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さらなる依頼

「ちょっ、ちょっと待てっ」

 グレイヴァが、ウインデの言葉を(さえぎ)った。

「魔法使い()って何だよ、()って。アルテは確かに魔法使いだけど、俺は違うぞ。石工(いしく)になりそこねてる、ただの人間だ」

 彼女を助けてあげたい。アルテがどういう魔法で彼女を助けるのか、見てみたい。

 グレイヴァはあくまでも、それが目的でくっついて来たのであって、妖精救助を職業にするつもりなどない。

 第一、グレイヴァにそんな力はないのだから。

「あなたの心は強いわ。その辺りにいる魔法使いと比べたって、劣らない」

「んなこと言われたって……」

 心が強くても、だからと言って魔法使いと比べられては困る。

 それどころか、ウインデはグレイヴァを魔法使いと同等以上に扱っているように思えた。

 グレイヴァが助けを求めるように、アルテを見る。アルテはちょっと困ったように笑うだけだ。

「ぼくには、誰かを束縛する権利はありませんから。グレイヴァの気持ち次第です」

「けど……」

「お願い」

 水晶玉に封じられていた時のように、ウインデは前で手を組む。何かを祈っている姿に思えたが、こうして目の前でされるともろに懇願(こんがん)されているみたいだ。

 薄い衣とよく似た緑の瞳が、じっとグレイヴァを見詰める。

「こんなに熱心に言われちゃねぇ」

 横でフィノが他人事(ひとごと)のようにつぶやく。ぐっと詰まったグレイヴァだが、あきらめたように肩を落とす。

「わ、わかったよっ。助けてやればいいんだろ。けど、俺に期待したって、ほんっとーに無駄だからな」

「ありがとう」

 妖精の顔がほころぶ。その笑顔は、まるで花がこぼれるようだった。

「あの魔物は……私にはどういう魔物かわからないけれど、あなた達も遭遇しないとは限らないわ。気を付けてね」

 ウインデを襲った魔物を、彼女自身は明確に覚えていない。ただ、恐ろしい形相だった、という記憶があるだけだ。

 何とか思い出すとすれば、やはり黒かった、ということくらい。まるで影のような。

「ただ……何だかとても悲しい想いを感じた気がするの。それが何なのか、わからないけれど。おかしな話だけれど、私はその魔物の姿をはっきり覚えている訳じゃないのに、どこかで見た気がするの」

 あんな魔物をどこかで見て、忘れるはずがないと思う。だが、どうしてもわからない。思い出せない。本当に見たことがあるのかどうか。

 恐怖で記憶が飛んでしまっているのかも知れない。

「他の妖精が、知っているかも知れませんね。あちこちで聞き回れば、何か情報が掴めるかも知れません」

 同じ目に遭った妖精がいれば、だが。

 いなければ、アルテ達もどんな魔物か説明できないのだから、探しようがない。

 だが、本当に「足りない」とつぶやいていたのであれば、不足分を埋めるために動いている可能性は考えられる。

「なぁ、ここの鼓動石、ちょっともらっておいた方がいいんじゃないか? アルテの魔法だけじゃ、助けるのは無理なんだろ」

「そうね。だけど、鼓動石では駄目な時もあると思うわ」

 ウインデは、水晶玉に封じられた。身体そのものを。

 だが、別の妖精をあの魔物が狙った場合。身体ではなく、力を封じていたり奪ったりしている可能性もある、とウインデは言う。

 その場合、鼓動石では解放できない。別の力が必要になる。

「私達は元々、そんなに強い力を持っていないわ。もしあの魔物が妖精の力を求めているのなら、強い力を持つ妖精の方がつらい状態になっているかも知れない。そうだとしたら、奪われた力を戻してあげないと、身体を解放するだけでは助からないことも……」

「その都度(つど)、妖精の状態を見て……ということですね」

「けどさ、そういう妖精がいたとして、どうやって探すんだ」

 引き受けたはいいが、肝心の封じられたという妖精が他にも存在するかどうか、である。

 ウインデのように、助けてほしいと声をあげられれば何とかなるが、それさえもできない状態であれば……。

「それは、私が何とかして仲間から情報をもらいます。どういう形になるかわからないけれど、あなた達へその情報が伝わるようにするわ」

 全てが彼女の危惧で終わればいい。だが、このままでは終わらない、という予感のようなものが彼らの中にあった。

「そうしてもらえれば、助かります。とりあえず、あなたは早く仲間の所へ戻ってください。みんなが心配しているでしょうから」

「ええ。ありがとう」

 ねこサイズだったウインデは、小さな羽虫のようなサイズになり、岩穴の外へと飛んで行った。暖かかった空気が、またひんやりしてくる。

「行っちまったな」

 妖精が消えた方を眺めつつ、グレイヴァがつぶやく。

「当分、付き合ってゆくことになりそうですね、グレイヴァ。これからもよろしく」

 アルテは真面目に挨拶したのだが、グレイヴァは眉間にしわを寄せた。

「何か……はめられたような気がするんだけど」

 ちょっと好奇心を出して来てみただけなのに、何だかとんでもない使命を背負わされた気がする。

 いや、これを「気」で済ませていいものかどうか。

「自分からはまったくせに。今更、文句言わないの」

「自分からって……そりゃ、今回は俺から首突っ込んだけどさ」

 好奇心というものは、身を滅ぼすものなのだろうか。……いや、これから滅ぶと決まった訳ではないが。

「まぁまぁ。少し待ってくださいね。ここの石を少しもらっておきますから」

 アルテが呪文を唱えると、鼓動石の壁の一部が割れた。鉛筆のような細長い石が、アルテの手に落ちる。

「使わずに済めばいいですけれど」

 この石ではどうしようもない、という場合もあるらしい。むしろ、この石だけで解決できればありがたい、という事態の方が多いかも知れないのだ。

 そう考えると、前途多難である。だが、もう後には引けない。

「では、ここから出ましょうか。この中での用事は、これで済んだことですし」

 どのくらいの時間、この岩穴にいたのだろう。大した時間は経ってないはずだが、グレイヴァの気分としては丸一日いた感じがする。

「っつ……」

 アルテに言われ、出口へ向かいかけたグレイヴァだが、歩き出そうとした途端によろけてしまった。

「ああ、足をくじいていたんでしたね。今なら、魔法で治療する時間もありますから……グレイヴァ、座ってください。完全とまではいきませんが、少しは痛みを和らげられます」

 さっきは鼓動石の精霊がいて、これまでの説明だの、石がある所へ案内してもらうだのと慌ただしかった。

 全てが片付いたので、もう慌てることもない。

「魔法で治療って……そんなことまでできるのか」

 ぽかんとしながらも、グレイヴァは言われるままその場に座った。

「専門的に勉強した訳ではないですから、今よりは楽になる、という程度ですけれどね。魔法使いの中には、ちゃんと勉強して魔法治療を行う医者もいるんですよ。大抵が外科ですね。人の手と薬の効果と魔法の力で、普通よりも全治する期間を短くできます。内科の方は人間の身体が複雑なので、専門にしている魔法使いは少数ですが」

 そんな話をしながら、アルテはグレイヴァの足に手をかざした。その手がぼうっと白く光り、冷たさを感じる。

 光の感じからグレイヴァは温かいのかなと思ったのだが、冷たい方が気持ちよかった。

 魔法を使うアルテの顔を、グレイヴァはじっと見詰める。さっきの時とは違い、普通の表情をしていた。

 それだけのことなのだが、何となく安心する。

 使う魔法によって、こんなに変わるものなのだ。魔法の奥深さ、というものだろうか。

「ぼくができるのは、ここまでです。あと、足首を固定しておけば、ずっと歩きやすくなるはずですよ」

「アルテってさぁ」

 包帯代わりの布を巻き付けてくれるアルテを眺めつつ、グレイヴァが口を開いた。

「はい?」

「女に間違われること、ないか?」

「え……」

 アルテの手が止まる。

「髪を束ねてる時は、そうも思わなかったんだけどさ。今みたいにほどけてると、角度によっては女に見えなくもないなって」

 松明(たいまつ)の炎の加減でだろうか。ほどけた髪が顔にかかるのを見ていると、美少女と思えないこともない。

「そ、そうですか? まぁ、幼い時はそういうこともありましたが」

 フィノがくすくす笑う。

「アルテってば、あったじゃない。結んでいた紐が切れちゃって、そのままで歩いていた時。後ろから、男に声かけられたでしょ」

 声をかけられ、振り向いたアルテの顔を見て、相手は自分の過ちに気付いて慌てて逃げてしまったらしい。

 整っていても、一応アルテは少年の顔付きをしているのだ。正面から見れば。

「あまり変なことを思い出させないでください」

 アルテの顔に、赤みが差す。

「外見はともかく、これでも中身は成人男性なんですから」

 忘れていたが、アルテは少年に見えて、実はグレイヴァの倍以上の年齢なのだった。

「んー、それが不思議だよな。魔法がかってる奴の外見って、冗談抜きであてにならないってのがよくわかった。普通に考えちゃだめなんだな。アルテにしろ、ウインデにしろ」

 ほんの少し、魔法のことがわかったような、まださっぱりわからないような。

「あ、そうだ。普通のことって言えば、どうしてフィノのこと、黙ってたんだよ」

 グレイヴァを捜しにあの姿で現れるまで、フィノのことはずっと普通の(?)ねこだと思っていた。

「だって、驚くと思うじゃない」

「あれだけ偉そうにしゃべってたくせに、よく言うぜ。そんなので驚いてたら、何言われるかわかったもんじゃない」

「こっちは一応、気を遣ってあげたんじゃないの。普通の人間は、魔獣だって聞いたらびっくりするもんよ」

「だったら、しゃべり出した時にもっと気を遣えってんだ」

「何よ、かわいくないわね。えーえー、黙っていてすみませんでしたぁ。しゃべり出した時に教えたって、グレイヴァ程に神経が図太ければ、驚いたりしないわよね」

「図太いって何だよ。多感な年頃だぞ。フィノよりずっと繊細にできてらぁ」

「しっつれいねぇ」

「まぁまぁ。こんな暗い場所で口ゲンカも何ですから、早く外へ出ましょう」

 アルテに(うなが)され、岩穴の外へと向かう。

 魔法治療のおかげで、グレイヴァの歩きもずっとスムーズになっていた。

「あんたが一番普通じゃないわよ」

 フィノのつぶやきは、後ろを歩くグレイヴァには届かなかった。

 アルテには聞こえたらしく、魔法使いは声をたてずに笑う。

 外へ出て空を仰ぐと、ついさっき見た石の光と同じ、赤い色が広がっていた。

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