光の魔法
「しつっこいんだよ、てめぇはっ」
こちらも怒りが頂点に達する。
ユーリアばっかり狙いやがって。悔しい、悔しいって、何のダメージも与えられなくて、こっちの方が悔しいってんだ。妖精も人間も不幸にしようとする奴なんか、許せるかっ。
何の抵抗力も持たない少女ばかりを狙う魔物に、現れる度に悔しいなどという感情を流す魔物に、グレイヴァの怒りが爆発した。
ユーリアを狙う魔物へ向けて、グレイヴァが衝撃波を放つ。わずかに青みがかった光が走り、魔物の身体の中心を貫いた。
ユーリアにその爪をたてようとしていた魔物は、光が当たった勢いに反り返り、地面に落ちる。
胸部から腹部にかけて大きな穴をあけられた魔物は、起き上がろうとしたものの、力尽きてその場に倒れ、動かなくなる。
やがて、風がおさまって森に再び静けさが戻った時、魔物の姿は消えていた。
「先程の光で、魔物は消滅したようですね。……無理をしすぎです」
アイランの言葉は、もちろんグレイヴァへ向けてだ。
座り込み、真っ青な顔で脇を押さえている。
さっきの力で、弱っていた身体と傷へさらに負担をかけてしまったのだ。
「無理するなって言っても、全然聞いちゃいないのよ、このおバカは」
フィノが人間の姿になり、銀の光のベッドにグレイヴァを横たえた。
アルテは改めて、二つの石を手にする。ユーリアは何もできず、泣きそうな顔でその様子を見ていた。
かなり無茶はしたが、幸い傷が開いた様子はなく、アルテは石をかざしながら呪文を唱える。
「そう心配しないで」
フィノが大丈夫だと言うように、ユーリアの肩を軽く叩いた。
「どうですか、グレイヴァ。これでかなり痛みはなくなったと思いますが」
治癒魔法をかけ終えたアルテが、グレイヴァに声をかける。
長い息を吐き、グレイヴァはようやく身体の力を抜くことができた。アルテの魔法が、完治に近い状態にまで回復させてくれたのだ。
「楽になった……」
ほうっと息を吐きながら、グレイヴァは小さくうなずく。
「そう。楽になったところで、聞きたいんだけど」
言いながら、フィノがグレイヴァの顔を覗き込む。
「グレイヴァ、さっき何の魔法を使ったの」
「何って……最初に習った魔法だけど?」
自分の中の気を一点に集中させ、相手にぶつける。気のかたまりが衝撃波となって、狙った相手や物に当たり、壊したりダメージを与えたりできる。一番基本的な攻撃魔法だ。
「あんた、自分で使っててわかんないの? あれ、光の攻撃魔法じゃない」
「は?」
フィノに言われても、グレイヴァにはわからない。そんな魔法を習った覚えがないから。
「本人がわからずに、使用していたのですか? それであれだけの強い魔法を?」
横でアイランも驚いているが、グレイヴァは光の魔法なんて使った自覚がない。
「ぼくはまだ教えていません。光撃は闇に属する魔物に有効ですが、術者もかなり多くの魔力を使うことになります。グレイヴァの場合、最悪だと一度使うだけで倒れてしまいかねない、魔の力を身体にためて放出する魔法ですから、あえて避けていたんですが……」
魔法を使うということは、魔の気配を自分の身体に漂わすようなもの。
どの魔法でもそうだが、光の魔法はその度合いが一番強い。その分、攻撃力も大きくなる。
強い魔の気配に長くさらされると倒れてしまうグレイヴァには、光の魔法はひどく危険なのだ。
攻撃するつもりが、自分の魔力の気配に不調になり、かえって弱みをさらけ出してしまうことになりかねない。
だから、アルテはこの魔法をグレイヴァには教えていなかった。
なのに、さっき魔物を消したグレイヴァの力は、まだ習っていない光の魔法だったのだ。
いくらグレイヴァの飲み込みが早くても、教えていない魔法を、しかもあんな強い魔法を簡単に使えるはずがない。
「アルテ、さっきの光、どこかで見た気がしない?」
「ええ、あのわずかに青みがかった光は……」
つぶやいてから、アルテははっとする。
「そうだ、聖光石の光と同じ色です」
「聖光石って……あれは砕けただろ。俺の手の上で砕けて、傷だらけになったんだぞ」
あの灰色の魔物が森の奥で結界をつくり、その中に妖精を閉じ込めた。その結界を壊すために用いた聖光石。
最終的にはグレイヴァの手の平で砕け、魔物は石の力で消滅した。
雷の光でできたその聖光石は、強い力を持つ分、寿命が短いと聞いた。実際、魔物を消滅させて砕けたのだ。
砕けたのだから、あの聖光石は存在しない。少なくとも「同じ石」は。
「ええ、砕けたのは見ました。でも、かけらがどうなったかまでは、見届けていません。消滅したのか、地面に落ちたのか」
アルテは、グレイヴァの右手を取った。さっきまで傷口を押さえていたので、血だらけだ。
しかし、その汚れの中に、わずかな光が確かに見て取れた。さっきの攻撃と同じ色の光が。
「手の上で砕けたのですか? では、傷が治る時、かけらの存在に気付かずに埋もれさせてしまったようですね」
アイランも同じようにその手を見て、アルテが言いたいことを口にした。
「まーったく。やってくれるわね。他の魔法が効かないのに、あの攻撃は効くはずだわ」
グレイヴァ自身もどうなっているのかわからないが、聖光石は何かに反応してグレイヴァの魔法と一体化し、魔物を消した。グレイヴァの魔法ではなく、聖光石の力が魔物を消したのだ。
「本当に文字通り、石を『手に入れた』って訳ね。あんた、本当に間違いなく人間なの?」
「な、何だよ、それ。やろうと思ってやったことじゃ……」
人間か、と聞かれたのは何度目だろう。
かけらが手の中にあるなんて、言われるまで気付かなかった。トゲが刺さっても痛いのに、石のかけらが入ってなぜ痛みがないのだろう。気付かないくらい細かなかけらだから、なのか。
「ま、おかげで魔物が消えたんだから、それでいいけどね」
寿命が短いはずの石だ、いつまで手の中にあるか定かではない。
だが、こうやってみんなを魔物から守ってくれたのだ。今はそのことをありがたく思っておこう。
「あの魔物は……かなり妖精の力を奪っていますね」
アイランの言葉が、静かに重くのしかかってくる。
「どの魔法もあまり効果がないのは、色々な属性の妖精から奪った力による耐性があるためでしょう。それに……あの羽を見る限り、歪んだ妖精とも言えるのでしょうね」
「歪んだ……妖精だって? どういう意味だよ」
グレイヴァが、まだふらつく身体を起こした。
「あの魔物の背にあった羽は、色こそ黒く汚れたものでしたが、妖精と同じ形です」
初めてあの灰色の魔物を見た時も、それまでに見た魔物とは違う翼だと思った。
翼と呼ぶよりは、羽と呼ぶ方が近い、と。
言われてみれば、色は違うが妖精と同じ形。
「そういう羽を付けられる程、あいつは妖精の力を喰ってるってことなのか」
「ユーリアをあんなにしつこく狙ったのは、もしかすると飛翔衣に織り込まれた妖精の羽が欲しかったのかも知れませんね。黒い羽ではなく、ユーリアの翼のような銀色の羽が」
ユーリアが飛翔衣をまとえば、銀色の翼になる。だが、衣に織り込まれた妖精の羽はきっと銀色だけではなく、様々な色の羽があるのだろう。
魔物は、銀もしくは黒以外の羽が欲しかったのだ。
「あいつ、何かを取り戻すために力を集めてるらしいんだ。それが何なのか知らないけど、もし必要な妖精の力が集まったら、あいつみたいな……妖精もどきの化け物が生まれるかも知れない。魔物のリーダーの身体でも作る気でいるんじゃないだろうな」
「どういう目的にしろ、魔物のものとなった妖精の力を削いでいかなくてはいけませんね」
アイランの言葉に、グレイヴァ達はうなずいた。
魔物の力を削ぐ前に、まずは失われた妖精の力を取り戻さなくてはいけない。
アルテは飛流石があるはずの丘がどこにあるのか、アイランに尋ねた。
「この方角を真っ直ぐ歩けば、丘へと出ます。飛流石は……そちら側の世界の石のように、地面に転がっている訳ではありません。丘へ上り、風に認められれば手に入るでしょう」
「風に認められれば? どういう意味なんだ?」
「それは……行けば、わかります」
グレイヴァが尋ねても、アイランは微笑を浮かべるだけで答えなかった。
「大丈夫です。あなた達なら、飛流石は必ず手に入れられるでしょうから」
それだけ言って、アイランは一行を見送った。
それ以上は聞けず、グレイヴァ達はアイランに色々と助けてもらった礼を言って、指し示された方向へと歩き出す。
「グレイヴァ、つらくない?」
「心配するなって。痛みはもうないんだし、ちゃんと歩けるから」
そう言われても、何だか安心できない。傷は治ったかも知れないが、身体への影響は残っているはず。
ユーリアはそれが気になったが、当の本人は何でもないような顔で歩いて行く。
「ユーリア、今は何を言ってもムダよ。つらいって絶対に言わないから」
フィノがこっそりとささやく。グレイヴァには聞こえていない。
「身体に本当の限界がきて倒れるまで、歩き続けるような奴だから。今までもそうだし」
だから、飛流石が手に入ったら向こう側の世界へ戻る入口をなるたけ早く探してね、とフィノは続けた。石を手に入れ、妖精が元気になるのを見届けるまでは、あのままだから、と。
グレイヴァが歩く姿を見て、フィノの言葉を聞いて「すごい人だ」とユーリアは思う。
親子や友達でもない、見知らぬ妖精のために、あそこまで動けるなんて強い人だ、と。
ユーリアは風の妖精と仲よくなったが、それでもグレイヴァのようにできるかと問われれば、自信はない。
いくら妖精を助けるための旅をしているからと言っても、あんなに傷付いてなお動こうとする力は、どこから出るのだろう。