Episode.81 吹き荒れる
時間軸のズレを直しました。申し訳ございません。
「婚約者…………か」
静にそう言われ、俺の脳裏に過ったのは今年のホワイトデー当日の事だった。
「……………逃げるな」
「っ!?塔矢さん……………何で……………私、本当にそんなこと考えてないのに……………ちゃんと分かっているのに」
「違う」
「え?」
「今の俺の言葉はあらかじめ言っておいたんだ…………これから俺がする話を聞いてもそうしないようにな」
「……………どういうことですか?」
「単刀直入に言う……………皇静、お前は俺の婚約者だろ?」
「っ!?」
「その反応を見るにやっぱり、図星か」
「な、なんで……………どうして?」
「今までに散りばめられたピースを一つ一つ丁寧に見ていった。その中で婚約者として浮かび上がったのが静だったんだ」
「………………」
「だいたい、これだけ一緒に過ごしておいてバレないと本気で思っていたのか?そこまでみくびられていたのは軽くショックだぞ」
「いえ、決してみくびってなんて……………ただ、私のアリバイは完璧でそれこそ姿も隠し、声まで変えていたのに」
「あのハロウィンパーティーな?あれは実に見事だった」
「……………」
「すまん。おちょくっている訳じゃないんだ。ただ、意趣返しがしたくてな」
「意趣返し…………?」
「ああ。今まで散々振り回されたからな」
「っ!?そ、それに関しては申し訳ございませんでした」
「いや、冗談だよ。別に謝って欲しくて言った訳じゃない」
「でも!!流石にこのままでは私の気が収まりません!!というか、本当は塔矢さんに正体を言い当てられた瞬間にすぐにでも謝罪をしなければなりませんでした。その件も含めて、大変申し訳ございませんでした。これまでのご無礼をどうかお許し下さい」
「静……………」
「そして、決して簡単に私を許さないで下さい。私はそれだけのことをしたんです。塔矢さんのことを散々振り回した挙句、ハロウィンパーティーでは自分の気持ちを抑えられずにあんなことを…………」
「いや、俺は別に……………」
「迷惑を被った訳ではないと仰りたいのでしょう?相変わらずですね、塔矢さんは」
「へ?」
「とにかく!私は私の気が収まらないのでお詫びに何かさせて頂ければと思うのですが」
「…………それなら、そもそも婚約者自体のことから話してもらってもいいか?こっちはそっちの事情とかあまり知らないからな」
「あ、それもそうですね。すみません。そこまで気が回らなくて」
「まぁ、いきなり屋上に呼び出されて、こんなことを言われたんじゃ仕方ないさ」
「お気遣い、ありがとうございます……………では」
「あ、ちょっと待った」
「はい?」
「やっぱり、今はまだ聞かないでおいてもいいか?何も今日一日で全て進める必要はないしさ」
「……………そうですね。塔矢さんがそう仰るなら」
「その話はさ、また二人きりになった時にでもゆっくりと聞かせてくれよ」
「………分かりました。その時がくれば、是非」
そうして、その日はそれで終わった。そして、現在…………静は俺と初めて出会った時のことから語り始めたのだった。
「塔矢さんと初めてお会いしたのは五歳ぐらいの時でした。家族とはぐれてしまった私はとある公園で途方に暮れていました。すると、そんな私に声をかけてくれた一人の男の子がいたんです」
「…………まさか、それが?」
「はい。塔矢さん…………あなたでした」
「……………」
「その男の子は私が寂しくならないように一緒にいてくれました。やがて、私を探しに両親が公園までやってくると男の子は一言、"ありがとう。楽しかったよ"とだけ言い残して去っていったんです」
「……………ごめん。正直、覚えてないわ」
「いいんです。そんな昔のことなんて覚えていなくて当然ですから」
「静……………」
「とにかく、その男の子はあえて私に気を遣わせないように自分も楽しかったということにして、その場を去ったんです…………それからでした。その男の子を探す為に暇ができれば公園に行くようになったのは」
「……………」
「結局、男の子に会えたのは片手で数えられる程でした。しかし、私にとってのそれはとても楽しくて貴重な時間で……………気が付けば、私は男の子のことが好きになっていたんです」
「っ!?」
「ふふっ。何を驚いているんですか?昔のことですよ?」
「いや、だってお前……………」
「まぁ、今でもその気持ちが変わっていないから、こうして塔矢さんの婚約者として立候補した訳ですが」
「静……………」
「……………塔矢さん、あなたに一つ聞いて欲しいことがあるんです」
「?」
静はそこでゆっくりと深呼吸をすると意を決した様子で次の瞬間、こう言った。
「私、皇静は春日伊塔矢さんのことをお慕いしております……………今も昔も変わらずに」
その時、この世から全ての音が消えたような錯覚に陥った。そして、外ではまだまだ吹雪が吹き荒れていたのだった。




