Episode.79 通告
寒い…………痛い……………
「はぁ………………はぁ……………」
思えば、ずっとこうだった。小さい頃から身体が弱かった為、あまり外で活動ができず部屋に閉じこもっていることが多かった。だから、少し外で運動しただけでも身体に掛かる負担は大きく、なるべく体育の授業などは休ませてもらっていた。
「あと少し……………あと少しで……………」
みんなと遊びに行った時は誤魔化すのに苦労した。せっかくの楽しい空気に私なんかの事情で水を差したくない。まぁ、とはいっても薄々勘付いている人はいそうだけど……………きっと彼ならば………………
「こんな時に一体何を考えているんだろう…………」
そう。今はそんな場合ではないのだ。私は吹き荒れる吹雪の中を言うことの効かない身体をなんとか動かしながら進んでいった。視界は最悪で冷たい空気と痛い程の雹が当たり、私の身体を徐々に蝕んでいく。傍目から見ても無茶だと分かる行動。しかし、私には止めることが出来なかった。それだけの理由があるのだ。
「はぁ……………」
装備は万全なはずだった。決して冬の雪原を舐めていた訳ではない。ところが、自然の脅威は私が思っているよりも遥かに凄く、強靭な力でもって私に牙を剥いた。正直、ここから先の道が見えない。何度も心が折れそうになる。それを自身の決断と覚悟によって跳ね除けていく。何をどうしたらいいか、分からない中を手探りで可能性の糸を手繰り寄せては掴み、必死に前へ前へと突き進んだ。
「あっ……………着いた」
そうして辿り着いた目的地。私はその達成感と喜びから、一瞬気が緩んでしまった。すると途端に今までの疲労が重くのしかかり、私は……………
「これ、は……………」
身体が全く動かなくなり、視界もぼやけ始めて遂にはその場に倒れ伏してしまうのだった。そして、最後に見た光景といえば、綺麗な月明かりを背に誰かがこちらに向かって歩いてくるところだった。
「ん……………あれ?ここは」
目が覚めた時、私はどこかコテージのような場所のベッドの上に寝かされていた。ふと気になって室内を見回してみるとなんだか見覚えのあるものが多くあり、環境的には非常に暖かく居心地が良かった。
「もしかしなくてもここは…………」
私はここが自身の別荘の一室であると少ししてから気が付いた。しかし、それはおかしい。私はあの時、目的地へと辿り着いた達成感から、その場に倒れ伏してしまったのだ。だから、こんなところでぬくぬくとしているなんてあり得ない。もし、この状況が妄想などではなく現実なのだとしたら、それは私をここまで運んできてくれた人がいるという訳で……………
「っ!?」
と、そこまで考えていたところ、急に部屋をノックされる音で私は我に返った。神経を研ぎ澄ませてみると部屋の外に微かにだが、人の気配がすることが分かる。
「塔矢さん……………ですか?」
それはそうあって欲しいという思いからの言葉だった。と同時に心苦しさも感じる。だって、塔矢さんがここにいるということは私をここまで運んでくれたのも塔矢さんということに……………
「悪い。起こしちゃったか?」
「いえ……………それよりもすみませんでした。私、また塔矢さんにご迷惑をおかけしちゃったみたいで」
「そんなことはどうでもいいんだよ。静が無事でいてくれさえすれば………………身体の調子はどうだ?痛いところとか、違和感とかはあるか?」
「いえ。大丈夫です」
「そうか。それは良かった」
塔矢さんの優しい言葉が身体中に染み渡っていく。しかし、ほぼ同時に脳裏にはつい数時間前の電話口でのやり取りが蘇る。はぁ……………これでは彼女に申し訳が立たないではないか。私は一体何をしているんだ。
「自分を責めるな。何か事情があるんだろ?」
私がベッドの上で無言でいると外から塔矢さんがそう呼びかけてくれる。あぁ、この人には何でもお見通しなんだなぁ……………
「そう…………ですね」
「よければ聞かせてくれないか?もちろん、嫌なら別にいいんだが」
「いえ……………むしろ、ご迷惑でないのなら、こちらからお話しさせて頂きたいです」
「迷惑なもんか。いいから、話せよ」
「はい。ありがとうございます」
私はそこで寝ていた身体を少し起こして軽く咳払いをした。やはり、寝たままの態勢では話しづらい。かといって、無理して起き上がったら塔矢さんに更に心配をかけてしまうことだろう。だから、私は一番楽な態勢を取ることにした。
「驚かないで聞いて下さい」
そうして、少し緊張気味に口を開いた私は次にこう言った。
「私……………もうすぐ亡くなるんです」




