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水晶玉の中の妖精

 グレイヴァが(きびす)を返すと、老人はすぐに読んでいた新聞に目を戻す。

 店を出ようとした時、グレイヴァと入れ違いで背の高い少年が入って来た。

 格好から見て、旅をしている、という感じだ。旅人が石の置物などを買うとは思えないから、きっと彼も客ではないのだろう。

 ロンカード老人の機嫌が、また悪くなりそうだ。

 扉を開けてすぐの所に黒ねこが座っていて、グレイヴァは足を止めた。今の少年のねこだろうか。

 緑の瞳が、こちらを見上げている。でも、すぐにフンという感じで、そっぽを向いた。

 ねこってなーんか、人を小馬鹿にしてるようなのが多いよなぁ。見た目はかわいいと思うんだけど。

 そう思いながら歩き出そうとした時、さっきの少年の声が聞こえた。

 聞こうと思ってではなく、ねこで足留めされたために聞こえてきたのだ。

「ここに鼓動石(こどうせき)はありますか?」

「鼓動石?」

 鼓動石?

 ロンカード老人の声と同時に、グレイヴァも心の中で聞き返していた。

「あいにく、うちでは扱ってませんねぇ。あの石は彫るのに適してないもんで。こういう店で鼓動石を置いてる所ってのは、あまりないと思いますが」

 石について問い合わせをされ、少年を「客」とみなしたらしい。相手が客となると、ロンカード老人の口調はていねいだ。

 客の希望する石がないことを、店の品揃えのせいではない、ということもちゃっかり言い訳している。

「そうですか……。どこか扱いのある店をご存じではありませんか?」

 客の立場なのに、少年の言葉遣いの方がずっとていねいだ。

「さぁ……。あの石はそんなに人気もないし、宝石商でもあるかどうか」

「この街の宝石店へは行きました。やはり扱っていなくて、石を扱っている店を回っているんです」

 少年が残念そうに、小さくため息をつく。

 あんな石、何に使うんだ?

 グレイヴァがそんなことを思っていると、黒ねこが足下でニャーと鳴く。

 その声にはっとして、グレイヴァは店を出た。

☆☆☆

 グレイヴァが出てすぐに、さっきの少年も店を出て来た。

 店の中ではわからなかったが、青みがかった明るい銀色の髪をしている。グレイヴァには見慣れない、でもきれいな色だ。胸の辺りまであるその髪を、後ろで一つに束ねている。

 感じからして、グレイヴァより少し上くらいの年齢だろう。さっきも思ったが、ずいぶん背の高い少年だ。

「ここも駄目でした。フィノ、他を当たりましょう」

 また一つ、ため息をつく。少年の言葉に、黒ねこが(なぐさ)めるように鳴いた。

「あ……あのさ」

「はい?」

 グレイヴァに声をかけられ、少年が振り向いた。明るい青の瞳が、グレイヴァを見る。

「ぼくですか?」

「うん。さっき、ちょっと聞こえたんだけどさ。お前、鼓動石なんか探してるのか?」

 年が近そうなこともあり、初対面でもグレイヴァの口調は割とくだけたもの。

「ええ。どうしても今、あの石が必要なんです」

 それに対する相手の口調は、ロンカード老人相手の時とていねいさは変わらないし、かなり真剣なものだった。

「あ、もしかして、石を扱っている所をご存じですか」

「いや、えっと、知ってるっていうのとはちょっと違うんだけどさ」

 相手の勢いに、グレイヴァはわずかに引く。

「鼓動石なんか、何に使うんだ? 紅玉(こうぎょく)のまがいもの、なんて言われるような、宝石の価値なんてほとんどない石だぞ」

 鼓動石。

 ビートストーンとも呼ばれるそれは、ルビーよりも濃い赤の石だ。

 宝石としての価値はとても低く、割れやすいので細工するのがとても難しい。だから、あまり流通していない。

 ロンカード老人がしていた言い訳も、あながち嘘ではないのだ。

「石の価値は関係ありません。ぼくには、あの石がどうしても必要なんです。ある場所をご存じなら、教えてください」

「な、なんだって、あんな石にそうまで執着するんだよ」

 こうまで真剣な表情と口調をされれば、グレイヴァも気になる。彼の様子は、好奇心を刺激するのに十分だった。

 相手はどうしようか、とでも言いたそうに、足下の黒ねこを見た。黒ねこは軽く肩をすくめ……たように見えたのは、気のせいか。

「理由をお話すれば、教えてもらえますか?」

「え……まぁ、そうだな」

 銀髪の少年は少し考えていたが、やがてうなずいた。

「わかりました。あ、でも、あのー、できれば人通りの少ない所の方がいいと思います」

「え?」

 通りすがりの人間にさえ、聞かれたくないような話なのだろうか。

 でも「いいと思う」とは、おかしな言い方だ。グレイヴァのためを思って言っている、とも取れる。

 何だか聞き出すのが悪い気もしたが、グレイヴァとしてもここまでくると「もういいよ」とは言いたくなかった。やっぱり気になる。

 二人と一匹は、人通りの少ない場所へと移動した。

 もしかして、人のいない所で強引に聞き出そう、という魂胆だろうか、などという考えが頭に浮かんだ。

 でも、相手は背こそ高いが、腕の細さや体格はグレイヴァとそんなに変わらない。取っ組み合いになっても、負ける気はしなかった。悪くても、引き分け。

 だが、グレイヴァがそんなことを考えているとも知らない少年は、周りに人がいないことを確認すると、ちゃんと話し始めた。

「えーとですね、実を言いますと、ぼくは魔法使いです。だから、きっとこんなことになってしまったと思うんですけれど。石をほしがるのは、さっきも言いましたが金銭的価値のある物を欲しいとか、そういうことではありません。石像だとかああいう物も、ぼくは美術的センスというものがあまりないので、ほとんどわかりませんし」

「つまり、理由はなんなんだよ」

 話が別の方向へ行きそうな少年の話にいらだち、グレイヴァは相手の言葉を打ち切る。

 彼が魔法使いということには驚いたが、その驚きも忘れるような話し方だ。説明というのが苦手なタイプらしい。

「あ、すみません。どうもぼくは話が長くなってしまって」

「だーかーらー」

「は、はい。えーとですね。彼女を助けてあげたいんです」

 言いながら、少年は(ふところ)から小さな青い巾着袋を取り出し、その中から水晶玉を取り出した。グレイヴァの手の中にすっぽり入ってしまうような、小さな水晶玉だ。

 でも、完全な透明ではなく、中に何か入っている。

 目をこらしてよく見ると、そこには人の姿があった。

 正確には、女の子。推定で、十二歳かそれくらい。

 ふんわりした金色の髪に、緑の薄い衣。ノースリーブのワンピース……だろうか。

 身体を丸め、両手を前で組み、少し背中を曲げたその姿勢は何かを祈っている姿にも見える。

 さらによく見ると。

 その少女の背には、ほとんど透明に近いが、確かに羽があった。

「な……何だよ、これ」

 グレイヴァの言葉はありきたりのものだが、他に思い浮かぶ疑問文がなかった。

「彼女は、たんぽぽの妖精です」

 ごく当たり前のように、少年は答えた。

「たん……ぽぽ?」

「ええ。春の妖精です」

 確かに金色の髪と緑の衣は、たんぽぽのイメージっぽいと言える。

 でも、いきなり目の前に「たんぽぽの妖精です」と差し出されても、すぐに信じられない。

 これまで妖精どころか人間の魔法使いにさえ、グレイヴァは縁がなかったのだ。

 おもちゃのようでもあるが、水晶玉の中の妖精はとてもリアルで、おもちゃという一言では片付けられない気もする。

「彼女が必死の力を振り絞って、ぼくの夢に現れたんです」

 グレイヴァは、魔法使いの言葉をただ呆然と聞いていた。

☆☆☆

 魔法使いはアルテ・ヴァイスハイトといい、魔法使いとしての見聞を広めようと、つい最近旅に出たばかりだった。

 その彼に、不思議なことが起きたのは、旅を始めた一日目の夜である。

 宿屋で眠っていたアルテの夢の中に、金色の髪の少女が現れた。なぜかすぐに、彼女が妖精だとわかる。

「お願い、助けて!」

 とてもかわいい少女だった。年で言えば十二、三歳くらい。ゆるくウエーブのかかった金の髪が肩で揺れ、身にまとった緑色の薄い衣はひらひらと風になびき、背中の羽が光って。

 なのに、彼女の顔はとてもつらそうだった。助けて、と言うからには、よくない状況だ。苦しみながら、それでも何とか声を出している、という表情で。

 これは夢の中だ、ということを、アルテは悟った。

「どうすればいいんです」

 何が起きて、どういう状態で、なぜここに現れたのか。

 本当なら、聞きたいことはたくさんある。でも、今の彼女にそんなことを説明できるような余裕がないのは、その表情からも明らかだった。

 だから、アルテは「助けを求められた自分がどうすればいいのか」ということだけを尋ねたのだ。

「庭に水晶玉が落ちてるわ。それが今の私。助けて。たぶん、鼓動石なら……」

 それだけ言うと、彼女は消えてしまう。

 同時に、アルテも目を覚ました。

 やけに真実味のある夢。いや、夢だと片付けてはいけない気がする。

 頭の中で今の夢を反芻(はんすう)し、それからアルテは、急いで宿屋の庭へ出た。

 夜明けにはまだずいぶん間があるので、魔法の火を明かりにして水晶玉を探す。

 庭と言っても、家庭菜園に毛が生えた程度の広さだ。昨夜の食事も、ここでできた野菜を出してくれていた。

 水晶玉がどれくらいの大きさで、どこに落ちているのか。

 妖精は、夢では何も言っていなかった。ただ「庭に落ちている」と言っただけ。

 その「庭」というのも、ここであるという確証は何もないのだ。

 それでも、アルテは探した。田舎の宿屋なので、木の柵の向こうには草原が広がっている。他に庭と呼べる場所は、近くにない。

 あの夢が妖精の思念であるなら、彼女の状態から考えてそう遠くから飛ばせるとは思えなかった。

 黒ねこのフィノが、彼の様子を不思議そうに見ている。

「あった」

 柵に近い所に植えられていた野菜の陰に、アルテの手の中にすっぽりおさまってしまいそうな水晶玉が落ちていた。明かりにかざすと、その中に夢で見たあの妖精の姿が確かにある。

 部屋へ戻ると、アルテはていねいに泥などを落とした。そのおかげで、中の妖精がさらにはっきり見えるようになる。

「一体なぜこんな……」

 夢では言えなかった言葉をつぶやく。

 と、水晶玉から湯気のようなものが、ふわりと出てきた。その中に、あの少女の姿が浮かぶ。

 だが、少女の本体は、水晶玉の中で眠ったままだ。

「幻影……ですか?」

 アルテのつぶやきに、妖精が応えた。

「ええ。あなたが障害物を取り除いてくれたおかげで、少しだけ話ができます」

 庭に落ちていた時には、葉の陰や土など、普段なら何でもないものが呼びかけの障害になっていた。

 今は話しかける相手が目の前にいるし、邪魔になるものは何もない。

「私は、たんぽぽの妖精ウインデです。魔物に封じ込められ、動けなくなりました。私の身体をまた動かせるのは、恐らく鼓動石だけ。お願い、私をここから出して」

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