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前途多難な独り立ち

鼓動石こどうせき

全十三回です

 小さな水晶球。手の中にすっぽりとおさまってしまう程のサイズ。

 その中に、少女の姿があった。

 見たところ、十二、三歳といったところか。身体を丸め、その目は閉じられている。

 金色の髪に、緑の薄い衣。細い手足。

 水晶球の中にいる少女は、ぴくりとも動かない。

 だが、声は響いた。


 私をここから出して

 誰か助けて


 泣きたくても、涙を出すことすらできない。誰でもいいから、この声に気付いてほしい。水晶球の中にいるこの姿を、見付けてほしい。

 しかし、その声を受け取るだけの力がないのか、誰も聞いてくれない。

 助けを求める声は、次第に小さくなる……。

☆☆☆

 目の前を、川の水が静かに流れて行く。時々、水面で魚が跳ねる音。

 仰げば青空が広がり、雲がのんびりと流れて行った。

 木の葉が風に揺れ、緑と花の匂いを運んで来る。

 どこか遠くの方で、牛の鳴く声が聞こえた。

 何も変わらない。いつもと同じ光景、見慣れた光景がここにある。

 変わったのは、自分の周りだけだ。

 家族が減った、ということだけ。

 二年前に一人減り……一昨日、また一人減った。少なくともこの先の数年、自分が新しく作るまで、これ以上減るということはない。

「いい天気だなぁ……」

 四月もじき終わろうか、という頃。

 グレイヴァはよく晴れた春の一日を、川辺で何もせずにただ寝転がってすごしていた。

 いや、他の人にはぼーっと空や川の水面を眺めているだけにしか見えなかっただろうが、グレイヴァ自身は色々と考えていたのだ。

 これからどうするか、ということを。

 グレイヴァ・ラガヴーリンは、十五歳の少年である。オタウの村に住む、普通の元気な少年だ。

 父のグルドは、石の像や置物などを彫る仕事をしていた。母のペールは、請け負う量こそ少なかったが、仕立ての仕事をしていた。

 両親がそういった手先を使う仕事をしていたためか、グレイヴァも手先は器用だ。父をまねて石の人形を彫り、それを小さな子ども達に与えたりしたこともある。

 金持ちでもないが、貧乏でもない。村人ともいさかいはなく、平凡で幸せな日々をすごしていた。

 二年前、母が亡くなった。

 元々、身体の強い人ではなかったことと、風邪気味だったのに無理を重ねたせいもあったのだろう。

 それから、グレイヴァは父と二人暮らしになった。

 しかし、それもたった二年しか続かない。

 グルドはあぶに刺され暴れる馬を静めようとして、蹴られた。地面に叩き付けられたグルドは打ち所が悪く、あっさりと逝ってしまったのだ。

 それが、ほんの三日前。

 (とむら)いの儀式は、村の大人達がやってくれた。グレイヴァは横で見ていただけだ。

 どうすればいいのかよくわからなかったし、だいたい自分の周りで何が起こったのかも理解しかねていた。

 ペールの時は、グルドがやっていたからそれでよかった。だが、今度はそのグルドの番。

 手順は何となく予想がついても、いざやれと言われると、どこから手をつけていいのかグレイヴァにはわからない。

 こういう時は、誰かがいてくれるということが、とてもありがたかった。

 グルドはもちろん、自分がそんなすぐに死ぬとは思っていなかったはず。だから、自分が死んだ後、グレイヴァの身の振り方などを話してはいなかった。

 早くても数年後まで、そんな話をするつもりはなかっただろう。

 頼るような親戚はない。祖父母はずっと前に他界しているし、両親から聞いたことがないので、たぶん他にはいないのだろう。

 石工(いしく)としての腕は、父から「まだまだ」と言われていた。自分でも、この程度で生活していけるとは思わない。お遊びレベルだ。

 腕を磨くにも、ここには師となる人物はいないし、独学にしても食べてゆける腕になるまでの間がどうしようもない。

 弔いが終わってから、村人は「困ったことがあれば、相談にのるぞ」と言ってくれた。

 でも、ここまでだ。これ以上は迷惑をかけたくない。

 とりあえず父の遺品の整理をしたグレイヴァは、川辺で改めて自分のこれからを考えていた。

 いっそのこと、街へ出て修業する場を見付けた方がいいかなぁ。オタウの村は、のどかだけど田舎には違いないし、村のみんなだってしばらくは気にかけてくれたって、いつまでもよそのガキの面倒なんてみてられないだろうし。俺だって、借りばっかり作りたくない。

 俺、何ができるのかな。親父がやっていた仕事、大人になったら俺もやるんだって、当たり前みたいに思ってた。石を触るのは嫌いじゃないし。他にやりたいことってのも、よくわからない。

 街へ出たら、やりたいって思えるようなことが出てきたりするのかな。別に石工にこだわったりしてないし、そうなったらそれをやればいいか。

 つらつらと考えているうちに、空はすっかり茜色に染まっていた。

 グレイヴァは立ち上がると、腕を上げて大きくのびをし、服についた葉をぱたぱたと払い落とす。

「とりあえず、明日にでも出発するか」

☆☆☆

 次の日の朝。

 村を出る前に挨拶するため、グレイヴァは村長の所へ行った。

 いきなりいなくなっては、村人に余計な心配をかけてしまう。弔いの時の礼も、もう一度しっかり言っておかなければならない。

 その辺りの礼儀は、ペールに叩き込まれている。母はそういう点では、とても厳しかった。

「村を出るか。……それで、あてはあるのか?」

 グレイヴァが村を出ることを告げると、村長は驚きはしたが、止めることはしなかった。横で聞いていた村長夫人が、涙を浮かべている。

「そんなの、全然ないけど……。街へ行けば、日銭をかせぐ仕事はたくさんあるだろうから、何とか食いつないでいけるとは思ってる。ダメなら……その時はその時だよ」

 グレイヴァは楽天的に言った。まだやってもいないことを、今から悩んでも仕方がない。

「そうか……そうだな。お前は若い。何もかもこれからだ。がんばりなさい。だが、悪いことだけはせんようにな」

 祖父ほどの年齢の村長は、そう言ってグレイヴァを送り出した。

「帰りたくなれば、いつでも戻っておいで」

 最後に村長が口にしてくれた言葉が、とても嬉しかった。

 オタウの村を出ると、グレイヴァは東へと向かう。グレイヴァくらいの足なら、半日程で隣り街のネイバーへ着く。

 普段なら、村では手に入らない物資の調達などでしか行くことはない。グレイヴァも父が彫った像や置物などを納品に行く時、何度か一緒に行った程度。

 それでも、グルドが値段の交渉などをしている間、街の中をうろちょろしていたおかげでだいたいの町並みはわかっているつもりだ。

 街の一角に、レンカードという石工の店がある。裏手に作業場があり、表でその作品を売っているのだ。

 店に飾られた像を見てこども心に、きれいだな、と感じたのを覚えている。

 グルドはこの店で「こういう置物を作ってくれ」といった注文を受け、それを納品していた。

 大きいものは店の作業場で作られていたが、小さく細かい細工のものはグルドに仕事を回してもらっていたのだ。

 ていねいな仕事が、店主のレンカードに気に入ってもらっていたらしい。

 グレイヴァの頭に浮かんだのは、その店だった。そこで自分の腕を上げよう、と考えているのだ。

 作業場がある、ということは、そこに職人がいるはず。

 店主が父とどれだけの期間、付き合いがあったかは聞いたことがない。だが、仕事仲間の息子だから、何かしらの助力はしてもらえるのでは、という期待をしているのだ。

 そこで雇ってもらえないとしても、よそを紹介してもらえるかも知れないし、多少の相談くらいはのってくれるだろう。

 ネイバーの街へ入ったのは、昼をかなり過ぎた頃だった。今の時間なら、急ぎの注文で根を詰めていない限り、午後の仕事の中休みをしている頃と思われる。

 グレイヴァは一つ大きく呼吸をして、店の中へ入った。

 様々な石で様々な形に彫られた作品が、棚や床に並べられている。父の彫るものとは違った、味のあるものばかりだ。

 グルドの彫る物は、真面目さがにじんでいたように思う。彼自身は陽気な性格なのに、石は彼の真面目な部分を全て吸い込んだかのようだった。

 ここに並ぶ物は、グルドとは逆にとても荒削りだが、それでいて美しい形を持っている。子どもの頃に見た時のように、やっぱりきれいだと思った。

 あの時に見た物とはその美しさも微妙に違う気がしたが、惹かれるのは同じだ。

 店の奥には、七十近いであろう老人が座って新聞を読んでいた。グレイヴァは、その老人の方へ近付く。

「こんにちは。あの……」

「いらっしゃい。何かお探しですか」

「いえ、客じゃないんです。ここの店主に会いたいんですが」

「どうしてかね?」

 グレイヴァが客じゃない、と言うと、老人の言葉遣いが変わった。急にうさん臭いものでも見るような目付きになって。

「俺、グルドの息子で……」

「グルドなんて奴ぁ、知らん」

 全部言う前に、老人がグレイヴァの言葉を引ったくる。

「え……何言ってるんですか。父は何度も、この店に納品してたのに」

 グレイヴァは店へ入ったことも、店主と会ったこともない。

 だが、グルドは確かにこの店へ納品していた。名前を告げずに取引していた、なんてことはないはず。

「それは、わしの兄がやっとったんだろ」

「兄? あなたが店主のレンカードさんじゃないんですか」

 店主に会いたい、と言って「なぜ?」と聞かれた時、ちょっと妙な気はしていたのだが……。

「わしは、ロンカードだ。親父がここに納品してたのなら、親父と一緒によそをあたれ」

「父は亡くなりました。あの……レンカードさんは?」

「十日前に死んだ。それでわしが店を継いだが、実質仕事をしているのはわしの息子達だ」

 以前見た物と雰囲気が違うように感じたのは、作者が違ったからだったのだ。

「わしも息子も、自分の後を継ぐ者しか面倒はみん。よそ者はいらん」

「……」

 この店の商品は、今後はこの店だけでまかなう、ということ。

 もちろん、のれん分けなどする気は一切なく、この店のやり方を他人に教えるなどまっぴら、ということだ。

 老人の目付きや言葉は明らかに「さっさと出て行け」とグレイヴァに言っていた。

 のっけからつまづいたな。まぁ、最初からうまくいく方が少ないか。

 これだけきっぱり否定されれば、グレイヴァもしつこく頼む気にはなれない。

 この店に執着することはないのだ。自分の頭に浮かんだのがここだった、というだけ。石工は他にもいる。

「わかった。おじゃま様」

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