Episode.92 過去2
僕はいわゆる孤児というやつだったらしい。らしい………という伝聞系なのは実際に僕が自身の生い立ちを覚えているからではなく、事の顛末を他者から伝え聞いた為だ。そして、それを教えてくれたのが何を隠そう、僕のお師匠様に当たる人なのだ。
「こらっ、塔矢!ボケッとしてるんじゃないよ!!集中しな!!」
「っ!?はい!!」
そうして、僕に檄を飛ばすお師匠様。お師匠様は高齢の武道家らしい。といってもただの武道家ではない。本人曰く、道を外れた武道家なのだとか。どうやら、武道家として一流になりすぎて退屈した挙句、裏へと行ってしまい、そこで色々と見てきたらしい。僕も裏へは時々、連れて行かれる為、子供ながらにでもそこがとんでもない場所であるというのは理解していた。あんな場所で数年、数十年と過ごすのは正気の沙汰ではない。もし、僕がお師匠様や姉弟子なしで一人で赴けば、たちまち奴らの餌食となり、骨すらも残らないだろう。あれはそんな場所だった。
「塔矢!かかってきな!!」
そう声を掛けてくるのは姉弟子だ。姉弟子には凛という名があり、その名の通りの佇まいをしていた。僕はこの人が苦手である。あらゆる方面で勝てる気がしないのだ。
「…………はっ!!」
とはいっても僕もいつまでもただ黙ってやられている訳ではない。日進月歩。毎日ちょっとずつだって成長しているってところを見せてやる。
「おっ、いい打ち込みだな」
現在は日課になっている稽古の真っ最中だった。この世の悪意とやらに対応する為には強くなることが必要不可欠らしい。自分の身は自分で守れ……………お師匠様に日頃から口を酸っぱくして言われている事だった。
「だが、甘い!!」
強い踏み込みから繰り出された僕の突きはしかし、空を切った。それもそのはずだ。いくら、僕のレベルが既に達人を凌ぐ程にまで成長しているとはいってもそれは相手も同じなのだ。いや、むしろそれ以上にタチが悪い。この人は僕よりも強い癖に決して手を抜かない。つまり、それは毎度毎度の稽古が命懸けであるということを意味していた。裏では命のやり取りなど日常茶飯事だ。常に緊張感を持って生きていかなければならない。そして、それは表でも同じだった。お師匠様は絶対に気を抜くことを許してはくれない。だからこそ、姉弟子である凛もまたその教えを忠実に守り、こうして僕にありがたい稽古をつけてくれているのだ。しかし…………世の中にはありがた迷惑という言葉が存在するのをこの人は知らないのか?
「……………」
後ろへと回り込んだ凛が僕目掛けて、拳を突き出しているのが気配で分かった。だから、僕はそれをすんでのところで横にかわして避けた。
「やるじゃないか!」
「そうやって余裕ぶっていられるのも今だけだよ!!」
今度は僕の番だ。横に避けた反動を利用した回し蹴りを放つ。木製のバットならば、なんなく破壊するこの蹴りは当たりさえすれば、相当なダメージとなるはずだった。まぁ、素直に食らってくれればの話だが……………
「っ!?」
「ははっ!!こうくるとは思わなかっただろ?」
信じられない。なんと凛は身体に蹴りが当たる直前、両腕を重ねてガードしたのだ。脚の強さは腕の強さの数倍はあると言われている。それは我々が普段から二足歩行を移動手段として用いる種であり、一日に換算してみても足の方の常用率が腕のそれを圧倒的に上回る為だ。なのに凛はその攻撃を受け止めた。これがどういうことかは推して知るべしだろう。
「〜〜〜っ!?こんの化け物が!!また蹴りの威力が上がったな!!」
しかし、流石の凛も全くの無傷という訳ではなかったようだ。てか、そうでなくては困る。先程も言った通り、僕はちょっとずつでも成長しているのだ。
「少しは効いたか、バカ凛!!」
「かなりな!!てか、調子に乗るな!!」
こうなった姉弟子はお師匠様でなければ止められない。凛は体勢を低くすると物凄い速度で以って、彼我の距離を詰めてこようとする。対する僕はまだ地面まであと数センチというところだ。いくら凛の腕を蹴った反動を利用して、離れたところに着地しようとこの姉弟子ならば、そんな距離はあっという間にゼロへとできるだろう。
「覚悟しろよ?」
「……………」
やがて般若の顔となった凛が眼前へと迫る。圧倒的な殺気だった。おそらく、この世で二番目に強い殺気だろう。たとえ、どんなに強い達人であろうともこれを前にしてしまえば、たちまち動けなくなることは必至。僕ですら、身体がビリビリと震えるぐらいだ。
「ふぅ〜」
だが、このままやられる訳にはいかない。少なく見積もっても身体のどこかかが使い物にならなくなる……………そんな威力を秘めた一撃がくるはずだ……………しかし、僕はまだそうなる訳にはいかなかった。
「塔矢〜!!」
眼前へと迫ったそれは右脚による右斜め上への蹴り上げだった。たぶん、両腕はさっきのダメージで威力が出せないと悟ったのだろう。てか、この人の性格上、たとえダメージを負ってなかったとしてもきっと僕と同じ攻撃方法で来ると思う。"やられたら、同じ方法でやり返せ"………………この人が日頃から口を酸っぱくして言ってきたことだった。
「「……………」」
だから……………だからこそ、僕はこの人の次の一手が読めていた。既に僕は体勢を低くして避ける準備はできていた。なのに……………なのに、だ!何故、この一連の流れがスローモーションで見えるのだろうか。これじゃあ、まるで……………
「っ!?」
「チッ…………勘付いたか」
僕は体勢を低くしたまま、まるでエビやザリガニのように地面を蹴って後ろへと勢いよく下がった。すると直後、顔面スレスレを凛の脚が縦に切った。そう……………なんと凛は右斜め上へと蹴り上げていたはずの右脚が最高地点に到達する前に急遽、進路を変え、眼前へと振り下ろしてきたのだ。つまり、脚が完全に伸び切る前の状態で無理矢理、そうしたということだ。なんという無茶を…………身体にどれだけの負担がかかるというのか。
「ふぅ〜…………」
「はぁ、はぁ………………やっぱり、スタミナだけはお前の方があるな」
「…………そのうち、他も全部僕が超えるさ」
「はっ、言ってろ」
そうして再び、向かい合う僕ら…………稽古はまだまだ続くようだった。




