Episode.89 どうでもいい
「どうしたんだ?屋上なんかに呼び出して」
「いや、俺達ももうすぐ卒業だろ?なんか、そう思うとさ、もっとお前と色々話しておきたいなって」
「卒業って、随分と気が早いな。まだ数ヶ月はあるぞ」
「いやいや。そんなこと言ってたら、あっという間だぞ。ただでさえ、自由登校でみんなと会える機会がグッと減ってるんだし」
「浩也……………お前、変な物でも拾い食いしたか?」
「おい!俺がセンチな気分になるのはそんなに変なことか!?」
「ああ、変だ。それもとびきりな…………えっと、あれだ…………病院なら付き添うぞ」
「変な気遣いはいらねーよ!!とっとと本題に入らせてくれよ!!」
「本題ねぇ……………どうせ、大したことじゃないんだろ?」
「お前の中で一体俺はどんなイメージになってるんだよ」
「普段の行いのせいだろ」
「それはすまん。だが、今日は珍しくふざける気分になれなくてな……………」
そう言うと少し居住いを正した浩也。一体何を言うつもりなのだろうか。
「俺の話ってのは他でもない……………お前のことだ」
「俺のこと…………?」
「ああ。月並みな質問で悪いんだが……………お前、卒業後の進路は考えているのか?」
「なんだよ、藪から棒に」
「いいだろ、別に。気になったんだから」
「そういうもんかね」
「そういうもんだ」
「卒業後の進路か。てか、お前は俺のオカンかよ……………ちなみにお前はどうなんだ?」
「俺か?俺はもちろん、理系の大学だ」
「"もちろん"とか、さも俺がお前の得意分野を知ってるかのような発言はよせ。あと、何系とか訊いてないから。大学だけで十分だ」
「まぁ、そうだろうな。お前が俺のことを詳しく訊いてくることなどあり得ん。なんせ、お前は俺について何の興味もないからな」
「当たり前だろ。お前のことなんてどうだっていいわ」
「おいおい。酷い言われ様だな。だが、しかし……………いまいち言葉が足りないな」
「は?」
「"お前のことなんてどうだっていい"ではないだろ?正しくは…………"お前のことももちろん、他の誰のことであってもどうだっていい"だろ?」
「………………」
「お前にとっては他人のこと自体どうだっていいのさ。それこそ、俺や身近な者のことであってもだ」
「お前、何言ってんだ?そんな訳ないだろ」
「ああ。確かに俺は今、荒唐無稽なことを言っている。なんせ、お前は昔から…………特に去年ぐらいから、周りの者を常に助けようとしてきた。まるでそれは困っている人を放っておけない物語の主人公のように、だ」
「いや、そんなつもりはないぞ」
「お前の気持ちはどうあれ、そう行動に移していたことは確かだ。それに俺は以前、言った………………お前は三海と共依存の関係にあると」
「そうだな」
「であれば、俺の言っていることとは矛盾する。だが……………俺があの時、嘘をついていないと……………本心で言っているとどうしてそう言い切れる?」
「……………」
「お前は狡猾で頭のキレる男だ。今まではその平凡という名の仮面を被り、周囲を欺いてきたのだろうが、俺の前では全て無駄だ……………全部めくれてんだよ」
「お前が何を言いたいのか、分からないぞ」
「その割には今、お前の右手が動きかけたな。一体、それで何をするつもりだったんだ?…………まぁ、大方のところは想像がつく。おそらく、口封じの為に俺を消す気だったんだろ?」
「おいおい。消すとか随分と物騒だな。いくらお前が悪友だからって、そんなことしないぞ」
「白々しいことを言うな。お前だったら、そのぐらいのことはやってのけるはずだ」
「てか、お前がさっきから言ってることは全てお前の妄想に過ぎないからな?」
「ああ、確かにこのままいけば、そうだな……………じゃあ、改めてお前の口から聞かせてもらおうか」
そう問われた俺は浩也に対して、馬鹿馬鹿しいことを言う奴だと思いながらも冷静にこう返した。
「お前の言うことは……………その通りだ。俺にとっては他者の存在などどうでもいい。それは身近な者であっても同様だ。お前や静に美鈴、それに玲華、そして綾乃……………こいつらのことなんて俺にとっては全てどうだっていい」
〈第一部、完〉




