Episode.90 胸の内
第二部 開始
「随分とあっさり胸の内を明かすんだな」
俺の言葉に多少は面食らった様子の目の前の同級生がそう口にする。
「色々と調べはついてるんだろ?だったら、茶を濁すだけ時間の無駄だ」
「ほぅ?」
「だが、お前らの正体までは突き止めてないから、安心しろ。別に興味ないしな」
「…………やはり、気付いていたか」
「当たり前だろ。あんなバレバレの尾行に気付かない方がどうかしてる」
「バレバレね……………一応、うちの者達はそんなやわな鍛え方はしていないつもりだが……………それこそ、達人レベルであっても気付くのは至難なはずだ」
「それは表の世界の話だろ?裏には達人程度がどうにもならない相手はいくらでもいる」
「それはそうだ。戦争を経験していない達人と戦場を渡り歩く軍人…………実際に戦ったら、どちらが最後まで立っているかは目に見えている」
「……………ま、そんな中でもあの紫風道場の師範代は別格だったけどな」
「…………ああ、紫風道二のことか。奴ならば、そうだろう。実力でいうのなら、達人の中でも群を抜いている」
「あのジジイは骨があった」
「ほぅ…………お前程の男にそう言わせるとは……………何か光るものがあったのか?」
「武に関していえば、おそらく天才だろう。まだまだ荒削りで隙も多いが、将来性はある……………が、俺には遠く及ばない」
「当たり前だ。お前を基準にすれば、この世のほとんどが有象無象と化してしまうわ」
「お前は俺のことをなんだと思っているんだ……………にしても本当に俺のことを調べ上げているんだな」
「当然だ。無策でここに来るほど、俺は甘くないさ」
「……………」
「話を戻そう……………で?お前から見て、裏でも通用しそうなのはその爺さんだけか?」
「いや……………今はまだまだだが、見込みのありそうなのは二人いる」
「二人もか」
「ああ」
「誰だ?」
「皇静、それに紫風綾乃……………あの二人の素質はかなりのものだ。それこそ、紫風のジジイを凌ぐ程にな」
「……………なるほどな」
そこで目の前の同級生は肩を竦ませながら、大仰なポーズを取ってみせる。俺はその様子を見ながら、次にこう続けた。
「で?お前の話は以上か?いい加減、こんな無駄話は終わりにしたいんだが」
「いや、最後に一つだけ聞かせて欲しい」
「何だ?」
「お前が今ここにこうして生きている目的を教えて欲しい」
「は?哲学的な話か?」
「いやいや、そんな高尚な話はどっかの坊さんにでも任せればいいさ。そんなことじゃなくてな……………お前は先程言った。他者の存在などどうでもいい、と」
「ああ。言ったな」
「ではお前は何の為に…………誰の為に生きている?人はどうしたって誰かと関わり合いながら生きている。多くの者は自分の為だけではなく、そこに多少なりとも他者の存在が不可欠だ。だが、今のお前は他者の存在どころか、自分のことすらもどうでもよさそうに俺の目には映って見えるんだ」
「………………」
「ではお前は日々、どんなことを感じなから生きているんだ?誰か、ましてや自分の為でないのだとしたら、一体何の為に生きているんだ?……………色々と考えてはみたんだが、どうにもそれらが見えてこなくてな」
俺はその問いに対して、自分の中で考えをまとめつつ、こう口を開いた。
「お前は……………お前達、この世界の人間はこの世界が本当に現実であると思っているのか?」
その瞬間、まるで全ての音が止まってしまったかのような静寂にこの場が支配された。
「…………お前は一体何を言っているんだ?」
ややあって、目の前の同級生はそう口を開いた。
「言っている意味が理解出来なかったか?」
「いや、そういうことじゃなく……………唐突に何を言い始めるのかと思ってな」
「俺が言いたいのはつまり、こういうことだ……………この世界は第三者によって創造されたものであり、俺もお前もましてや、この世界の全ての人間がその中の登場人物でしかないということだ」
「……………話についていけないんだが」
「無理して飲み込む必要はない。ただ、俺がこういう考えであるということを分かっていてさえくれたらな」
「あ、ああ」
「続けるぞ?…………つまるところ、俺達は誰かが創造した世界の登場人物であり、それが主人公なのか、サブキャラクターなのか、はたまたモブなのか、その登場頻度・重要度において程度の差こそあるものの、その中でしか生きていられないというのは全員が共通して持っている」
「……………」
「………と俺は考えている。そうなった時に果たして、俺達は本当に生きていると言えるのか?自分の意思で自分の欲望でこの世界を生き抜いていると自信を持って言い切れるのか?……………俺にはそれが疑問だった。今あるこの意思すらも創造主の思惑通りであり、行動自体もそうなるよう操作されているのだとしたら、そこにある"やるせなさ"とは一体どれほどのものか」
「……………」
「だが、俺は違う。奴らの思惑通りに乗らされて易々と踊ってやるほど甘くはない。だから………だからこそ俺はそれに抗うことにした。ふざけるな。俺が今感じているこの感情は俺自身が感じている正真正銘、本当のものだ。決して、誰かのシナリオ通りなんかじゃない……………そう思った俺はまず始めに自分の中にある感情から偽ることにした」
「感情を偽る?」
「ああ。もし、俺の考えが正しければ、口に出してはいない感情すらもどっかの誰かに観測されている可能性がある。だから、それすらも偽ることにしたんだ」
「お前、頭は大丈夫か?」
「どう思われようが結構だ。だが、俺は本気だ。今この瞬間すらもどっかの創作物の中に紛れ込み、俺の大切なものの全てが地の文として置き換えられているかもしれない……………そう思った時、俺は激しい怒りと復讐心に駆られた。そうして俺はいつしか、そんな奴らへ一矢報いることに決めたんだ」
「…………そんなことを一体いつから、やっているんだ?」
「…………いつからだろうな。覚えていない。だが、これだけははっきりと言える…………俺は今ここにこうして生きている。そして、それは全て創り物なんかじゃない。俺にとっては全てが本物なんだ」
「……………」
「おい、そこの観測者共。聞いているか?見ているか?俺は決してお前達の思い通りにはならないからな。覚悟しろ……………って具合にな」
「……………お前の言っていることが全て正しいとして、お前が物語もしくは観測対象としての重要人物として据えられているというのは少し……………いや、かなり自意識過剰なんじゃないか?」
目の前の男のこの問いに俺はニヤリとした笑みを浮かべるとこう答えた。
「俺ほどの貴重なサンプルをただのモブとして置いておくと思うか?」
その瞬間、止まっていたはずの風が流れ込んでくる音が聞こえたのだった。




