Episode.86 灰汁抜き
「寒い、寒い、寒い」
「ちょっと、塔矢。やめてくれる?寒いのはもう分かってんだから」
「寒い、寒い、寒い」
「光、あんたまで同じこと言わなくていいの。てか、ここ数日でどんどん生態が似てきたわね。てか、ほぼ一緒か」
「「寒い、寒い、寒い」」
「おい、バカ兄妹。そろそろ、そのノリは寒いぞ〜」
「「っ!?さ、寒っ!!」」
「うっさい!!違う意味で涼しくなっとんじゃないわ!!」
「とある休日。美鈴を交えた我が家では昼間っから、鍋パーティーが催されていた。肩を寄せ合ってグツグツと煮える具材達、そして肩を寄せ合って暖を取る俺達。どことなく今の状況は酷似していた」
「どこがじゃ!!今から食べられるんか、私達!!」
「えっ!?何故、心の声が」
「いや、隠すつもりがないほど出てただろ!!てか、出しにいってた!!」
「何故だか、そうイキリたった美鈴ちゃんは声を荒げると私達をキツく睨みつけて激しく罵倒した。うっ、なんでここまで言われないといけないの?」
「いや、誇張・でっちあげ・脚色のオンパレードか!!てか、しまっておいてよ心の声!!そんなところまで似なくていいから!!」
「どうした、美鈴?具合でも悪いのか?暖かくして寝るか?」
「美鈴ちゃん、落ち着いて?おネギなら、まだあるよ?」
「誰のせいだ、誰の……………」
そうして美鈴は軽く溜息を吐くとどこか暖かげな目で俺達を見つめてきた。
「ん?」
「いや、相変わらずさ…………この空気、いいなって思って」
「……………」
「美鈴ちゃん…………」
「思えば、高校に入ってから、ずっとドタバタしてたじゃない?なんなら、途中からは静や玲華、綾乃先輩まで一緒に行動するようになって……………みんなでいるのももちろん楽しいけど、やっぱり三人でいるのもいいなって」
「っ!?美鈴ちゃん!!」
「うおっ!?」
美鈴の言葉に感極まったのか、光が思い切り美鈴へと抱き着く。美鈴は軽く驚きつつもそんな光を優しく抱き留めた。
「私、こんな怪我しちゃって、みんなに迷惑かけてってずっと後悔してた。早く…………早く治さなきゃって」
「光……………」
「でもね?こうやって三人で昔みたいに過ごせるようになって、本当はいけないんだけどちょっといいなって思っちゃってたの……………そしたら、そんな自分に幻滅したりして……………でも、美鈴ちゃんにそういう風に言ってもらえて、私……………私、本当に嬉しい!!嬉しいよ、美鈴ちゃん!!」
「ふふっ。何で泣いてんのよ、あんた」
そう言う美鈴も軽く瞳に涙を溜めていた。そして、俺はというと頃合いを見計らい、こう言った。
「じゃあ、ある意味この状況には感謝だな。俺もこの三人で過ごせて幸せだ」
「ふんっ。一丁前なこと言うじゃない……………ま、それには同意だけど」
「うわああぁぁーーーんん!!美鈴ちゃん!!」
それから光は堰を切ったように泣き出した。おそらく、ずっと溜まっていたものがあったのだろう。自分のせいで迷惑をかけてしまっていること、でも、それによってできた状況に嬉しさを感じてしまっていること、そしてそんな自分に嫌気が差してしまっていること……………
「っと!そろそろ灰汁抜きできたんじゃないか?」
俺達、人間は色々なものに蓋をしがちだ。そう。それは今、目の前にある鍋のように……………色んな感情がごちゃ混ぜになって煮えていく。だから、時には灰汁抜きだって必要だろう。
「どれどれ…………うん。もういいわね」
美鈴は今の今まで手に持ってかき回していたお玉を陶器の皿の上に置き、俺達を見回した。
「じゃあ、いくわよ?」
「「はーい!!」」
これからも俺達には様々なことが待ち受けているだろう。その中には楽しいこと、嬉しいこと、苦しいこと、辛いことが幾重にも折り重なっているはずだ。だからこそ、こうして時には立ち止まって考え、軌道修正をしていくことも大切だ。
「せーの…………」
次もまたこうして、集まる機会があるだろう。その時の俺達は一体どうなっているのか………………それは今の俺達には預かり知らぬことだ。
「「「いただきます!!!」」」
兎にも角にも今はこの束の間の幸せに浸るとしよう。二人の満面の笑みを見ながら、俺はそんなことを考えていたのだった。




