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Episode.83 骨が折れる

「そうですか……………他に好きな人が」


「ああ」


「……………」


「ごめん」


「謝らないで下さい。人を好きになるということは悪いことじゃないです。それに塔矢さんが謝ってしまうと塔矢さんの好きになった相手が可哀想ですよ」


静は俯きがちにそう答える。彼女の今の心境とは如何ほどのものなのだろうか…………俺には皆目検討もつかない。人を好きになること、それ自体は悪ではないと彼女は言う。だが、彼女の立場からしてみたら、本当にそうなのだろうか。幼い頃から好意を寄せてきた相手には既に好きな人がいて、自分へと振り向いてくれることは決してなくて……………それはどんなに辛く苦しいことなのだろう。そんな中でも彼女は俺も…………俺の好きな相手のことも慮っている。それは周りから言わせれば、とてもよくできた人間なのだろう。しかし、俺達はれっきとした理性も感情もある人間だ。そして、今回に限って言えば、大事なのはちゃんとした理性ではなく、素直な感情の方だ。たった今し方振った俺が言えることではないが、もう少しありのままの自分を出してもいいのではないか。でないと感情が膨れ上がってパンクしてしまう……………とそこまで考えたところで俺は思い直した。これはとんだ欺瞞だ。振った本人がこんなことを考えるべきではない。それは静に失礼というものだ。


「静」


「はい」


だから、俺は数秒溜めてから、こう言うことにした。


「俺のことを好きになってくれて、ありがとう」


「っ!?」


その瞬間、必死に水を堰き止めていたダムがついに耐え切れず崩壊するように静はその場に崩れ落ちて泣き叫んでしまった。


「……………」


しかし、俺には泣き叫ぶ彼女を抱き締める資格はなく、ただただ黙って立ち止まっていることしかできないのだった。





 

「ただいま」


「おかえり〜」


家に帰ると光の暖かい声が出迎えてくれる。俺はそれに心を軽くしながら、リビングへと続く扉へ手をかけた。


「息抜き旅行はどうだった?」


「そりゃ、もうヤバかったぞ。電話でも言ったが日帰りができないほどの天候で………………って、それどうしたんだ?」


「ん?…………あぁ、これね」


リビングの扉を開けた俺の目にまず飛び込んできたもの、それは左足に包帯を巻いた状態の光がソファーに座っている光景だった。


「あはは…………外に出た時、雪に足を取られて転んじゃって」


「骨折か?」


「うん。全治二週間だって」


「大丈夫か?痛くないか?」


「今は少しマシになったかな……………そりゃ、転んだ直後はヤバかったけどね」


そう言って、明るく笑う光。しかし、俺はとてもそんな朗らかな気分にはなれず、気が付けば光をそっと抱き締めていた。


「お兄ちゃん……………?」


「ごめんな。辛い時に側にいてやれなくて…………痛かっただろ?」


「うん……………ううっ。痛かった」


「そうか」


「でも、そんなことより、お兄ちゃんが側にいないことの方がよっぽど辛かった」


「光……………」


「お兄ちゃん、無事に帰ってきてくれてありがとう……………ううっ、ありがとう」


そう言って、泣き出した光。思えば、光が泣くのなんてどのくらいぶりだ?普段は軽口を叩き合う関係で光が辛そうにしている光景などは想像もつかない。しかし、光も思春期真っ只中の高校生だ。人並みに辛く苦しい思いなどしていることだろう。それこそ、俺の知らぬ間にも色々とあるに違いない。そんな光がたかだか俺がいないだけで泣いた。俺はこのことにまだまだ子供だなと呆れる一方で嬉しさも感じていた。普通はこのぐらいの年齢になれば、兄妹離れをするものらしい。だが、俺にとって光はなくてはならない存在だった。彼女がいたから、俺はここまで来れた。彼女がいるから、俺は毎日を幸せに過ごすことができた。俺にとって、光とはそういう存在だったのだ。


「俺の方こそ、いつもありがとう」


だからこそ、俺は日々の感謝を伝える。人間などいつ、どうなるか分からない。光には特に感じたことの全てを伝えておきたかった。


「ううん。私の方こそ、いつもありがとう」


そう微笑みながら言う光。彼女の瞳の端には未だ光るものがあり、彼女はそれを手で拭っていた。俺はそんな彼女の手を取り、優しくさすると今度は代わりに俺が彼女の瞳を拭った。


「「……………」」


そこからリビングに流れるとても穏やかな時間。俺はそれを深く味わいつつ、こんな時間がずっと続けばいいのにと考えていた。しかし、現状はそうも言っていられない。なんせ、光はこんな状態だ。今後、俺に何かできることはないか……………今度はそれを考えなければならなかった。








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