Episode.82 好意と行為
「「……………」」
互いの間に長い沈黙が降りる。正直、静の気持ちには薄々気が付いていた。具体的にいつからと問われれば、はっきりとは分からない。しかし、これまでに何度か静からの些細なアプローチはあったように思う。だから、今目の前で静の告白を受けて思うことは"やっぱりか"ということだった。いずれ、こんな時が来るような予感はしていた。だが、俺はたかを括っていたのだ。静は控えめで大人しく清楚な女の子だ。そんな彼女のことだから、まだ踏み出してはこないだろう、と………………はっきり言って、俺は彼女のことを舐めていたのだ。
「……………」
だからといって、彼女に対する最初の返答がそのことについての謝罪というのは違うだろう。まずは誠心誠意、彼女の気持ちに応えること…………つまり、ここでいえば告白の返事をすることだった。
「静にそう思ってもらえてるのは凄く嬉しいよ」
「塔矢さん……………」
そりゃそうだ。男として、こんなに献身的で可愛い女の子に想いを寄せられているという事実は誰であっても嬉しいものだろう。しかもこういう言い方をしてはアレだが、静の家柄はとても良い。このままお付き合いを続けて、将来結婚をするとしたら、どんなに豊かな人生を送っていけるのだろうか。
「俺も…………静のことは好きだよ」
「っ!?塔矢さん、それって…………」
だからこそ、俺はこう言った。
「人として…………な」
「……………はい?」
直前まで凄く希望に満ち溢れていた静の表情が途端に怪訝なものへと変わる。他人事のように言っているが、これは俺がそうさせてしまったのだ。ちゃんと説明せねばならないだろう。
「ごめん。静のことは凄く大切な友達…………それこそ、親友のように感じる時もあるほどだ。だけど…………」
「異性としては見れない…………ですか?」
「…………ごめん」
「そう、ですか……………うん。でも、なんとなく、こうなるんじゃないかって気はしていました。だって、塔矢さん、隣にいても私のことをちっとも意識してくれていないんですもの」
「………………」
「そんな中、"何故告白を?"という顔をされていますね」
「いや、それは…………」
「だって、我慢ができなかったんですもの。想いが溢れて溢れて止まらない……………たとえ、どんな結果に終わろうと私はこの感情を表に出したい。この感情を一番大好きな人に…………あなたに知ってもらいたいって」
「静……………」
「でも、それって結局、私の独りよがりな…………わがままな感情なんですよね。だって、このままだったら、私が一方的に一方的な感情を押し付けているにすぎないから……………こういうのって現実でも創作でも好きになって告白して結ばれて幸せそうにしているから、いいんですよね。じゃなかったら…………ただの自己満足です」
「……………」
「今だって、こうやって塔矢さんを困らせてしまっています。振られたんだから、さっさと潔く諦めればいいのにぐちぐちとしちゃって……………ただでさえ、告白なんていう迷惑な好意で困らせてしまっているのに」
「いや、迷惑な行為なんかじゃないぞ。現に俺は嬉しかったって言ってるだろ」
「塔矢さん、それ字が違ってます。私が言った好意は好きって方で行いという意味の方ではありません………………まぁ、どちらであっても結局は迷惑なことに変わりありませんが……………ふふっ。これって、無意識のダブルミーニングですね」
「いや、たとえダブルミーニングだとしても俺には関係ない。どっちであっても俺は静のことを迷惑だなんて思いもしてないから……………だから、そんなに悲しそうに笑うなよ」
「……………すみません。面倒臭い女で…………ところで面倒臭いついでに最後に一つだけいいですか?」
「何だ?」
「塔矢さんが私の気持ちに応えられないのって、本当に私のことを異性として見られないからっていう理由だけですか?」
「……………」
「すみません。どうしてもこれだけは聞いておきたくて。別に深い意味はないんです」
静の純粋なその瞳に疑問に対して、俺は…………気が付けば、正直にこう答えていた。
「…………他に好きな人がいるんだ」




