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鼓動石

 真面目な顔で言われ、グレイヴァは戸惑った。

 時々、アルテはグレイヴァが平静で聞いていられないような言葉を口にする。しかし、アルテは本心から言っているのだ。

「純粋な気持ちというのは、ちゃんと伝わるものですからね」

「純……アルテ、からかってんのか」

「からかってなんかいませんよ。あの精霊も言っていたでしょう。心が流れ込む、と。それは水晶玉の中のウインデに限らず、あの精霊にとってもそうだったんです。いわば、グレイヴァの心に打たれて教えてくれたようなもの。ぼくはそう思っていますから」

「グレイヴァ、真っ赤よぉ」

 フィノは間違いなく、からかっている。

「う、うるせぇな」

「あ、あった」

 アルテの声で、グレイヴァとフィノもそちらを向く。

 そこは行き止まりになっており、そこの壁の部分だけが微妙に色が違う。

 火にかざすと、縦に結晶の線が入っているのが見えた。

「これが……鼓動石の原石なのか」

 装飾品どころか、かけらしか見たことがないグレイヴァ。もちろん、原石を見るのは初めてだ。こんな岩壁の状態で見ることになるとは。

「恐らく」

「アルテも知らないのか?」

「ええ。まして、こんなに暗いと、ただの岩壁にしか見えませんし」

「けど、今あったって言ったのは、アルテだぞ。どうしてわかったんだよ」

「力の波動が、伝わってきています。普通の石にはない、見えない力が。人の手が入っていないから、力が抜けることなく存在してます」

 グレイヴァには、どういうことなのかよくわからなかった。

 でも、魔法使いである彼には、石の持つ力を感じ取ることができるのだろう。

「グレイヴァ、持っていてください」

 アルテはグレイヴァに松明(たいまつ)を渡すと、鼓動石のそばへ寄る。

「掘り出すのか? 小さいけど、ノミなら持ってるぜ」

「いえ、このままで」

 アルテは、鼓動石の壁に手を触れた。壁の中から、直接石の力を引き出すつもりなのだ。

「お、おい。何か……アルテの表情が違うぜ」

 松明の炎の加減で、アルテの表情は真剣にも無表情にも見えた。さっきまでとは、全くの別人にすら見える。

「アルテは石の力を引き出すつもりでいるけど、石の方でもアルテを引き付けているのよ。ちょっと大袈裟に言えば、取り憑かれたような状態ね」

「取り憑かれたって……大丈夫なのかよ」

「だから、大袈裟に言えばって言ったでしょ。アルテは力のある魔法使いよ。多少のことじゃ動じないわ。それに、相手は魔物じゃないんだから。あの精霊だって近くにいるはずよ。危険なら手を出してくるんじゃない?」

 でも、絶対的な味方、という訳でもない。

 グレイヴァの傷を手当てしてくれたし、鼓動石がある場所を教えてくれた。

 そのことについてはありがたい。だが、本心はどうなのだろう。

 どういった意図で石の場所を教えてくれたのかわからない以上、信じていいものかどうか。

 まともな魔法を見たことがないため、グレイヴァはアルテの様子が心配だった。

 そのアルテは、片手を壁に付け、片手に水晶玉を握った。彼の口からは、グレイヴァには理解不可能な言葉、魔法の呪文がつむぎ出される。

 半眼のアルテを見て、本当に取り憑かれたのでは、とグレイヴァはさらに不安になった。

 呪文が終わり、じっと見ていてもしばらくは何の変化もない。

 が、突然、アルテの身体が赤い光に包まれる。髪を束ねていた紐が切れ、銀色の髪が赤く光りながら広がった。

「アルテッ!」

 まるで火に包まれたようにも見え、グレイヴァは焦る。

 思わずそちらへ駆け寄ろうとしたが、傷めた足に力が入らず、グレイヴァの身体が傾いた。フィノがグレイヴァの襟首をくわえ、かろうじて転ばずにすむ。

「どうってことないってば。アルテには何の影響もないんだから。石の力が、アルテを通して水晶玉に移ってるの」

 フィノの解説を聞いて、そうなのかと少し安心する。

 アルテが危険なら、フィノがすぐに何とかしようとするはずだ。少なくとも、グレイヴァよりは魔法に詳しいのだから、信用していいのかも知れない。

 赤い光は、すぐに消えた。周囲の明かりは、再びグレイヴァが持たされた松明の火だけになる。

 元の状態に戻ると、アルテが大きく息をついた。

「アルテ……大丈夫か?」

 グレイヴァが声をかける。アルテは返事をせず、ただうなずくだけだ。

 呪文をとなえ、身体が光っただけ……なのだが、これはこれで体力を使っているらしい。

 ピシッという音がした。はっとして、全員が水晶玉に目を向ける。

 今のは、水晶玉に亀裂が入った音だ。

 亀裂はみるみるうちに細かく走り、透明だったはずの水晶玉は白く濁ったようになってしまう。

 最後のピシッという音を聞いてから一瞬後、水晶玉がアルテの手の中で砕けた。

「う……わ……」

 グレイヴァは呆然となって、その光景を見ていた。

 水晶玉が割れ、アルテの手から光のしずくを落としながら妖精が現れたのだ。

 水晶玉の中にいた時の妖精ウインデは、手の中にすっぽり収まる程度のサイズだった。それが、水晶玉から出ると大きくなっている。

 大きいと言っても、グレイヴァと並んで立てば、ひざ辺りまでしかない。立っている普段のフィノと、ほとんど変わらないくらいだろう。

 封じられていたウインデは、グレイヴァとあまり変わらない年頃に見えた。それなのにこうして外へ現れると、おとなの女性のような容姿になっている。

 顔はやや面長になり、肩あたりまでの長さだった金髪が、胸元まで伸びて。手足はすらりと長く。

 狭苦しそうだった透明の羽は、ぴんと美しく広がっている。小さい時はよく見えなかったが、こうして外へ現れると大小二枚の羽で一対だとわかった。

 少女の姿の時はかわいい、という感じだったが、今は穏やかな笑みをたたえた美女だ。

 ウインデが現れてから、ひんやりした岩穴が暖かい空気に満たされてゆくような気になる。彼女が春の妖精だから、だろうか。

「どうもありがとう、魔法使い。あなたのおかげで、再び外へ出ることができました」

 姿に合わせて、アルテが知っているウインデの声よりも大人っぽくなっている。

 彼女の声を知らないグレイヴァは、横で聞いていて「音楽みたいだ」と思った。彼女の話し方の抑揚が、自分達が普通にしゃべる時とは違うのだ。

「ぼくの力がお役に立てて、光栄です」

 そう応えるアルテに近付き、ウインデは魔法使いの頬にキスをした。

 それから、グレイヴァの方を向く。見られた方のグレイヴァは、もう少しで後ずさりそうになった。少し……ものすごく焦りまくっている。

「私が怖い?」

 グレイヴァの様子を見て、こちらも戸惑ったようにウインデが尋ねる。

「え……いや、そんなことは……。あの」

「照れてんのよ、この子は。頬、見りゃわかるでしょ」

 グレイヴァの頬は、すっかり紅潮していた。もちろん、鼓動石の光のせいではない。

 フィノの言葉を聞いて、ウインデは何もためらうことなくグレイヴァへ近付いた。

「ありがとう。私を守ってくれて」

 鼓動石の精霊が言った通りだった。

 自分が誰によって守られていたか、彼女はちゃんと知っている。

「俺は別に、大したことは……」

 グレイヴァの言葉に、ウインデは首を横に振る。金色の髪が、ふわふわと揺れた。

「あの時、あなたは水晶玉が割れないように、懸命になってくれたわ。あなたが守ってくれたおかげで、私はここにいるの」

 そう言って、妖精はアルテにしたのと同じように、グレイヴァの頬にキスをした。

 された方のグレイヴァは、一瞬頭の中が真っ白になる。

 グレイヴァが何の言葉も返せないまま立ち尽くしている間に、妖精はフィノの首に手を回して魔法使いに協力してくれたことを感謝していた。

「何で水晶から出たら、急におとなになるんだよ」

「これが私の本当の姿だからよ。水晶玉に封じられた時、姿も幼いものに変えられたの。私、これでもたんぽぽの妖精の(おさ)なのよ。あ、でも、私が棲んでいる野原の一帯に限るけれどね」

 ウインデは、そう言って笑った。

「長、ですか。それで仲間の身代わりになったんですね」

 彼女は仲間を助けようとして、自分が封じられたと話していた。

「ええ。襲われた子が同じ目に遭っていたら、力がないから解放されるまでに命が尽きていたかも知れない。私なら、たとえわずかでも時間かせぎができる、と思ったから。こうして外へ出られたのも、魔法使いの温もりと鼓動石の大きな力、そして……あなたの純粋な心があったおかげよ」

「お、俺のことはもういいからっ」

 せっかくおさまりかけたのに、またグレイヴァの顔に血が上った。横でフィノが、大笑いしている。

 あの庭の片隅で、誰も呼び掛けに応えてくれず、あのまま冷たくなっていれば。

 彼女は、目を覚ますことができなかったかも知れない。

 魔法使いが見付けて懐に入れ、肌身離さず、という状態で持っていてくれたおかげで冷たくならずに済んだ。

 鼓動石の力で何とかなるはずだとはわかっていたことだったが、石の力が期待していたよりもずっと強かったのは予想外のこと。

 解放された後で、こんな元気な状態でいられるとは思ってもみなかった。

 人の目に触れることのなかった、自然のままの石だったから。おかげで、石の力が純粋で強かった。

 魔法使い達が、この山へ足を向けたことが幸いしたのだ。

 協力してくれた人間の運がよかったのか、彼女自身の運がよかったのか。

 そして、グレイヴァの心。

 水晶玉を守ろうとした彼の心は、何よりも強い力をウインデに与えていた。

 鼓動石の精霊が近くにいたのは奇跡のような偶然だが、その精霊に聞こえる程にウインデが心の声をあげられたのは、グレイヴァのおかげなのだ。

 精霊に聞こえたことで、力の強い鼓動石が手に入る、という良い結果を生んだ。

「とりあえず、助かったんだから、理由はもういいだろ」

 アルテの言葉以上に恥ずかしく、グレイヴァは落ち着いてウインデの言葉を聞いていられない。

「ええ……でも」

 ウインデはその美しい顔に、憂いの表情を浮かべた。

「何か他に、心配ごとがあるんですか?」

「私が水晶に封じられた時、魔物がつぶやいた言葉が気になるの」

「呪文ってこと? それとも、独り言なの?」

「独り言のようなものね。まだ足りぬって……。もしかしたら、私の他にも封じられた妖精がいるかも知れないわ。お願い、魔法使い達。同じ目に遭った仲間達がいたら、助けてあげて」

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