表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/381

生葉石と魔物

 後ろで控えているアルテやフィノには、今の様子がちゃんと見えていない。

 慌てるグレイヴァの手の平で、緑の花が転がる。

 まさか花そのものが探していた石なのか、と思いながら見ているうちに、その花びらが砂のように消え始めた。

 風もないのにチリのように飛ばされ、後にはなぜか花よりも大きな緑の石が残る。転がり落ちた花の、たぶん五倍以上はありそうな大きさだ。

「おーい、うそだろ。どうして花よりもデカい石が出て来るんだよ」

 アルテ達の方を向き、首をかしげながら自分の手の平にある石を見せる。握りやすいサイズではあるが、なぜこんなことになるのだろう。

「へぇ、なかなかなきれいな石ね。こんな濃い緑の石って、初めて見るわ」

「これが生葉石ですか。翡翠(ひすい)みたいですね」

「いや、あの、そうじゃなくてさ……」

 グレイヴァは言い掛けて、もういいやと思った。さっきの様子をちゃんと見ていなければ、妙に思うことなどないのだろう。

「じゃあ、これはもらって行っていいんだよな?」

「ええ。この石を守っていた緑が、自ら差し出してくれたものですからね」

 これで、石は手に入った。

 マグノの所へ戻り、彼がこの石で力を取り戻せば、今回の件はそこでひとまず終了となる。魔物がまたマグノのそばへ現れないうちに、早く戻った方がいいだろう。

「あの花……もうあれで終わりなのかな。花の部分が全部取れたけど」

 グレイヴァが言いながら振り返ると、もうそこに花はなかった。

 石に気を取られて目を離している間に、地面に伏せていた緑は再び真っ直ぐになって、花を隠してしまっていたのだ。

 あの花がどこにあったのか、もうわからない。いや、茎しか残っていなかったから、見付けるなんてまず不可能。

「役目が終わって、休んでるんじゃない?」

 石をグレイヴァに渡して、あの緑に囲まれてのんびりしているのだろうか。次に備えて、新しい花をこれから育てるのだろう。

「じゃあ、戻りましょうか。あ、その前に、薬草を探さないといけませんね」

「あ、まだそれがあったっけ。すっかり忘れてた」

 言われるまで、グレイヴァは薬草のことなんか頭から抜けていた。

「グレイヴァ、あんたねぇ……。自分のことでしょう。ちゃんと覚えておきなさいよね」

「泉の近くまで行けば、思い出してたって。今はこの石に集中してたから」

「ふぅーん。どうだか。それだって怪しいもんよ」

☆☆☆

 グレイヴァ達は、泉のそばまで戻って来た。今はさっきのように、一休みしている人の姿もない。

「ねぇ、あれじゃないの? 赤いのが見えたから」

 地面に一番近いフィノの目が、薬草らしきものを見付けた。

「目立つ色で助かったな。薬草探しにまで時間かけられないし」

 マグノは、泉のふちに薄い赤の葉が生えている、と教えてくれた。

 小指の爪くらいのサイズだと言っていたが、周りが緑だの土色だのしかなければ、多少薄い色でも赤なら目立って探しやすくなる。さっきの生葉石よりはずっと楽というものだ。

 泉の周りには、緑が小さなかたまりを作って点在している。足首くらいの高さしかない、名前も知らない植物の群れだ。

 そんな緑のかたまりの一つに、まるで花のように赤が点々と混じっているものがあった。赤と言うより、桃色をやや濃くしたような色だ。

 花のように見えたそれは、しずく形に近い丸い葉だった。見た目の表面は、つるんとした感じだ。マグノが話していた通り、本当に小指の爪くらいの大きさしかない。

「小さい葉ですね。見たところ、何の魔力も感じませんが……。マグノは三枚もあれば間に合う、と話していましたね。じゃあ、必要な分だけもらいましょうか」

 こんな小さな葉でグレイヴァの傷が治るとしたら、すごい薬草だ。

 他を見回しても、この赤い葉以外にそれらしいものはない。色や大きさから考えて、これに間違いないだろう。

「待って、アルテ」

 フィノが急に緊張した声で、葉を摘もうと手を伸ばしたアルテの動きを止めた。

 最初は「え?」という顔をしたアルテだが、すぐにその理由を悟り、真剣な表情になる。

「こんな所にまで来るなんて、しつこいですね」

「しつこいって……魔物が来たのか?」

 気配を読めないグレイヴァだが、返事を聞くまでに答えは現れた。

 上空に魔物が姿を現したのだ。

 しかも、マグノの所で見た魔物と全く同じ顔をしている。

「あいつ、アルテとフィノが消したんじゃ……」

「同族ってことでしょ。消された奴の仲間よ」

 もっとも、あいつらに仲間意識があるのかどうかは知らないけどね、と付け加える。

 とにかく、そこに現れたのは、人間に近い形をした黒いもやの身体の魔物だった。

 言葉を発する様子がないので、何をするために現れたのかわからない。

 仲間を消された報復か、通りすがりか、妖精を助けようとする邪魔者を消すためか。

 何にしろ、とてもじゃないが友好的な雰囲気は見当たらなかった。

 裂けた口が笑っているように見えるが、本当に笑っている訳じゃない。その表情は、かたまったままだ。

 それがなおさら、不気味に見える。

「もしかして……生葉石が狙いかしら。アルテ、ちょっとまずいわよ」

 宙に浮かぶ魔物が、いきなり分裂を始めたのだ。一体で現れた魔物が、見ている間に何体も現れる。

 分身の術で数を増やした魔物は、そんなに高くはない位置でぐるりとグレイヴァ達を取り囲んだ。

 一体が構えると、他も全て同じように構える。腕を振ると、やはり同じように振った。

 途端に、四方から冷気が襲いかかる。分身でも、力は本体と変わらない。

 アルテは、魔物が腕を振る直前に結界を張っていた。恐らく、同じ魔法を使うだろうと見越して。


 ……ドクン……


「うわああっ!」

 魔物達の力はアルテの結界に(はば)まれ、味方の誰にもその効力は及ばない。

 だが、グレイヴァだけは。

 魔法の効力ではなく、魔の気に襲われた。

 一体だけの時でも苦しかったのに、それが十体を下らない魔物が同時に同じ魔法を使ったのだ。無事では済まない。

 心臓をえぐられるかのような痛みに、グレイヴァはがまんできずに声を上げた。胸を押さえながら、その場にうずくまる。

「グレイヴァ! こんな所で死ぬんじゃないわよっ」

 うずくまるグレイヴァに、フィノが駆け寄った。

「フィノ、グレイヴァを頼みます」

「え……? わかったわ」

 グレイヴァがこんな状態では、放っておいたら魔物に襲われてもまともな防御すらできない。どちらかがかばわなければ、すぐ餌食にされてしまう。

 グレイヴァは生葉石を持っているから、それを奪われることもありえた。

 今は一番そばにいるフィノがグレイヴァを守り、アルテが攻撃してゆくしかない。

 早くかたをつけなければ。さっきのように、氷結の魔法を同時に使われたりしたら、グレイヴァの心臓が保たなくなってしまう。

 フィノは人間に姿を変え、うずくまるグレイヴァを抱え込むようにしてしゃがむと、周囲にいつもより強い結界を張った。

 魔法攻撃は防げても、術から漂う魔の空気までは防げない。

 それはわかっているが、まずは物理的な攻撃を確実に防がなくては。相手は数に物を言わせ、どんな攻撃をするかわからないのだ。

「グレイヴァ、生きてるわよね? 簡単に死ぬんじゃないわよっ。相手は低級の魔物なんだからね。こんな奴らにやられたら、恥だと思いなさい。しっかり気を持つのよ」

 フィノは言いながらグレイヴァの顔を見るが、真っ青になって冷や汗が出ている。

 この様子だと、どこまで自分の声を聞いたか、怪しいものだ。数が多い分、魔の気配が濃くなっていたのだろう。

 一体が、グレイヴァへ向かって急降下してくる。本体と同じ動きだけしかしないのかと思ったが、別行動も可能らしい。さらにやっかいだ。

 フィノは爪をたて、その魔物をひっかいた。仔ねこがいたずらでひっかくのとは訳が違う。

 魔物はその攻撃で、あっけなく霧散した。

 分裂した魔物は、二手に別れる。一方はアルテの方を、一方はグレイヴァとフィノの方を囲んだ。

 フィノが爪で攻撃している間に、アルテの方でも強い風を起こして魔物を吹き飛ばす。もやのような身体はその風で形を保っていられず、かき消された。

 だが、いくら彼らが攻撃しても、魔物はすぐに分裂を繰り返し、また増えてしまう。

 これでは、いつまで経ってもキリがない。本体を倒さない限り、堂々巡りだ。

 こちらも攻撃するが、向こうも攻撃してくる。それがわざとなのか、それしか使えないのか、全て氷結の魔法なのだ。

 そうなれば、当然グレイヴァの胸の痛みは増してくる。

 だが、アルテやフィノがいくら魔法の腕がよくても、気配までは消し切れない。風で周辺の空気を吹き飛ばしても、魔の気を全て吹き飛ばすことは無理だ。


 ……ドクン……ドクン……


「う……くっ……」

 フィノにかばわれながら、グレイヴァが苦しそうにうめく。

 魔物が魔法を使う(たび)に、傷に手を突っ込まれて広げられているような、身体を引き裂かれるような痛みが走るのだ。

 マグノが見付けた心臓の傷に、魔物の力は確かに影響を及ぼしている。

 フィノはグレイヴァから離れる訳にはいかないから、自由に動けない。思うように攻撃ができない。

 アルテは次々に魔物を蹴散らしてゆくが、消された直後に新手が現れるので、結果として事態は進展していなかった。

 このままでは、グレイヴァの心臓に限界がきてしまう。何とかしなければ……。

 そうは思っても、こんな状態ではいい案などなかなか浮かばない。

 それに、ずっと魔法を使い続けていれば、アルテだって体力を消耗する。魔力も無限ではないのだ。

 ちくしょう。よってたかって、氷結の魔法ばっかり使いやがって……。

 本当に心臓をえぐられているんじゃないか、と思う痛みに耐えながら、一方でグレイヴァは動けない自分自身にいらだってもいた。

 こういう時に応戦できるよう、魔法を習ったはずなのに。いざという時にこんな状態じゃ、意味がないじゃないか。

 だが、どんなに悔しがっても、呼吸すら苦しいこんな身体では、とても反撃などできない。

 完全に地面に倒れないのは、フィノが支えてくれているからだ。自分だけでは、もうまともに立つことすらも難しい。地面に伏してしまうのも、時間の問題だ。

 魔物はどこまでそれをわかっているのか、次々に攻撃を繰り返す。

 本体は、最初に現れた一体のはず。それを見付けない限り、先に倒れるのはこちらだ。

 そうとわかっていても、どれが本体か区別がつけられない。

 次第にアルテに疲労の、フィノに焦りの色が出て来た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ