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夜になって

 突然、グレイヴァの身体がアルテの目の前から消えた……かと思ったが、無意識に出したアルテの手は、グレイヴァの服をしっかり掴んでいた。

 地面があると思って歩いていたグレイヴァの足は、いきなり現れた巨大な穴に突っ込んでいたのだ。

 穴の中へすべり落ちそうになったところをアルテが掴まえたおかげで、かろうじて転落を免れた。

「び、びっくりした……。急に地面がなくなった」

 穴はかなり大きく、二階建て民家の一軒くらいは軽く入ってしまいそうだ。深さもそれなりにある。

 円錐(えんすい)をひっくり返したような形だから、奈落のような穴へ真っ逆様に落ちることはないだろうが、上がって来るのに一苦労するだろう。

「だから、ちゃんと声をかけたのに。聞いてないからよ」

 木の上から、フィノのいらだった声が降ってきた。

 ちょっと視線の高さを変えてみようと木に登った途端、大きな穴を発見。知らせようとしたのに、グレイヴァは気付かずにそのまま進んでしまった。

 で、結果はフィノの想像通りとなったのだ。

「ずいぶんと大きな穴ですねぇ。こんな所へ落ちたら、一人で上がるのは一苦労ですよ」

「……苦労してる奴がいるぜ」

 グレイヴァが指を差す。穴の底で、一羽のうさぎがもがいていた。

「あら、グレイヴァ以外にも足下を見ない、おバカさんがいたのね」

「一言多いんだよっ、お前は」

 うさぎは穴の外へ出たいのだが、土が軟らかいので上ろうとしても土と一緒に底へ落ちてしまうのだ。

「あーあ、あれじゃどうしようもないな」

 上がって来られないうさぎを見て、グレイヴァがつぶやく。

「大きなヘビやなんかに見付かったら、逃げられないわね」

 フィノが他人事(ひとごと)のように言う。

「どうしてそう、悪い方へ持ってくんだよ」

「だって、あれだとアリ地獄に落ちたアリじゃない。この穴の形も、完全にそれっぽいし。天敵が来ても、自分だけじゃあそこから逃げるのはまず無理よ。その天敵があのうさぎを喰べた後で、ここから出られるかはわからないけど」

「厄介な所へ落ちたもんだ。アルテ、ロープ……なんか持ってないよな」

「あいにくと。どうするつもりです? 投げ縄でもして、あのうさぎを捕まえようと思っているとか?」

「そんなの、やったことないからな。成功するとは思えないし。降りて捕まえた方が早いだろ。けど、捕まえてから俺が上がれなきゃ仕方がないし」

 うさぎを助けてやろうとして穴の底へ降りても、自分が上がれなければ穴の底でもがく数が増えるだけである。

「ふぅん。あのうさぎ、助けてあげるの?」

「見付けたんだ、このまま知らん顔もできないだろ」

 ちょっとふてくされたような表情で、グレイヴァはぷいと横を向いた。

「ロープを出すことはできませんが……フィノ、その辺りにつるはないですか?」

「つるなんかじゃ、体重を支えきれないだろ」

「魔法を使わせてくださいよ、グレイヴァ」

 アルテが笑ってみせる。

 フィノがつるを見付け、くわえて来る。だが、グレイヴァの腕の半分の長さもなかった。しかも、細い。

「どうやるんだよ」

 グレイヴァの見ている前で、アルテが呪文を唱える。

 短かったつるは途端に伸び、簡単に穴の底へついた。アルテは手近な木に、その片方の端を結び付ける。

「細いですがロープ並の強さですから、簡単には切れません。これを伝って戻れますよ」

「そっか。じゃ、行って来るぜ」

 そう言うと、グレイヴァはさっさと斜面をすべり降りた。

「かわいそうだから、助けてあげるって言えばいいのに」

「素直に言えないんですよ、そういうことは。彼にすれば、照れ臭いんでしょうね」

「ひねくれてるだけじゃない?」

「グレイヴァは、不言実行に近いんじゃないですか? フィノが突っ込んで言うから、あんな答え方をしてましたけれど。何も言わなければ、何も言わないで助けに行ったと思いますよ」

 上ではそんな会話が交わされ、穴の底ではいきなり現れた大きな生き物に驚いて逃げるうさぎを、グレイヴァが懸命に追い掛けていた。

 思った通り土が軟らかいので、走りにくい。足が土にめり込んでしまうのだ。相手は軽く、土の上を走ることに()けているので、素早く逃げる。

 だが、上へ逃げようとして失敗し、転がり落ちたところをグレイヴァが捕まえた。

「こら、逃げるなよ。上に連れてってやるんだから」

 捕まえたはいいが、うさぎはグレイヴァの手から逃れようと暴れる。これではつるを伝って上っている間に、また落ちてしまいかねない。

「なぁ、アルテ。こいつ、放り投げるから、そっちで受け取ってくれ」

「え、投げるって……わっ」

 アルテが聞き返す間もなく、グレイヴァは下からうさぎを放り投げた。慌ててアルテが手を伸ばし、その小さな身体を掴まえる。

「無茶するわねぇ、あの子」

「時々、大胆なことをしてくれますね」

 アルテがそっと地面に降ろしてやると、うさぎは一目散に森の奥へと逃げた。

 少し遅れて、グレイヴァがつるを伝って戻って来る。

「うさぎ、逃げちゃったわよ。お礼もなしで」

「そんなこと、期待してないさ。怖かったんだろ」

「……。ふぅ~ん」

 フィノが意味ありげな顔で笑う。

「な、何だよ、その顔」

「べっつにぃ。じゃ、うさぎも助かったことだし、行きましょ」

「ったく、気になる言い方する奴だな」

「気になります? それじゃ、彼女の思っていることを、代わりにぼくが言いましょうか?」

「い、いらないっ。アルテは時々、こっぱずかしいことを言うから」

 アルテはいいように解釈してそれを口にするから、聞いているグレイヴァの方が恥ずかしくなる。

 そんなのを聞かされてはたまらない、とグレイヴァは先を行くフィノを追って走り出した。

☆☆☆

 あちこち歩き回り、ここなら泉が現れるのではないか、と思われるような場所をいくつか見付けた。少しくぼんで、泉に見えそうな所だ。

 リーリエは、妖精はどこに泉が現れても力に惹かれて辿り着く、と言っていた。

 だが、妖精ではないグレイヴァ達は、自分の足で月が出ている間に見付けなければならない。

 ここなら現れるのでは、というめぼしい場所はいくつかあった。だが、これが全てはずれになることだってあるから、気が抜けない。

「ずいぶん暗くなってきたな」

 昼間はあった木漏れ日が次第に消え、足下が覚束(おぼつか)なくなってくる。よく見えなくて、木の根につまづきそうになる回数が増えてきた。

「そろそろ、無理して動くのはやめましょう。昼間に見たような穴があっても、避けられませんから」

「フィノは見えてるんだろ?」

「あたし、ねこだもん」

「いばるな」

「何よ。そっちこそ偉そうに言うなら、転びそうになっても教えてあげないわよ」

「……止まって、月が出るのを待ちましょう」

 アルテがふたりの会話を中断させた。放っておくと、くだらないことでも延々と続きそうだ。

 月が出るまでに軽く食事を済ませ、火をおこして松明(たいまつ)をつける。

「昼間にうちに歩いておいて、よかったですね。風景がまるで違って見えますから」

「昼の顔と夜の顔があるんだな、自然って」

 月が出ると、そのかすかな光を受けて、木々や草、土の様子が別世界のように見える。全てが怪しく光り、どこかから闇の中へ(いざな)う手が現れそうな気がした。

「さてと。ぼちぼち探しに行くか」

 明るいうちに見当をつけておいた場所へ、グレイヴァ達は向かった。

 一つ目、二つ目、三つ目……と、ここなら泉が現れるんじゃないか、と思った場所はことごとくはずれた。どんなに歩いても、それらしいものは現れない。

「ないなぁ。俺達が思ってるような泉とは違う、とか……。それとも、まるっきり見当違いの場所を歩いてるのかな。まさかと思うけど、俺達には見えない、なんてことは」

 グレイヴァの頭に、いやな可能性が浮かぶ。

「リーリエが頼んだからには、ぼく達にも見えるはずですよ。ただ、森の中を網羅した訳ではないですし、見当外れの場所をさまよっている、ということはありえますけれどね」

「それにしても、どうして出る場所がいつも違うんだろ。いくら泉の力に惹かれて迷うことはないって言っても、毎回別の場所へ引っ張り回されるのって、妖精だって面倒なんじゃないかな」

「人間に見付からないように、じゃないですか? 今回は特殊な事情ですけれど、簡単に人間にわかれば妖精にとっても色々と厄介なことがある、とか。もしくは、実はお伽石が素晴らしいもので、人間が見れば欲を出してしまうような代物だから守るために、ということも考えられますね。それとも、季節や時間によって月の通る位置がずれてしまうため、光の角度も変わってしまうだけ、とか」

「ありえそうなこと、色々あるんだな」

「グレイヴァ、そっちへ進んだら、あの穴がある所へ出るわよ」

 木の上で移動していたフィノが、声をかけてくる。

「あの穴?」

「うさぎがいた穴よ」

「こんな暗い中で、あんな所に落ちたくはないよな。どうする、アルテ。引き返すか?」

 そのまま進めば、昼間うさぎが落ちていた大穴がある所。

 わかっていてまた落ちそうになったら、今度はフィノに何を言われるやら。それに、そんなことで余計な時間を取りたくない。

 引き返すか、迂回(うかい)するか。

 アルテに聞こうとした時に、フィノがストップをかけた。

「あ、ちょっと待って」

「どうかしましたか、フィノ」

「光ってるの。あそこ、光るようなものなんかなかったでしょ?」

「あの周辺、木と土だけだったぜ。ってことは……」

「行ってみましょう」

 走るには適していない明るさと場所なので、グレイヴァ達はできる限りの早足でそちらへ向かった。

「うわ……」

 月の光で現れる泉。

 リーリエに聞いていた泉だ。水面が月に照らされて。

 そこは確かに、昼間はあの穴があった場所。その穴へ水が注がれたように、泉が存在しているのだ。太陽の光が当たるのとは違うきらめきで、周辺はほのかに明るい。

「ここがそうなるとは思わなかったな。これじゃ、妖精にはでかすぎるぞ」

 人間の家が入りそうな穴。そこへ、ねこと変わらないサイズの妖精が来る。

 言い方は悪いが、無駄に大きい。

「その時によって、大きさが変わるのかも知れませんよ。場所が変わる訳ですから。何にしろ、まずは見付かってよかったですね」

「ところで、どうやって石を交換するの? 交換するってことは聞いていても、どうやって交換するのか、聞いてないじゃない」

 フィノに言われ、グレイヴァとアルテは顔を見合わせた。

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