Episode.78 不意
「本格的に吹雪いてきたな」
「…………ええ」
室内から見る外の景色はおよそ人が動き回っても安全な許容値を遥かに超えていた。その音も凄まじく開け放っていないはずの扉の方からヒューヒューという風切音が聞こえてくる程だった。それに加えて気のせいか、冷気までもがどこかから入り込んでいるような気さえするし、いくら室内にいようとも天候が悪化するにつれ、こちらの不安が増すばかりというのに変わりはなかった。
「静、大丈夫か?」
「はい……………すみません、塔矢さん」
「ん?」
「せっかく息抜きで来たのにこんなことになってしまって」
「いや、静のせいじゃないだろ」
「ですが、私が誘いさえしなければ塔矢さんは今頃……………」
「俺の勉強のことも気にしているんだったら、それは要らない心配だぞ?なんせ、俺の志望大学は余裕のあるところを選んでる。それこそ、頑張って勉強しなくても入れるようなところを、だ」
「……………物事に絶対はありません」
「そんなこと言ったら、今のこの状況だってそうだろ?こんな天候になるって確実に決まっていた訳じゃないし、すぐには晴れない…………とも限らない。そして、こんなところで足止めを食ったからといって、俺が受験に失敗するといった絶対もない」
「それは……………屁理屈です」
「屁理屈でもなんでもいいさ。静の不安が…………その罪悪感が少しでも晴れるならな」
天候に続き、気持ちまでもが晴れないのは良くない。こういう時は色んなことをネガティブに考え、塞ぎ込みがちになってしまうものだ。だからこそ、近くにいる者が最大限サポートをしなければならない。その際、その者までもが一緒になって塞ぎ込んでしまっては元の木阿弥である。幸い、俺は小さなことは気にしない性格だ。その俺がどうにかして、一緒の空間にいるこの少女を元気付けてあげられればいいのだが……………
「ふふっ」
「ん?どうした?」
「いえ…………塔矢さんなりに色々と考えて頑張ってくれているんだな、と」
「おいおい。やけに上から目線じゃないか。てか、誰の為だと思って………………」
「誰の為ですか?」
「…………それを言わせるのか?」
「…………すみません。冗談です」
静は再び、クスリと笑うと穏やかな笑みを浮かべた…………良かった。どうやら、少しは気分も綻んだようだ。
「………………あ、そうだ。向こうにブランケットがあるので持ってきますね。このままだと冷える一方なので」
「お、悪いな。じゃあ、俺は温かい飲み物でも準備して待ってるよ」
静が立ち上がって移動したのを確認した俺は台所に行き、マグカップを二つ手に取った。
「そういえば、静はどんな飲み物が好みなんだ?ココアか?それとも紅茶か?」
頭の中に数々のラインナップを浮かべなから、思わず独り言が出た俺。と、そこで気が付いた。そっくりそのまま本人に訊けばいいじゃないか、と。
「あのさ、静…………」
しかし、この時の俺はある重大なミスを犯していた。
「ん?」
用意周到なはずの静が何故、わざわざブランケットを取りに行ったのか…………こんな天候だ。俺達がいたリビングに防寒着などは既に用意があるはずだ。そして、それを知らない静ではあるまい。
「……………」
確認してみるとやはりリビングに防寒対策の諸々が揃っており、わざわざどこかへ取りに行く必要などはなかった。であれば、考えられるパターンとしては二つである。リビングに用意があることを忘れてしまったか、それとも別の部屋に用事があってこの場を離れたか……………前者は天然っぽいところのある静のことだから、あり得そうではある。しかし、静はさっき部屋の中をぐるりと見回して防寒着の有無を確認していた。それなのに忘れてしまうというのは考えづらいだろう。となると、残る選択肢は一つ。
「とりあえず、部屋を隅々まで探してみるか」
こんな天候だ。どれだけ能天気な奴でも外に飛び出すことがどれほど危険かは重々承知のはず。やはり、静は別の部屋に用事があったのだろう。まぁ、何でわざわざ嘘をついてまでリビングから退散したのかは分からないが……………
「あれ…………?いない?」
とにかく俺は部屋という部屋を探しまくった。しかし、見つからない。おかしい。離れてから、それほど経ってはいないというのにこうも見つからないのは不自然だ。一応、全ての部屋を見ては回ったのだが、一向に見つかる気配がないのだ。あと考えられるとすると……………
「……………いや、まさかな」
俺は当たって欲しくない嫌な予想を携えて玄関へと歩を進める。リビングから玄関まではそう遠くない。それこそ目を離した一瞬の隙に移動ができてしまえる程に……………
「嘘だろ…………」
果たして、俺の嫌な予想とやらは当たっていた。辿り着いた玄関、そこを見下ろすとなかったのだ……………静の履いてきた厚底のブーツが。




