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イレープの森へ

 次の朝。

 カチュー家の人達に礼を言って、グレイヴァ達はロテアの村の東へ向かう。

 リーリエが話していたイレープの森へは、すぐに着いた。

 月の光で泉が現れるような森と聞いたから、うっそうとして人間を寄せ付けない雰囲気を持っているのでは。

 そんなことを思っていたのだが、予想とは違った。

 森と言うからには木があり、その影で昼間も暗いのだが、どこにでもありそうな普通の森だ。

 奥の方から、木を()る音がしている。きこりが仕事をしているしらい。人間が入れない場所ではないのだ。

「もっとおどろおどろしい所だと思ってたけど、そうでもなさそうだな」

「昼間だけかも知れませんよ」

「え……アルテが脅すのって、珍しいな」

 アルテなら「そう怖がる必要はない」とか何とか、安心させるようなことを言いそうなものなのに。

「え? そうですか? ぼくは別に脅かそうとしたつもりは……。あ、つまりですね、昼は何でもない場所に見せておいて、夜に本当の姿を現すのでは、と」

「あのさ、下手に説明すると、余計に怖がらせてるみたいに聞こえる」

 やっぱり説明の下手なアルテに、グレイヴァは吹き出す寸前。

「そういうつもりではないですが」

「わかってるよ。妖精が特別な時に出入りするような森なんだ、普通じゃないことくらい、俺だって想像がつくさ」

「ニャー?」

 これからどうするの? とフィノがねこ語で尋ねた。

「昼間に入っても、月が出ていませんからね。泉が見付かるとは思いませんが……。暗い所を歩き回るのは危険ですし、少しでも明るいうちにだいたいの地形を把握した方がいいと思います」

「そうだな。泉を探してんだか、道に迷ってんだかわかんないようじゃ困るし。どっちにしろ、夜になるまではヒマだもんな。……なぁ、アルテ」

「はい?」

「俺、何も持たなくていいかな。相手が妖精ならいいけど、魔物なんかが襲い掛かって来たらやっぱりやばいし」

「ニャーン?」

 フィノの口調は、そんなものが必要なの? といったところか。

「フィノはいざとなりゃ、どうとでも対処できるだろうけど、俺は自分の身を守る(すべ)が何もないんだよ。短剣の一本や二本、持とうと思ったっていいだろ」

「ニャー?」

 今のを訳すると、そんな物持っててあんたに使えるの? となる。

「何も持ってないより、マシだろーが。そりゃ、俺は剣なんて扱ったことはないけど、襲って来た奴を追い払うくらいはできるかも知れないだろ」

「ニャー」

 フィノは、そうかしら、とでも言いたげである。

「お前な……言いたいことがあるなら、はっきり言えよな」

 グレイヴァがそう言うと、フィノはアルテの肩に飛び乗った。周りに自分達しかいないことをしっかり確認してから、人の言葉を口にする。

「あのねー、まともに扱えるかどうかもわかんない道具を持ってたって、自分がケガするのがオチよ。それに、もし相手にそれを取り上げられたらどうするのよ。自分の立場をますます悪くするだけじゃない。使えない物は、持たない方がいいわよ」

「う……」

 悔しいが、一理あるようで反論できない。

「グレイヴァ、ぼくも持ち慣れない物を持つのはどうかと……。確かに、危険な事態にならない、とは言い切れませんが。それに、いざ妖精と会った時に、武器を持つことであちらが警戒する、ということもありえますからね」

「んー、それは困るよな。逃げられたら意味ないし、警戒されて話がこんがらがってしまうとまずいし」

「離れ離れにならない限り、そう危険なことはありませんよ。場所によっては、持った方がいい、という時もあるでしょうが、その時はその時です」

「そっか。……そうだな」

 アルテに説得され、グレイヴァも納得した。

「それにしても……グレイヴァはフィノの言っていることが、よくわかりますねぇ」

「へ?」

「最後はともかく、ずっとニャーとして言っていないのに、ちゃんと言葉を返していたでしょう。そう長い付き合いでもないのに、彼女の言いたいことをわかるなんて、すごいですよ」

「え……そう、だったか? いや、何となくこう言われてるような気がして、言い返してただけなんだけど」

 無意識のうちに、こう言われてるんだと思って売り言葉に買い言葉、だったのだが。

「レベルが動物並みなのよ。野生のカンって奴ね」

 フィノがそう締めくくって、アルテの肩から飛び下りた。

「何ぃ。こら、待て、フィノ!」

 とっとと先に森の中へ入って行くフィノを、からかわれたグレイヴァが追い掛ける。

「仲がいいですねぇ」

 アルテはくすくす笑いながら、ゆっくり彼らの後を追った。

☆☆☆

 グレイヴァ達は、リーリエに教えられた森の中を歩き回っていた。

 彼らが求める泉は、夜になってからでないと現れない。月が出たら、この辺りに泉が出るのでは、という見当をつけるため、森を歩き回った。

 もっとも、半日で歩き回れるような範囲ではない。見当をつけると言っても、どんな泉が現れるかもわからないのだから、しごく適当である。

 それでも、全く知らない森の中を暗くなってから歩き回り、グレイヴァの言ったように迷ってばかりになるよりはいい。彼らなりに納得し、こうして歩いていた。

「リーリエは泉と言っていましたけれど、本当に水かどうかもわかりませんからね」

「水じゃない泉って、どんなだよ?」

「泉のように見える、というだけかも知れません。見た目は水のようでも、触れてみると水ではない、ということもありえます。つまり、泉というのが比喩的な表現ではないか、と」

 アルテの説明では、どうもよくわからない。

「魔法の力で、泉みたいに見えるってこと」

 人気がないことを確認して、フィノが簡潔にまとめる。口調は教えてやってる、という感じで偉そうだが、とりあえずそれでグレイヴァは理解した。

「魔法でできた泉かも知れないってことか」

「まぁ、そういうことですね。月の光で現れる泉ですから」

「簡単に引き受けたけど……うまく見付けたとして、俺達にちゃんと石の交換なんてことができるのかな」

 お伽の泉は、リーリエの話によればお伽の妖精のための泉だ。そこへただの人間でしかない自分達が行って、本当にお伽石(とぎいし)の交換などができるのだろうか。

 話を聞いた時は、彼女のためにも行かなければ、と意気込んだのだが、一日経って落ち着くと不安になってくる。

「大丈夫ですよ、心配しなくても。リーリエがぼく達に頼んだんですから。行っても石を交換できない相手に、こんなことを頼んだりはしませんよ」

「怖くなったの?」

「なっ、バカ言うなよ。俺はちゃんとできるのか、不安になっただけだ。怖いんじゃない。だいたい、怖いとかいやなら、最初からこんな所へ来るかよ」

「ふぅん。ま、そんなつまんないこと考えてる余裕があるんなら、先へ進めば? あんたごときがぐだぐだと悩んだって、現実は変わりゃしないんだから」

「……引っ掛かる言い方するなぁ、お前も」

 カチンとくる部分がなきにしもあらずだが、フィノの言う通りかも知れない。

 今更悩んだところで、泉が見付かった時の自分達の行動は決まっているのだ。

「あ、泉」

 グレイヴァの言葉を無視し、先を歩いていたフィノが声を上げた。

「泉? まだ昼間だぞ」

「誰がお伽の泉だって言ったのよ」

 そこにあったのは、普通の水をたたえた小さな泉だった。透明な水が湧き出て、細い川が流れている。

(まぎ)らわしい言い方、するなよな。泉って言うから、てっきりリーリエの言ってたのかと思った」

「時間を考えれば、すぐにわかるでしょ」

「何のへんてつもない、湧き水のようですね」

「なぁ、これが月の光に当たるとお伽の泉に変わる……なんてこと、ないかな」

「ないとは言えませんね」

 言いながら、アルテは頭上を仰ぎ見る。

 木々の天井が広がるなか、泉があるその付近は小窓を作って光を入れるかのように開いている。

「枝葉に邪魔されずに、ここまで光が入っていますね。月がこの真上に来れば、その光で泉が変化することは考えられます」

「じゃあ、有力候補ってところかな」

「断定はできませんが、可能性は大きいでしょうね」

 歩き回ることは、無駄足ではなかったようだ。この行動が役に立つかはわからないが、何一つ情報がない状態のままよりはいい。

「今回現れる場所は、ここじゃないってこともあるけどね。それにしても、泉の上にさらに泉って……変な感じ」

 穏やかな水面を眺めながら、フィノがつぶやく。

「けど、お伽の泉の水は普通の水じゃないってなこと、さっき言ってたろ」

「かも知れないってことよ。あたし達だって、お伽の泉なんて見たことないんだから、絶対にこうだって言い切れないわ」

「まぁまぁ。夜になって、その泉が見付かればはっきりしますよ」

 また口ゲンカになりそうなところを、アルテがさりげなく止めに入る。

「他の場所へも行ってみましょう。フィノが言ったように、ここがそうだと決まった訳じゃありませんから」

 アルテに(うなが)され、グレイヴァ達は再び歩き出した。

「なぁ、アルテもお伽石がどんなのか、知らないのか? 昨夜、名前だけは聞いたことがあるって言ってたろ」

「ええ。本当に名前だけですよ、知っているのは。どんな力の石なのか、どんな色や形をしているのか、なんていうこともわかりません。だから、そんなことはまずないと思いますけれど、万一ニセ物を渡されたりしても、ぼくには見抜けません」

「そういうことを、堂々と言うなよなー。本当にそうなったら、目もあてられないじゃねぇか」

「妖精が人間みたいにそんな汚いこと、しやしないわよ」

 フィノがすかさず口をはさむと、アルテは苦笑いを浮かべ、言葉を続けた。

「名前だけを知っている、という事物はたくさんありますよ。文献にも詳細がなく、周りに見た人もない、というものが、石に限らずね」

「アルテって、何でも知っていそうに見えるけど」

「だけど、現実はそんなものですよ。自分が存在し、動く範囲がいかに狭いか、ということです。だから、ぼくは旅へ出たんですが」

「一生旅をするつもりなのか?」

「それはまだ何とも。こうして他の意思のために動く旅をすることになったように、何がどう転ぶかわかりませんからね。何のきっかけで、一つの場所に永住することになるかも知れませんし」

「ねぇ、ちょっと」

「ふぅん。俺も今はこうやって旅してるけど、終わったらどうなるか、なんてわからないもんな。だいたい、この旅がすぐに終わるかどうかも定かじゃなっ……」

「グレイヴァ!」

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