Episode.88 問い
「……………」
静先輩の問いかけに即答することができなかった。私自身、後ろめたい気持ちがある。誰に対してか、言い訳をしたい感情にも駆られる。しかし、今ここでそれを出すのだけは絶対に駄目だ。そんなことをしてしまえば、向こうの思う壺だ。突如、できた綻びから、たちまちのうちに攻められ為す術なく陥落してしまうことだろう……………だからこそ、私にはこう答えるしか選択肢が残されてはいなかったのだ。
「あなたの考えている通りの意味ではないから」
「そうですか……………にしても随分と間がありましたね。さぞかし、葛藤したのでしょう」
「勝手に想像してれば?そうやって、人のことを攻めて楽しい?」
「楽しい…………というか、私にはそうするだけの権利があります」
「……………」
「私の立場に立ってみて下さい。成り行きとはいえ、想い人と遠く離れた地で二人きりになることができた。しかも私にとって、そこは一世一代の大告白という勇気の試される行いをする大舞台だった……………そんな時です。たかが妹風情に"二人きりだからって妙なことは考えるなよ?泥棒猫"なんて電話口で言われたのは」
「お前っ……………」
「もう、ここからは先輩も後輩も関係ありませんね。だって、あなたのその表情……………まるで獲物を狩る猛獣のような、まさにそのような形相をしていますもん…………殺気も凄いですし」
「ふんっ。あんたみたいな一般人に殺気なんて感じ取れるはずないじゃん」
「お生憎様……………塔矢さんから、特別な個人レッスンを受けていますので」
「っ!?」
その言葉を聞いた瞬間、私は気付かぬうちに静へと駆け寄り、その顔スレスレまで拳を突き出していた。運良く寸前で止めることができたのはどうにかギリギリで理性を繋ぎ止めていたからだった。
「あらあら。怖いですね」
「くっ…………何でお前なんかが………………私だけのはずなのに」
「それはあなたではなく、お兄様が決めることでしてよ?愚妹さん」
「っ!?」
もう我慢ができなかった。私は突き出した右の拳を引っ込めると今度は左貫手を静のお腹目掛けて放った。流石に一般人に対して本気で打ち込む訳にはいかない。だから、威力はかなり抑えめだった。
「危ない危ない…………本当に野蛮ですね」
「なっ!?」
とは言ってもそれは一般人にどうこうできるレベルでは決してなく、高校生男子が本気で投げたボールがぶつかったぐらいの衝撃とスピードはあるはずだった。しかし、目の前のこの女はこともあろうに私の手首をお腹に当たる寸前で掴み、ギリギリと締め上げてきたのだ。
「くっ……………」
「これって正当防衛のうちに入りますよね?」
一体何なんだ、この女は……………何でこんな芸当ができる…………ま、まさか、本当にお兄ちゃんに……………
「嘘です」
「……………え?」
「あなたのお兄さんからは何も授けてもらっていません。これは私が独学で学んだものです」
「は?そ、それこそ嘘でしょ」
「いいえ」
「冗談はやめてよ。一般人がちょっと学んだくらいでこんなことができてたまるか」
私は悪態をついた。そうでもしないとやってられない。私のあの日々は一体なんだったというのだ。
「まぁ、細かいことはどうだっていいです。それよりもあなたも嘘をついたのですから、私だって嘘をついたっていいでしょう?」
「一緒にするな。そっちの方がタチの悪い嘘でしょ」
「私のなんて可愛い方です……………周りの人に心配と迷惑をかける嘘に比べれば」
「うっ……………」
気が付けば、私の方がクリーンヒットをもらっていた。まさか、この女には武力でも言葉でも劣るというのか…………
「安心して下さい。あなたは非常に魅力的な女性です」
「分かったような口をきくな!!」
「おー怖い怖い……………あ、今の言葉に補足させて頂きますと"あなたは非常に魅力的な女性です。ただ、私の方がもっと魅力的だったというだけです"」
「……………ほっんとに嫌味しか言えないんだな。今までよくその性格を隠し通せたもんだ」
「私がこんな感じになるのはあなたに対してだけですよ。塔矢さんにはとてもじゃないけど、見せられません」
そう言って柔らかく微笑むと目の前のこの女は私の手首をそっと離した。よく見れば、手首は赤くなっている。一体どれほどの力で掴んでいたというのか。
「てか、さっき言った一世一代の告白って何のこと?まさか、本当に文字通りの意味って訳じゃないでしょ?」
私の言葉に対して、真意の計れない表情をする静先輩。まさか、本当に…………?
「その質問にお答えする前に私の質問にお答え頂けますか?」
「は?また?」
私はいい加減ウンザリしたといった表情をした。これは作戦だ。半分はそう思っているが、半分は相手の心理を揺さぶる為だった。
「昨年のハロウィンパーティーの時……………」
「また随分と前のことを…………」
この女はどれだけ私に言いたいことが溜まっているのだろうか……………まぁ、もしも逆の立場であったとしたら、私も同じように質問をしてしまうと思うが。
「昨年のハロウィンパーティーの時、私の方を突き刺すような視線で見ていたのはあなたですか?」
その質問に対して、私は突き刺すような視線を彼女へと向け、こう答えた。
「そうだと言ったら?」
その言葉の直後、目の前の女が笑ったような気がした。




