祭りをする村
舞踊石
全十三回です
森を抜けると、陽はすっかり高くなっていた。日陰から日なたに出た途端、太陽の光が遠慮なく照り付けてくる。
森から出て来た二人の少年と、一匹の黒ねこがまぶしげに空を仰いだ。
「ずいぶん陽射しがきつくなるもんだな。森を抜けただけなのに」
強い光に目を細めながら、グレイヴァがつぶやいた。
「グレイヴァのいた村は、どちらかと言えば北の方ですからね。余計にそう感じるんじゃないですか?」
そう答えるアルテの銀の髪が、光に当たって美しくきらめく。
「たかだか一日ちょい森にいただけなのに、久々に太陽を見る気がする」
「同感ですね」
彼らは昨日、今出て来た森の中で一夜をすごした。それ程大きくないその森で、グレイヴァ達は夢の妖精を助けたのだ。
魔物に壊された妖精の世界も救われ、めでたしめでたし、となったのだが……。
たった半日。
アルテは夢の中を歩き回って、多少ハードに魔法を使った。フィノも魔法を使ったり、空を飛んだり。
グレイヴァに至っては、アルテの魔法で眠ったまま……。
それぞれそんな状況だったが、誰もがかなりの体力を使っていたらしい。
陽が落ちてそのまま森で野宿したのはいいが、食事もそこそこに眠りに落ち、次の朝、つまり今日の朝は陽が高くなっても、誰も目を覚まさなかったのだ。
グレイヴァはともかく、規則正しい生活リズムを持つアルテでさえすっかり眠り込んでいたのだから、たかが夢とあなどれない。
現実は半日程だが、夢ではかなりの時間が流れていた気がする。グレイヴァが「久々に太陽を見た気がする」と言ったのも、何日も夢の中にいたような感覚があるからだ。
寝坊はしたが、急ぐ旅でもない。まずは森を抜けて、ようやくまともに太陽を見上げた訳である。
「とりあえず、この先の村へ入って次の情報待ちね」
辺りに誰もいないことを確認してから、フィノが言った。
「えーと、この先は……クリュって村だったよな」
「ええ。比較的大きな村らしいですよ。ぼくも行ったことはありませんが、ここを通ったことのある友人の話だと、大きな村と言うより小さな街のようだったそうです」
「街かぁ。街って、ネイバーしか知らないけど」
「田舎者だもんね」
フィノがいつものように、茶々を入れる。
「うるっさいな」
「本当のことでしょ」
「まぁまぁ。何か面白いものでも見られるといいですね」
「あら……」
アルテの横を歩いていたフィノが、ふいにアルテの肩へ飛び乗った。
「どうかしましたか、フィノ」
「楽しそうな音楽が聞こえてくるの。お祭りかしら」
耳をぴくぴくと動かして、フィノが楽しそうに言う。
「あたし達、いいタイミングで来たみたいよ」
村へ近付くにつれ、フィノが言ったように賑やかな音楽が風にのって流れてくるのが聞こえた。
「本当に祭りみたいだな」
「何のお祭りかしら」
「今の時期にこの地域での祭りと言うと……水の祭りでしょうね」
「水の祭り? 何、それ?」
グレイヴァのいたオタウの村では、春には「今年もたくさんの収穫があるように」と祈る豊作祈願と、秋には「豊作を感謝する祭り」があった。
多少の違いはあっても、隣の村でもだいたいそういう呼び方の祭りだった。水の祭りなんて、聞いたことがない。
「グレイヴァの村は、一年を通して気候が安定しているでしょう? この辺りは夏に向かう今からの時期、長雨が続くことがあるんです。あまり長く降り続いたり、豪雨になったりすれば、洪水が起きたり作物が根腐れしたりしますからね。そういうことにならないよう、雨を司る神や精霊に祈るんです。動物や植物が枯れないよう、川岸より水が上がらないよう、ちょうどいい量の雨を降らせてください、というように」
雨が降らないように、と祈れば水が涸れ、動物も植物も生きられない。でも、雨の降る季節に雨乞いしても無意味。で、ちょうどいい量だけ雨が降るように、と人々は祈る。
「それって、すっげー都合のいい祈りだな。結局、人間が何かに祈る時って、自分に都合よくなるような内容か」
「力がないもん、人間って。だから、祈るしかできないのよ。いーんじゃない? 本当にかなえられるかってのは、別問題なんだから」
「自然が相手ですからね。人間だって、それくらいわかっていますから。祭りという名目で、ひととき騒いで楽しもう、というのが本当の目的ですよ」
「何だっていいわ。楽しいことは好きだもん。んしょ」
フィノは言いながら、ねこから人間の少女へと姿を変えた。
「お前……何やってんの?」
「何って? あたしの姿、前に見たでしょ」
「そうじゃなくて」
フィノが人の姿になったのは、以前にも見たことがあるので知っている。お伽の泉でのことだ。
でも、その時は時間も短かったし、近くでまじまじと見ることもなかった。
少しくせのある黒く長い髪に、透明感のある緑の瞳。年齢で言えば、グレイヴァの姉、と言ってもおかしくないくらい。なぜか認めるのが悔しい気がするのだが、やっぱり美人だ。
それはともかく。
何のためにフィノが人間の姿になったのかわからないから、グレイヴァは何をしてるのか、と聞いたのだ。
「だぁってぇ。お祭りでしょ。ねこのままだと、思う存分楽しめないじゃない。人だってたくさんいて、ゆっくり地面を歩いてられないし。酔っ払った人間に踏まれたり蹴られたりするの、ごめんだわ。もっとも、あたしはそんなにドジじゃないけど」
「どーだか」
「そーいうつまんないこと言うの、こぉのお口かしら?」
言った途端、グレイヴァの頬をフィノが遠慮なく引っ張る。人間の手だから、しっかり掴めるのだ。
さらに腹が立つことに、フィノの方が背が高かったりするものだから、見下ろされる形になり、余計に悔しい。
「いってぇな。放せっ」
グレイヴァがフィノの手を振り払う。
「ふふん。そっか。グレイヴァにつまんないこと言われたら、人間になってこうすればいいのよね。ねこパンチよりずっといいわ」
「よかねぇよっ。ろくなことしないな、お前」
怒りながら、グレイヴァは先を歩いて行った。
「フィノ、グレイヴァをからかうのも、ほどほどにしておいてくださいね」
「ついつい遊んじゃうのよねー。グレイヴァって、反応がストレートすぎて面白いんだもん。ま、確かにやりすぎちゃうと、すねるかな。適当にやめるように……努力はするわ」
魔法使いは小さくため息をつき、フィノと共にグレイヴァの後を追った。
☆☆☆
クリュの村では、アルテが言ったように水の祭りが催されていた。
通りの家や店は整然と並び、道路の幅は広くてきっちり整備されている。村と言うより小さな街だ、という話がここへ来るまでに出ていたせいか、本当に街のような雰囲気に感じられた。
グレイヴァ達が今いるこの周辺は中心部にあたるらしいので、なおさらそうなっているのだろう。
一応、ここへ来るまでに大きな畑もちゃんと広がっていたし、農村であるのは間違いないのだが、確かにここだけを見ていると、街だと思える。
人が多い、というのも、そう思える要因の一つだろう。
祭りということでクリュの村人のほとんどが出て来ていて、さらに近くの村からも人がやって来ているのだ。これで、賑やかにならないはずがない。
グレイヴァ達が今いる場所は、泉のある広場だ。その泉の中央に小さい噴水が作られ、細く水が噴き出している。その泉を遠巻きに囲むようにして、露店がたくさん並んでいた。
食べる物を売る店、装飾品を売る店、石や木でできた大小様々な人形や置物を売る店、などなど。
元から通りに並ぶ店も、入口の扉に飾り付けがなされるなどして、その存在をアピールしている。
「水の祭り……つっても、水の部分は本当に付けたしみたいだな」
「いーじゃない、別に。どこだってそんなものでしょ。要は賑やかで楽しければいいの。あ、あっちでダンスしてるっ」
フィノは広場の一角で、音楽とダンスを披露している旅の一座らしき集団を見付け、そちらへ走って行く。
「フィノにあーいう趣味があったとは……」
「彼女は、歌も踊りも好きですよ。あの姿で踊ると、とても軽やかですしね」
「あいつの足取りが重かったら、そっちの方が妙だろ」
「それはそうですけどね」
軽やかなステップがふめるのは、やはりねこ、ということもある。
「なかなか技量もあるようで、踊り子にならないか、と勧誘されたこともあるんですよ」
「あいつ、おかしな特技があるんだな。ねこって、踊りが得意なのか?」
「個体によるでしょう。人間だって好きな人と嫌いな人がいますから。あと、光る物が好きなんですよねぇ、フィノは」
「ねこって、そういうものが好きなのか? それとも……女だから?」
「どうでしょうか。でも、普段はあの姿ですから、身に付けられないでしょう? だから、フィノもねだる、ということはしませんけれどね。その点は、ぼくも助かってます」
「あいつがねだりだしたら、一財産つぶしそうだよな。遠慮って言葉、知らないんだから」
グレイヴァのセリフは、フィノがそばにいなかったので聞かれることもなく、故にさっきのように「この口かっ」と頬をつねられることもなかった。
一座の踊り子達はみな、それぞれにきらびやかな衣装をまとい、他の仲間が奏でる音楽に合わせて舞いを披露していた。
急ごしらえの仮設舞台が組まれ、地面よりほんのわずか高い舞台で、舞いが華やかに場を彩る。
踊り子は五人いて、グレイヴァより少し年が上と思われる少女達ばかりだ。
その中で最年少らしい、赤毛の少女がグレイヴァの目に止まった。
夕焼けのような美しい赤毛に、淡いオレンジの衣装。大きく開いた胸元には、衣装より少し濃いオレンジの石のペンダントが動きに合わせて揺れていた。
五人いる中で、特別目立つような美少女でもない。かわいい顔立ちではあるが、ひときわ人の目を引く容姿、という訳でもない。
美しさ、という点なら、本人(本ねこ?)には絶対に言えないが、フィノの方が美人と言えるし、同じ様に踊ればその容姿だけで人々の目を引き付けられるだろう。
グレイヴァは踊りの善し悪しなんてさっぱりわからないし、目に付いた彼女が特別上手かどうかなんて判断もできないのだが、なぜか惹かれるものを感じたのだ。
その少女を目で追ううちに音楽は静かになり、踊り子達も仮設舞台から退場して行く。後には、大きな拍手や口笛、賛美する声が飛んだ。
ちゃんとした舞台袖や幕がある訳ではないので、踊り子達の姿はすぐそこに見えている。
賞賛の声は少女達にもしっかり伝わり、舞姫達の顔はほてりと喜びで赤くなっているのが見てとれた。
「……?」
グレイヴァの目を引いた少女もその中にいるが、彼女の顔に笑みはなかった。それどころか、泣きそうにすら見える。
祭りに似合わない顔だな。失敗でもしたのかな。





