必要なものは
夢の妖精が言った「南」がここのことか、はっきりとはわからない。だが、アルテ達が南へ向かい始めた頃と、この森の妖精達が襲われた時期がだいたい合う。
本当はもっと南の方に、襲われた妖精がいるかも知れない。夢の妖精が向かってほしかったのは、ここではないかも知れない。でも、ここにも現実に弱っている妖精がいる。
来るべくして、来たのだ。
「い、いや、謝ることないよ。ナーティシュが言ったんだから、きっと魔法使いは来てくれるって思っていたし、本当にこうして来てくれたんだから」
毎日不安にさいなまれていたガルブだが、自分と親しい妖精を助けてくれる魔法使いはこうして来てくれた。それだけで、十分だ。
話を聞いていたフィノは、首だけ後ろを向けてグレイヴァを見る。
もしかして命優石はここまで見越していたのだろうか、とふいに思ったのだ。
もし進化も始まらず、グレイヴァも倒れずにいたら、こうもうまくガルブと会っただろうか。
きっとお互いの姿を見ても、軽く会釈をするくらいで、すれ違っていただろう。
ガルブはアルテ達を魔法使いとは知らないし、アルテ達にしてもガルブが妖精と知り合いだとはわからないのだから。
最終的には夢の妖精から詳しい話を聞いて、ガルブと再会することになったとしても、そのすれ違いでどれだけの時間がかかるかわからない。
その時間が、力の弱い妖精にとっては運命を左右するものになってしまう。
命優石は「魔導石の力を使いこなせないから、進化する」とグレイヴァには説明したらしい。
だが、実はある程度ならもうすでに使いこなせていて、夜の妖精達のことに気付き、ついでと言っては何だがグレイヴァを使うことでガルブと引き合わせたのではないか。
推測だが、フィノは自分の考えがそう大きく外れてはいない気がしていた。
「話はわかりました。じきに陽も落ちますね。今はグレイヴァがこんな状況ですから……とりあえず夜になったら、ぼく達だけでもその妖精達に会わせてもらえますか」
ずっと待っていた魔法使いに言われ、ガルブが断るはずもなかった。
☆☆☆
軽く夕食を済ませ、出掛ける準備をする。
フィノはグレイヴァを看ていると言い、アルテだけがガルブに案内されて妖精のいる洞窟へと向かった。
「グレイヴァは、旅の疲れが出たとかじゃないのかい?」
歩き慣れているのがわかる、ガルブの歩調。アルテはランプがあっても、かなり足下が危なっかしい。
ガルブはそれに気付き、すぐに速度をゆるめてくれた。
「いえ、そういったものとは違うんです。これを話すと、長くなってしまうんですが」
省ける部分は省き、アルテはグレイヴァの中に妖精のための石があって、グレイヴァの症状はそれが成長するための副作用だ、という話をしておいた。
魔法使いでない人に話し出すと話の端々に疑問が出たりするので、なかなか前へ進めないのだ。
今はそんな時間もないので、かなりの短縮。ガルブも、あまり詳しい説明をされても理解しきれないので、その方がよかった。
「妖精が元気になる? それじゃ、グレイヴァがナーティシュ達の所へ行けば、みんな元気になるってことかい?」
「いえ……そうです、と言えたらいいんですが。まだその石は、成長途中なんです。取り込んでいない力が必要であれば、完全に回復させることは無理でしょうね。でも、今よりはずっと楽になるはずですから」
がっかりしかけたガルブに、アルテはそう付け足した。
実際、どの妖精達も「グレイヴァのそばにいると楽になる」と言っていたし、夜の妖精だけが全くの無反応ではないはずだ。完全復活ではないだけで。
「えっと、まだよくわかってないけど、グレイヴァも魔法使い?」
「そうです。妖精達を助けるこの旅は、彼の力なくしては成り立ちません。本人に言わせれば、命優石があるからだということになるんですが。しかし、それは後付だとぼくは思うんです。まだ命優石の力が発揮される前から、グレイヴァがいなければ妖精は助からなかったのでは、と思うようなことがありましたからね。そもそも彼がいなければ、その命優石だって存在しない訳ですし」
旅の中身を知らないガルブには理解しきれなかったが、グレイヴァが中心だということなのだろう、と考えることで納得しておいた。
「それじゃ、フィノは?」
「フィノも魔法を使いますよ。彼女は……まぁ、特殊な存在です」
フィノが自分の正体を明かすことは、まずない。話の流れとして、ここはほのめかしておいた方がいいだろう、という時はあるが、基本的には黙っている。
魔法使いなら、人間の姿の彼女を見て「人間ではなさそうだ」とわかるので(相手のレベルが低いと無理だが)その時は一応「人間じゃない」という言い方はするが、それでもはっきり言わない。
ねこの時は、本来の姿なので気配を完全に隠せるようで、知らん顔していればまずばれない。
必要な時は、アルテの魔法で姿を変えてもらっている、という設定にする。この旅でもそうしてきた。
何にしろ、フィノが本性を明かす時は自分から言うので、アルテはこうして尋ねられれば適当に言葉を濁しておくのだ。
ばらしてもフィノがアルテに怒ることなどないが、アルテは彼女の意思を尊重するつもりなので話すことはまずない。
「そうか。女性は確かに、特殊な存在だよね」
アルテの言葉をどう取ったのか、ガルブはそんなことを言って一人で納得している。
「女性は特殊、ですか?」
「だって、何を考えてるか、さっぱりわからないだろ。この前言ったことと、次に会った時に言うことが変わってるんだからさ」
誰のことを言ってるかは知らないが、それで苦労している、ということか。苦労する、という点では、いつもフィノにやりこめられているグレイヴァと話が合いそうだ。
「それは、ガルブの恋人のことですか?」
「へ? ち、違うよっ。彼女はそんなじゃ……」
恋人ではなくても、少なくとも片想いはしているんだな、というのがばればれだ。にぶいと言われるアルテにすら、わかってしまう。
フィノなら面白がってもっと突っ込むのだろうが、アルテはそれ以上は聞かなかった。
「ほら、あそこ……って言っても、暗くてあまり見えないだろうけど。もうすぐだよ」
確かに指し示されてもわからなかったが、近付くにつれて夜の闇とはまた別の暗い色がそこにあるのが見えてきた。洞窟の入口だ。
入口は狭かったが、入ってみれば大人が三人は楽に横並びで歩けるくらいの幅がある。ランプの光に照らされて、壁から染み出す水が光った。
道はあまり曲がることなく続き、やがて広い場所へと出た。
ガルブの住むあの丸太小屋が全部入っても、まだ余りある程に広い空間だ。暗い場所なのでわかりにくいが、天井も低くはない。
その中央に、たくさんの妖精達が横たわっていた。
こうして多くの妖精達が横たわる光景は、これまでに何度も見て来ている。だが、最初にこの光景を見る時のショックには、どうしても慣れない。
他の場所では元気になった妖精がいるのに、まだこんな状態の妖精がいるのか、と悲しくなる。
この空間の入口にあたる所で、ガルブはランプを置いた。太陽の光程ではなくても、夜の妖精に光は障るのだ。特に、今のような状態では。
当たってもいい光と言えば、月の光だ。しかし、ここには月の光が差し込むような隙間はない。むしろ、そんな隙間があれば、昼間に太陽の光が差し込んでしまうので、休んでいられなくなる。
「ナーティシュ」
端の方に横たえられた妖精に、ガルブが声をかけた。
暗い中でかすかに、本当にかすかに淡い黄色に光る妖精達。本来なら、この光がもっと強く、そして宙を飛び回るのだろう。
その光が、ガルブの呼び掛けに応えるように、ほんのわずか強くなった。意識が少しはっきりした、といったところか。
「ナーティシュ、きみが話していた魔法使いが来てくれたよ」
その声に、ナーティシュと呼ばれた妖精がゆっくりと目を開けた。
長く真っ直ぐな黒い髪に、黒い瞳。見掛けは、人間で言えば二十歳くらいの女性だ。
陶器のように白い肌をしているが、今はその白さがくすんでいるように見えた。
「夢の妖精から、少しですが話を聞いています。何が必要かだけ、教えてください」
「……」
力のない瞳が、ようやく来てくれた魔法使いを見ている。
やがて、うるおいの足りないくちびるが少し開き、かすれた声がもれた。
「せい……あんせ……き」
「せいあんせき? 静安石が必要なんですね? ある場所はわかりますか?」
アルテが尋ねても、ナーティシュはかすかに首を横に振るだけ。在処までは知らない、ということだろう。
他の妖精達を見ても、新たな情報を出してくれそうとは思えない。
ここでこれ以上の情報収集は、もう無理だ。会話もできない。
続けるなら、復活したグレイヴァを明日連れて来て、もう少し話ができる状態にするか、森の妖精や精霊など物知りな存在を見付けなくては。
「必ず助けますから。もう少しだけ、待っていてください」
その言葉を聞いて、ナーティシュは目を閉じた。またさっきまでのように、暗い光に戻る。
「アルテには助けられないのかい?」
ここへ来るまでに、グレイヴァがいなければ話が前に進まないようなことは聞かされた。
それでも、ガルブは魔法使いが来てくれさえすれば、すぐに妖精達が元気になる、と思っていたのだ。
しかし、現実はそう甘くない。
「妖精にはそれぞれ、力の源となる石があるんです。それを使うのが、一番確実ですね。ぼくは……残念ながらぼくの魔法では、妖精達を元気にすることはできません。緑に属する妖精であれば、力を取り戻せる石があるのでそれを使うことができますが……夜の妖精は」
グレイヴァなら、この妖精達を楽にすることができるだろう。しかし、命優石はナーティシュが口にした「静安石」の力と同じものを持っているだろうか。
お伽石や月待石など、夜に関わる石の力は得ているはずだが、果たしてそれがどこまでこの妖精達に効くだろう。
「とにかく、一旦戻りましょう」
今は夜の闇が、この妖精達を少しでも癒してくれるのを祈るばかりだ。