星花
今いる場所から、そんなに離れてはいない花畑の一角。
アルテが念入りに調べてみたが、倒れている妖精の周辺に汚れのようなものは感じられない。フィノも確認したが、グレイヴァの力はちゃんと及んでいて、しっかり浄化されている。
にも関わらず、その周辺だけ緑が戻っていないのだ。
妖精達はどうにか意識をつなぎ止めているが、他の妖精達のように起き上がることもできないし、ましてや飛ぶことなどできるはずもない。
「どうしてここだけ……何も悪影響を及ぼすものは見当たりませんが」
「うん。他と気配は同じよ。まぁ、妖精の生命力はかなり弱いけど」
人間より気配に鋭いフィノがわからないのだから、やはりちゃんと浄化はされている。
しかし、元気になれない妖精がいるのも確かだ。
アルテは、近くで花が咲くのを嬉しそうに見ている妖精に尋ねた。
「この妖精は、他の妖精とは違うんでしょうか。それにここの花も」
「きっと、星花だからだよ」
「星花?」
「他の花とは、少し違うんだ」
この花畑に咲く花は、妖精界でしか咲かない花ばかりだ。
しかし、星花は少し違う。
妖精界でしか咲かない、という点では同じなのだが、星花は人間界で咲く花の成分も混じっているのだ。
遠い昔、妖精界へ迷い込んだ人間がいた。昔も今も、時々あることだ。
この花畑まで来たその人間のポケットには、たまたま花の種が入っていたらしい。それが何かの拍子で、地面に落ちた。
人間は花の種が落ちたことなど気付きもせずにここを去ったが、種はこの地で芽を出したのだ。
そして、花が咲き……そばにあった妖精界の花と受粉して、新しい種が生まれる。それがまた、芽を出して。
そして、そこから妖精も新しく生まれた。
星花は、妖精界と人間界それぞれにしかない花同士が混じり合った、異種。妖精界で育った、とは言うものの、種族が違う訳だ。
人間で言えば、他民族とのハーフ、になる。
「妖精界という特殊な場所の、さらに特殊な花って訳ね。それで、この花が元気になるには、生葉石では足りないってことかしら。他のみんなが元気になっていてもここだけダメってことは、命優石の中に取り込まれてない力が必要ってことね」
どういう力が必要なのか、他の妖精達は知らなかった。当の星花の妖精に尋ねたいが、アルテ達に聞き取れるだけの声が出せない。
ミーゼに仲介してもらい、星連石という石の力があれば元気になるはずだ、とわかった。
ただし、どこにあるのかは誰も知らない。
「石の泉でかなり力を吸収したと思ってたけど、まだまだなんだな」
話を聞いたグレイヴァは、残念そうにつぶやく。
石の泉にどんな石があるのか、知らない。だが、かなりの種類があるはずだ。
その泉の水を、不可抗力だったとは言うものの、グレイヴァは飲んでしまった。それを命優石は吸収しているはずだが……それでもまだ、こうして足りない力があるのだ。
ひどく苦しい思いをしたが、これですぐに妖精達が助けられるのなら、とグレイヴァは期待していたのだが……。現実はうまくいかない。
「石のある場所がわからないんじゃ、探しようがないだろ」
「ええ。それでフィノやみんなとも話していたんですが、もう一度シェイルフィーアの所へ戻ろうと思うんです。石のある場所について、彼女なら何か思い当たることがあるかも知れません」
この近くで物知りであろう誰かを掴まえようと思うなら、きっと彼女が適任だ。居場所がわかっているから、すぐに話を聞ける。
「ミーゼがまた、案内してくれるそうです。もう少しグレイヴァが休んでから……」
「そこまで話が決まってるなら、さっさと行こう」
妖精達が「もう平気なの?」と口々に尋ねる。
「ああ。十分休んだからな。それに、まだ元気になってない妖精を目の前にして、俺ばっかりがゆっくりしてられないだろ」
「グレイヴァ、本当に大丈夫なの? 妖精達が力をくれたからって言っても、倒れた時の顔色、すんごく悪かったんだからね。移動中に倒れるくらいなら、ここで完全に復活しておいてもらわないと、あたし達が困るんだから」
「ああ。ふらふらしないから、歩くのに支障はないって」
支障はなくても、妖精が絡めばすぐに無理をしようとするグレイヴァ。
それをいやと言うほど知っているから、アルテもフィノも、グレイヴァの言葉をすぐには信じられない。
だが、見ている分には顔色も戻っているようだし、動いても問題はないように思われる。
具合が悪そうなら、その時は強制的に休息を取らせるようにするしかないだろう。
「俺が起きるまで、時間取ってしまったんだろ。早く行こう」
せかすグレイヴァに、アルテとフィノは互いの顔を見合わせて苦笑し、おもむろに立ち上がった。
☆☆☆
花畑を後にし、ミーゼに案内してもらってまた霧の中を歩く。
白い闇が広がるだけなので見慣れた景色はなく、迷ってしまわないようにひたすら歩き続けるしかない。
突然霧が晴れ、あの精樹が姿を現わした。今度はだいたいの距離感がわかっていたせいか、さっき来た時よりは早く着いたような気になる。
「シェイルフィーア、もう一度教えてもらいたいことがあるんだ。出て来てくれないか」
グレイヴァの声に、シェイルフィーアはすぐに現われた。
「地を流れる強い力を感じましたが、あれはあなた達がしたのですか?」
「グレイヴァがやった浄化の力、かしら。影響はなくても、ここまで感じられるのね」
文字通り「地続き」だから、離れていても精樹には感じ取れるのだろう。
「やっぱりみんな、大変なことになってたんです。あの魔物のせいで、花畑の花が全部枯れちゃってて……。でも、この魔法使い達が、みんなを元気にしてくれたんですよ」
ミーゼが嬉しそうに報告する。
「そうですか。噂は本当だったのですね」
「噂? 俺達のことが妖精の間で知られつつあるのはわかってるけど、何の噂?」
「類い希な力を持つ魔法使い達だ、と。彼らが来てくれれば安心していいんだ、と聞いていますよ」
「何だか、過大評価をされている気がしますが……」
「枯れた花畑を、全て戻してくれたのでしょう? 生半可な力でできることではありませんよ」
「それをおっしゃるなら、それはグレイヴァの力ですから」
「あれは命優石の力で……ああ、もう。そんなこと、今はどうだっていいんだよ。俺達は、シェイルフィーアに教えてもらいたいことがあって来たんだ」
花畑はほぼ復活させられたが星花だけが元に戻らず、妖精も力を取り戻せていない。元気にするためには星連石が必要らしいが、誰もある場所を知らない。
アルテは、そういったことを話した。
「何度か石の泉へは行ってるんですが、命優石が力を吸収していないということは、泉にないということでしょうか。それとも、ぼく達がまだ行っていない泉にあるんでしょうか?」
「断言はできませんが、石の泉にはないでしょうね」
「珠虹石も、泉になかったもんな。ってことは、特定の場所にある石ってことか」
「あたし達で取りに行けるような場所かしら」
妖精界にある、と言われれば。いつもなら困るところだが、今は現在地。場所さえ教えてもらえれば、手に入るはず。
「どこにあるか、ご存じですか」
「星連石は、人間界にあります」
「え……」
シェイルフィーアの言葉に、グレイヴァ達は目を丸くする。
「花は妖精界にしか咲かないのに、石は人間界なのか?」
てっきり、妖精界のどこかにあると思っていた。
「花の咲く場所は妖精界ですが、あの花は人間界のものでもありますからね。自然がバランスを取ろうとした結果なのかも知れません。星連石は、聖樹のそばにあるはずです」
「せいじゅ?」
シェイルフィーア以外の誰もが、首をかしげた。
「わたくしも、石のある場所を特定することはできません。どのような形を持つ石なのかも。聖樹の立つ場所へ行けば、わかると思います」
聖樹は人間界にあるが、普通の人間では入れない森の奥まで行かなければならない。
「そこは、人間界でありながら、妖精界のように人間が行き来するのは難しい所なのです。迷って入り込む人間もいるようですが……そううまく迷うことはできませんからね」
シェイルフィーアは、ミーゼを近くに呼んだ。
「場所を言います。彼らをそこまで、あなたが連れて行ってあげてください」
「わかりましたっ」
人間界は初めてらしいミーゼだが、知らない場所へ行けるのが嬉しいらしい。
風の妖精は、自由を好む。人間を案内するばかりで迷惑に思われそうなものだが、喜んでやってくれているのがありがたかった。
「なぁ、シェイルフィーア。何か条件とかあったりする? 今までにも、そこへ行ってからああしろこうしろって言われて、来る前にちゃんと聞いときゃよかったってことがあったしさ」
「ああ、そうよね。聞くの、忘れてたっていうお間抜けなこと、繰り返しちゃったわよねー。要領が悪いったら」
余計な時間は取りたくない。わかることは、全部聞いておかなくては。
「さぁ、わたくしには何とも……。聖樹の近くまで行けば、何が必要なのかもわかるでしょう」
どうやら細かい情報の入手は、ここでは無理のようだ。
しかし、星連石のある場所がわかっただけでも、十分な収穫と言える。あちこち探し回らず、真っ直ぐここへ来てよかった。
「行きましょっか、魔法使い達。こっちよ」
ミーゼが先に行き、アルテとフィノが後に続く。グレイヴァも行こうとして、足を止めた。
「シェイルフィーア、身体……何ともないか?」
魔物の毒に冒されたことを、グレイヴァは思い出したのだ。一応の解毒はできているはずだが、ふと気になった。
「ええ、ありがとう。もう何の心配もいらないわ」
シェイルフィーアは穏やかな笑みを浮かべながら、うなずいた。
「グレイヴァ、あなたも気を付けてね」
気遣ってくれる精霊の顔が、全然似ていないはずの母の面影と重なる。
「うん……ありがと。じゃ」
ずっとシェイルフィーアの顔を見ていると、なぜか少し気恥ずかしくなる。グレイヴァは急いで、アルテ達の後を追った。