飛ばされた水晶
「だけど……ここ最近は村へ帰って来ても、妖精の姿が全然見えないの。会う約束をしてるんじゃないし、冬の間はどこかへ行ってしまうのかしらって……。この前の秋は、ユニモスがすぐに枯れちゃったの。だから、なおさら別の緑を求めていたのかも」
今までいた妖精が見えないのは、顔見知り程度の仲であっても淋しい。
秋を過ぎてから、この場所を通りかかる度にリヨンは注意して見ていた。だが、やはり妖精達は見当たらない。
ユニモスがすぐに枯れてしまったから、場所を移動したとしても仕方がない、とあきらめかけていた。
「リヨン、妖精達はここを出て行くつもりはなかったと思います。姿を見せられなくなった事情があるんですよ」
「妖精の……事情?」
アルテは自分達の旅や魔物の話を、かいつまんでリヨンに聞かせた。
「じゃあ……この前の秋にユニモスがすぐに枯れたのも、妖精の姿が見えなくなったのも、その魔物のせいだってことなの?」
「フィノがその魔物の気配を、わずかながら感じ取りました。リヨンの話を聞いている限りでは、妖精が姿を消す特別な事情が他に思い当たりませんからね」
「だけど、おかしいよな。いつもなら、魔物に襲われた後はどこかに妖精が倒れてるとか、水晶に封じられてたりしてるのに」
襲われたのが秋なら、もう数ヶ月は経っていることになる。まさか、力尽きて消えてしまったのだろうか。
ありえないことではない。リヨンの話では、妖精は複数いたようだ。それなのに、全く見付けることができないでいる、というのは……。
知らなかったとは言え、助けられなかったことがつらかった。
「水晶に封じられてるの?」
「もしくは、倒れて動けなくなっているか、ですね。これまでは、だいたいそのパターンでしたから」
「……その水晶って、軽い、わよね? あんな小さな妖精が封じられるくらいだし」
「まぁ、重くはないわね。リヨン、心当たりがあるの?」
思わせぶりな口調に、フィノが尋ねた。
「心当たりって言うか……風に飛ばされたんじゃないかしらって思ったの」
今年に入ってすぐ、キアの村やその周辺を嵐が襲った。雨はさほどでもなかったが、風がかなり強かったのだ。
当時、リヨンは街にいたが、嵐がおさまると村にいる両親のことが心配ですぐに帰った。
幸い、生家は屋根が吹き飛ばされたりすることもなく、納屋の扉に風で飛ばされた桶が当たり、少し穴があいたくらいで済んだ。
「母がね、風の音がとても怖かったって言ってたわ。あんなに強い風は久しぶりだって。暖かくなったら屋根を直す予定をしていたビーグさん家の納屋は、半壊してたわ。私が生まれるずっと前に建てたものだから古いし、壊れても仕方ないと思うけど……自然の力って本当にすごいって、それを見て私も怖くなったわ」
それくらい、強い風が吹いた。古いとは言え、納屋が壊れるくらいの風だ。枯れた野原に転がる水晶など、簡単に吹き飛ばされてしまうだろう。
「それじゃ、本当はこの辺りにあったはずの水晶が、あちこちに散らばったってことか」
妖精界の花畑ほどには広くないが、狭いとも言えない野原。ここで水晶を探すとなると、厄介だ。
しかも、野原にあるとは限らない。もっと遠くまで転がっている……かも知れないのだ。
どの向きから野原へ風が吹いたか、によっても捜索範囲が変わってしまう。中には、道に転がったものもあるだろう。それが馬車などに踏みつぶされていなければいいのだが。
「とにかく、この野原を中心にして、見ていくしかないよな」
「そうね。向こうから転がり寄って来る訳じゃないもの」
魔物の気配がする以上、ここに妖精はいたはずだ。リヨンも妖精の姿を見ているから、魔物が現れた時もいただろう。
今までのことを振り返れば、妖精達があの魔物から無事に逃げられたとは……残念ながら考えられない。逃げられたとしても、わずかな数だろう。
逆に、逃げた妖精がいるのなら「仲間を助けて」と依頼が入るはず。それがないのだから、つらい予測だが「全滅」と考えるべきだろう。
グレイヴァ達が野原にしゃがみ込み、あちこちの枯れ草をかき分けるのを見て、リヨンも同じように野原へ入った。
「私も手伝うわ。水晶って、どれくらいの大きさなの?」
「だいたい、大人が片手で握って隠れるくらいの大きさですね。妖精によっては、もう少し小さい可能性もあります」
アルテに聞いて、リヨンも時折冷たい風が吹く中、懸命に目をこらす。
「私……妖精達がいなくなって、捜した方がいいのかしらって、心のどこかで思ってたの。だけど、どう捜せばいいのかわからないし、妖精が迷惑に思うかもって考えると動けなくて。あの嵐が来る前に捜していれば、飛ばされずに済んだかも知れないわね……」
地面に目を走らせながら、リヨンはどこか申し訳なさそうな口調で言った。
「リヨン、あなたが責任を感じることはありませんよ」
「でも……」
妖精達の姿を見ていたのは、村では自分だけだろう。妖精達もリヨンが魔法使いだということは知っているし、封じられた時にリヨンに助けを求めていたかも知れないのだ。
しかし、リヨンにその声は届かなかった。
いなくなったと知った時、もう少し注意をかたむけていれば、何とかできたかも知れないのに。
「まさか妖精が魔物によって水晶に封じられたなんて、普通は考えません。これは異常事態で……本来、ありえる事態ではないんです。いくら魔法使いでも、全ての可能性を考えて行動するのは無理ですよ」
そう言ってもらえると、リヨンも少し気持ちが軽くなる。
アルテ達の話を聞いて、もっと自分がしっかりしていれば、と反省……と言うよりは、自己嫌悪になりかけていたのだ。
「あった!」
グレイヴァが声を上げた。みんながそちらへ駆け寄り、グレイヴァは地面に転がる水晶を拾い上げた。
「そんな小さいものなの……」
手で包み込めるサイズ、と聞いてはいたが、実際に見ると本当に小さな物だとわかる。
それまでリヨンが見ていた妖精は、子どもの頃に持っていた人形くらいの大きさ。ここまで圧縮された形になっているとは、想像しにくかったのだ。
グレイヴァが見付けた水晶の中には、小さくて見づらいが確かに妖精の姿があった。
肩より少し長い、明るい金色の髪は少しウェーブがかかり、身に付けているのは薄いピンクの衣。胎児のような格好で、水晶に押し込められているように見えた。
「水晶が見付かったのはいいけど、どうすればいいの? まさか、割っちゃわないわよね?」
たまごではないのだから、割ってぽんと出て来る……とは思えなかった。
「そんなことしたら、中の妖精も傷付くわ。割り方にもよるでしょうけどね。大丈夫よ。水晶を消す力は、この子が持ってるから」
フィノに指差されたグレイヴァは、もうそんなことを聞いてない。グレイヴァの手に置かれた水晶に右手をかざし、力を送り込んでいた。
最初は、鼓動石の力で水晶の妖精を解放した。しかし、長く水晶に封じられていると妖精の力が弱まり、解放するのも困難になってくる。
それを可能にするのが、再命石という石。石そのものは手元にないが、石の力はグレイヴァの中にある命優石がしっかり吸収していた。
まず、再命石の力で、妖精を水晶から解放する。次に、緑に属する妖精に有効な、生葉石や緑命石の力を注ぎ込む。
呪文も何もない。グレイヴァはただ、手をかざしているだけだ。
それを見てリヨンは、本当に解放できるのだろうか、と不安になった。だが、少しすると水晶が消え、リヨンがいつも見ていた妖精の大きさに戻る。
水晶に封じられていた時は少し幼く思えたが、今はリヨンと同世代のような見た目になっていた。この姿が、この妖精の本来の姿なのだ。
さらに、意識のなかった妖精が目を開き、身体を起こした。
「すご……い。何の魔法なの?」
水晶に封じられた妖精を見たのも初めてだが、呪文もなしに妖精を元気にしてしまったグレイヴァに、リヨンが目を丸くする。
普通の人はもちろん、魔法使いでも……いや、魔法使いだからこそ余計にすごい、と感じるのだ。
「何の魔法と尋ねられると、難しいですね……」
説明の仕様もなく、アルテは苦笑いを浮かべた。
「あたし……どうしたの?」
グレイヴァの手の上で身体を起こしたものの、状況がまだ掴めていない様子だ。
「魔物に襲われて、水晶に封じられていたんだ。気分、悪くないか?」
「水晶……? あぁ、そうね。あたし、とても冷たい場所に閉じ込められていたんだわ」
少し虚ろだった妖精の表情が、少しずつしっかりしたものになってきた。緑の大きな瞳を、グレイヴァへ向ける。
「俺達はこの辺りの妖精について聞いてないから、そっちもたぶん俺達のことは知らないよな。あちこちで妖精が魔物に襲われていて、俺達はその妖精を助ける旅をしてるんだ」
「あなた達、魔法使い?」
「ああ」
それぞれの顔を見て、妖精の視線がリヨンで止まる。
「あなた、レッシーナよね? 私がわかる? リヨンよ」
そんなに親しい訳ではない、とリヨンは話していたが、お互いの名前は知っているようだ。
リヨンが「レッシーナ」と呼んだ妖精は、問われて小さくうなずいた。
水晶の中の姿は少しわかりにくかったが、こうして解放されれば確かに顔見知りの妖精だとわかる。
「ごめんね。私がもっと早く、気付いていれば」
リヨンが言うと、レッシーナは首を振った。
「魔物に襲われたのは、あなたが村にいない時だったもの」
リヨンが村にいれば、救いを求める声を何とか届けることもできただろう。
しかし、弱った妖精が、離れた街にいる魔法使いに声を送ることなど無理だ。
誰の責任でもない。間が悪かったのだ。
「ねぇ、あなた以外の妖精は、他にどれくらいいるの? それに、襲われた時の状況を、少し聞いておきたいの。目が覚めたばっかりなのに、気分の悪い話でしょうけど」
そういう話はさせたくないが、こちらも事情を把握しなければならない。夢の妖精から、何も情報をもらっていないのだ。当事者から聞くしかない。