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便乗

 グレイヴァは名乗らず、それだけを口にする。

 魔物は名前を使って術をかけることがある、とアルテに聞いていたからだ。

 意味がよくわからなかったが、とにかく魔物相手に軽々しく名乗るな、ということだと理解した。

「エペルネの妖精の……? まぁ、それはご苦労だこと」

 魔物であろう女は、グレイヴァの言葉に笑っている。

「それで? わたしを退治しにでも来たのかしら? お前、魔法使いなの?」

「妖精の力を奪ってた奴がそれを返すなら、俺はそいつをどうこうするつもりなんかない。それを決めるのは妖精だから。返さないってんなら、返してもらうようにするまでだ」

「ふぅん、そう。わたしは返すつもりなんて、まるでないわよ。どうするの?」

 女の言葉に、グレイヴァは目を丸くする。

「返すつもりって……じゃ、お前の仕業なのか」

「あら、いきあたりばったりで、ここまで来たの? じゃ、運がいい……いえ、お前にとっては運が悪い、と言うべきかしらね。そう、妖精の力を奪ったのは、わたしよ」

 偶然とは言え、あまりにもあっさりと原因が見付かった。エペルネの森の妖精達から力を奪ったのは、この魔物の女なのだ。

「どうしてだ。どうして妖精の力を奪ったんだ」

「どうして? ほしいからよ。決まってるじゃない」

 女の返事は、あっさりしたものだった。

「そのために、妖精がどうなってもか?」

「わたしにとっては、大したことじゃないわ」

 その言葉に、グレイヴァはカチンときた。

「……お前、最低な奴だな」

「最高の魔物って、どんな奴?」

 笑いながらそう返され、グレイヴァは詰まる。

 自分の欲望を力で満たすのが、魔物のやり方なのだ。何かしらの力、権力や多額の金があれば、人間だって同じことをする。

 それを問い詰めても、それがどうした、と相手は気にも止めないのだ。

「今まで他の所にいる妖精の力を奪っていたのも、お前なのか」

「ふふ、残念でした。それはわたしじゃない魔物の仕業よ」

 女は楽しそうに笑う。

「お前じゃ……ない?」

 この魔物が言うことが本当なら、今回の件はいつもとは別の事件ということになる。

「ええ、わたしじゃないわ。ふふ、がっかりした? わたしは便乗しただけよ」

 女の舌が、艶っぽいくちびるをなめた。

☆☆☆

 魔物の女は、キラズといった。グレイヴァが魔法使いではないらしいと知り、名前を口にしたようだ。

 やはりここは、あの洞窟の一部であるらしい。それをキラズの術で、このような光景に作り変えているのだ。

 天井や周囲が霧に隠されているのは、その向こうが元の洞窟になっているので、見えないようにカーテンの役目をしているらしい。

 あちこちで妖精の力を奪っている魔物については、キラズも耳にしていた。

 だが、よその魔物がやることになど、まるで興味はない。こちらに迷惑さえかからなければ、何をやっていようとその魔物の勝手だ。文句を言う義理もない。

 それとは別に、グレイヴァがこの森で助けた妖精から聞いた、人を喰う魔物の話。どうやら、それに関してはキラズの仕業らしい。

 時々、空腹を覚えると外へ行き、単独で夜の道を急ぐ行商人や旅人を見付けてはここへ引きずり込んでいるのだ。

 引きずり……と言っても、キラズがこの姿で彼らの前に姿を現し「今夜はうちで休んでいけばいいわ」とでも誘えば、十人いればほぼ十人がその言葉にのってくる。

 女の目の色が普通ではないことなど、気にしない。いや、気付かないのだ。

 その後は、説明するまでもない。

 十日程前のことだ。

 行商人らしき男を誘った。男はキラズの色香に惑わされ、警戒心のかけらもなくここへ来て……命を落とした。

 その時に彼が持っていた荷物の中にあった、ある石。

 霧がかかったような、白い石だ。一見すればムーンストーンのようだが、違う。

 消魔石(しょうませき)だということに、キラズはすぐ気付いた。

 人間はよくこの石を月長石(ムーンストーン)と間違えて売り買いしているが、似ていても別の石だ。

 この石は、妖精の力を吸い取る力を持っている。妖精にとっては、天敵のような石だ。

 しかも、拳大の大きさともなれば、かなり強い力を期待できる。

 キラズは、石に働きかける呪文を探した。石によって、使える呪文や影響を及ぼす力の範囲が違うのだ。

 そうして、やっと見付けた。

 呪文を唱えれば、エペルネの森にいる妖精の力がキラズの元へ集まって来る。

 妖精によって色も大きさもまちまちだが、それぞれが全て美しい玉となって、彼女の手元へ引き寄せられるのだ。

 それらの力は、行商人の男が持っていた水槽にためておくことにした。

 ある街の貴族から注文を受けた品だと言っていたが、どうせ食べられもしない小さな魚を入れて、眺めるだけのことしかしないのだ。

 それより、妖精の力を入れた方が、眺めていても美しいし、それらは大いに自分の役に立つ。

 水槽だって、生臭い魚を入れられるよりは、妖精の美しい力の玉を入れてもらった方が嬉しいはずだ。

 ためた妖精の力をどう使うかは、後でゆっくり考えればいい。

 こうして妖精の力が集まるにつれ、どこかで噂になっている魔物と同じことをしている、と気付いた。

 奴も妖精の力を、どういう理由でか集めているらしい。まどろっこしいやり方をしているみたいだが。キラズのように、都合のいい道具を持ち合わせていないのだろう。

 何にしろ、こうしてキラズが妖精の力を集めていても、きっと周りではその魔物の仕業だと思うだろう。

 今までその魔物がちまちまとやっていたことを、キラズは一気にやっただけ。やっていることの中身は同じだから。

 この石を使ってテリトリーを拡げ、そのうち「妖精の力を集めているのは、キラズらしい」と知られるようになる頃には、今の何十倍もの力を手に入れていることだろう。

 早くに知られたとしても、その魔物に誰も刃向かう様子はないらしいから、キラズに歯向かってくる(やから)もまずいないはず。

 便乗の仕方としては、最高だ。

 妖精の力が集まってきて、キラズの棲み処は宮殿のようになった。

 前はちょっとした館、という程度だったのだが、別の行商人が持っていた本の中に、これによく似た宮殿の絵があったのだ。

 それが気に入ったので、ここの光景はそれをまねている。それに、前より広くなった。

 これも妖精の力が、術者のキラズに作用しているからだ。

 自分のものではない魔力を使い、キラズはこれからゆっくりと自分のテリトリーを増やす算段をしている。

「この石は、エペルネの森くらいの広さまで力を及ぼすことができるみたいね。もちろん、遠くになる程、力は弱ってしまうけど。それはわたしがちょっと移動すれば、すぐに解決するわ。この界隈(かいわい)はすぐにわたしのもの。妖精達の力は、全てわたしのものになるのよ。この石の優れた所は、妖精に何が起きているかを感じさせないことね。気付いた時には、妖精はもう力を抜き取られた後、という訳。素晴らしい石でしょう?」

 今朝助けた妖精も、話していた。何が起きたかわからない、と。

 静かに忍び寄り、知らないうちに力を奪い去る。魔力を消してしまう。泥棒のような石だ。

「てめぇ……たかが自分のテリトリーを拡げるためだけに、妖精の力を奪ったのかよ」

「ええ。人間だって、同じようなことをやっているじゃないの。自分の力を誇示するために、自分より弱い人間を殺したり、奪ったり。そんな人間のお前に、文句を言われる筋合いなんてないわ」

 言いながら、キラズは一歩グレイヴァへ近付いた。

「こんな所へ一人で来て、まさか無事に帰れるだなんて、思ってはいないでしょ?」

 喰うつもりだろうか。

 そんなつもりはなかったが、ここには自分一人しかいないのだ。自分を守れるのも、自分だけ。

 昨日までに教えられた魔法が、うまく使えるだろうか。使えたとして……ここから逃げるにはどうすればいい? 四方は、霧のカーテンにかすんでいる。外へつながる道は見えない。

 あるとすれば……キラズが現れたあのガラス扉の向こうだ。しかし、そこへ向かうことはむしろ、死地へ飛び込むことになりはしないか。

 キラズが一歩近付いたのを見て、グレイヴァは身構える。

 が、ふいに視界が揺れた。

「え……」

 気付くと、グレイヴァは両膝をついて四つん這いの体勢になっていた。

 めまいを起こし、立っていられなくなったのだ。目の前がぐるぐると回っているような。

 な……何でこんな時に……。

「わたしは何もしてないわよ。腰でも抜かしたのかしら?」

 不思議そうに、でもどこかからかっている口調でキラズが尋ねた。

 グレイヴァは何も答えられない。答えようもない。

 自分でもどうしてこうなったか、わかっていないのだ。

 理由はわからない。だが、グレイヴァは魔の気に(あた)ってしまっていた。

 キラズの術のせい……だろうか。ここの光景は妖精の力を使い、キラズが術で作り出したもの。

 つまり、ここの空間は妖精とキラズの魔力が漂いまくっている場所だ。

 その気配が、グレイヴァから力を奪ったのかも知れない。

 何にしろ、今のこの状況でこの状態は、非常にまずい。

「元気に乗り込んできた割りに、情け無いのねぇ。それとも、力の差を知って観念した?」

 自分の方へと近付く気配と、足音。アルテやフィノが来てくれなければ、喰われてそれっきりだ。

 これまでにキラズが誘い込んだという旅人達と、同じ運命をたどることになる。

「ふぅん……わかったわ。お前、魔力に反応しすぎてるのね」

 そばへ来たキラズは、グレイヴァの状態を見抜いた。

「聞いたことはあったけど、珍しい人間が来たものね。こんな身体になって、お前はわたしに何をするつもりでいたのかしら? 若いと考えなしに突っ走るものだけど、ちょっと無謀すぎたわね」

 言いながら、キラズはうつむくグレイヴァのあごに手をかけ、自分の方を向かせる。

「ふふ……皮肉よね。妖精を助けるために来たのに、その妖精の力が(あだ)になってしまうなんて」

「妖精の……力が……?」

 失神、とまではいかないが、グレイヴァの意識状態はかなり悪かった。今までで一番ひどい。

 それだけ強い気配が、この周辺を漂っているのだろう。

「ここには、消魔石で集めた妖精の力があるわ。あそこにあるのが、お前にも見えるでしょ。玉になってあの中におさまっているけれど、見えない力を出しているのよ。花が匂いを周囲に漂わせているように、ね」

 キラズの術のせいだけではなかった。それ以上に強い力が、集められた妖精の力が、グレイヴァを弱らせてしまっているのだ。

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