかんなくなるじゃないのよぉ」

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