Episode.74 立ちはだかるもの
「お兄ちゃん!これ、どういうこと!?」
十月も終わりに差し掛かった今日この頃。皆さん、いかがお過ごしでしょうか?私?私は今、絶賛詰められ中です。
「お兄ちゃんの部屋のゴミ箱に捨てられてたんだけど……………こんなにくしゃくしゃになってるってことはここに書かれてることは白紙になったんだよね?」
「……………いいや」
光が手に持っているのは担任に手渡したはずの進路希望の紙だった。実はあの紙は複写式になっていて提出用と本人用で二枚分あったのだ。で、本人用をいらねーと思った俺は何も考えずにくしゃくしゃにし、○谷選手ばりの美しい投球フォームでもって振りかぶり、勢いよくゴミ箱へと投げ入れたのだった。
「なんでよ!!考え直してよ!!」
「そんなに駄目かな」
「いや、だって…………」
「ごめん。お前を不安にさせるつもりはなかったんだ……………担任にも説教とゲンコツを食らったよ」
「そりゃ、そうでしょ。てか、こんなの提出するとか勇気があるんじゃなくて、ただの蛮勇だから」
「……………」
「びっくりしたよ。だって、ちゃんと勉強してるから、てっきり進学なんだと思ってた」
「それは…………」
「ちゃんとした理由はあるんだよね?」
「…………ああ」
「教えて…………はくれないか。その様子だと」
「…………ごめん」
「ううん…………私も詰め寄って悪かったよ」
「いや、光は悪くない。悪いのは全部俺だ」
「あのさぁ…………前々から思ってたんだけど、お兄ちゃんは私に甘すぎ!もう少し厳しくするべきだと思います」
「いや、どこがだよ」
「ほーら、自分じゃ気付いてない。そんなんだから、"シスコン"って言われるんだよ」
「は?なんだ、その不名誉な称号は……………てか、誰が呼んでんだ!身に覚えがなさすぎるぞ」
「陰で呼ばれてるだけだから。あと普段の行動を見てたら、身に覚えがないは無理があると思うの」
「……………そうだったのか。すまんな。こんな気持ち悪い兄貴で。お前も嫌だっただろ?」
「い、いや、私は別に……………むしろ、嬉しいっていうか。だって、とても大切にされてるのが伝わってくるし」
「へ?」
「な、なんでもない!!とにかく!話を戻すけど、もう一度考えてみて。お兄ちゃんなら、私と違ってどこへでだって行けるし、なんだって出来るんだから……………もったいないよ?」
"もったいない"…………光が最後に付け加えたその言葉は俺の中へとすぅ〜っと入ってきて、やがて底へと落ちていった。そして、俺にとって何が"もったいない"のかよく考えてみたが、やはり俺の答えがそう簡単に変わることはないのだった。
「まさか、再びここへ来ようとは」
「本当にすまない」
「綾乃さんは悪くないでしょ」
「いや、私も孫という立場から身内の強行をきちんと詫びねばと思ってな」
十一月の某日。俺は以前も訪れたことのある綾乃さん家の道場へとやってきていた。そして、原因はあそこにふんぞり返って座っているご老人にあった。
「ん?なんじゃ、坊主。その顔は?」
このジジイ。涼しい顔しやがって。お前のせいだろうが。
「いえ、別に」
「"このジジイ。涼しい顔しやがって。お前のせいだろうが"って心の声が聞こえるぞ」
「分かってんじゃねーか!なんで一回泳がせたんだよ」
「いい泳ぎを見せてくれるかなって思っての」
「俺で遊ぶな」
「なんじゃ、つれないのぅ。せっかくだから、ゆっくりしときなさい」
「うるさい!あんたのせいで俺は貴重な休日を無駄にしてるんだからな!!大体、俺はこんなところからもあんた達からもさっさとおさらばしたいんだよ!!」
「それはあれじゃろ……………自分の実力がバレてしまうからじゃろ?」
「……………」
「お主みたいなタイプはあれじゃな。実生活においては自分の実力を隠し小物を演じている。そして、一度それが捲られるようなことがあれば、たちまち拒否反応を示す……………まさにそんなところか。まぁ、ワシも長い。今までにお主のような者は幾人か見てきた……………じゃが、お主のそれは過去に類を見ないほど真に迫っておる。一体、何がそうさせるのじゃ?」
「………あんたには関係ない」
「ふむ。答えないのなら良い。じゃが、これだけは言っておくぞ。"能ある鷹は爪を隠す"とはよく言ったもんじゃが………………爪を隠しすぎるといくら鷹といえど能が落ちるぞ?」
「……………ジジイ」
「ほっほっほ。久しぶりに取り出した爪が錆びついていなければいいんじゃがの」
「試してみるか?」
「おっ。ようやく、その気になってくれたか」
「勘違いするな。そもそも俺はそれで呼ばれてるんだ。こちとら、久しぶりに訪れた貴重な休日を優雅に過ごそうと思ったのによ」
「お主はあれ…………ジュケンセイというやつじゃろ?なのにそんなんでよいのか?」
「メリハリだよ。普段はちゃんとやってるから、どこかで休息を取りたいと思ってたんだよ。てか、それで言うと本来はこんなところに来ている余裕もないんだけどな」
「なんで来たんじゃ?」
「お前が呼んだんだろうが!!ボケたのか!?」
「ほっほっほ」
「相変わらず、腹の立つ爺さんだ」
俺はそこで腰を低くした独自の構えを取った。いい加減、まだ話もうんざりだ。
「いいのぅ…………殺気がビンビン伝わってくるわい」
「さっさと終わらせて帰らせてもらう……………何度も確認したことだが、本当にいいんだな?加減ができないかもしれないが」
「青臭いのによう言うわ、坊主……………質問の答えだが、YESと行っておこう。じゃが」
そこで構えを取り出した爺さん。その身体からは尋常ならざる闘気が溢れ出していた。
「ワシも同じことを問う。よいな?最近、リミッターが外れることが多くていかんのだが」




