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Episode.73 ラーメンはやはり至高

「ぐわ〜っ!!疲れた!!もう無理!!」


そう言って俺は思わずテーブルの上に突っ伏した。そして、そんな俺を正面から、温かい目で見てくる人がいた。


「お疲れ様。よく頑張ったな」


それは綾乃さんだった。綾乃さんとの勉強会は今もなお続いており、週に何回かは家に来て俺の勉強を見てくれていた。俺としてはとてもありがたいのだが、いかんせん綾乃さんの勉強スタイルが少し…………いや、かなりスパルタ地味ていて、どうにかもうちょっとだけ緩くなってくれないかと……………


「ん?」


「いえ、なんでもないです……………てか、本番を迎えてもいないのに"よく頑張ったな"って気が早いんじゃないですか?」


「こういうのはそう感じた時に言うのが一番なんだ。もし本番の日に風邪で声が出なかったら、格好がつかないだろ?というか、君はそんな私の様子が気になって本番どころじゃないかもしれない」


「いえ、それはありません」


「ははっ!だろうな。君にとってはそんなことはどうでもいいか……………っと!ほれ!頑張った褒美に私がラーメンでも奢ってやろう」


「いえ、そんな悪いですよ」


「いいから、いいから!五分間待ってやる……………いや、やっぱり五十秒で支度しな」


「その謎の五縛りはなんですか」






「味噌一丁!」


「ありがとうございます」


目の前に置かれたラーメンから立ち昇る湯気を顔全体で受け止める。こんな荘厳な光景を目の前にして、匂いがつくとかそんなのは気にしていられない。いや、むしろ自分がラーメンに寄りに行っているまであった。この熱々のスープに溶け込んで身体の隅々までラーメン一色に染まってしまいたい……………それほど今は目の前のラーメンのことしか考えられなかった。メンマにチャーシュー、青ネギ、たまごなど目視で分かるだけで最低四種類もの具材がふんだんに載せられており、鼻を近づけると芳烈な味噌の香りが勉強終わりで空っぽの腹を強く刺激した。食材の混ざり合った濃厚なオレンジがかったスープの海に白いレンゲの船を浮かべてみるとそれは船頭もいないのに独りでに進んでいき、やがて重力以外の何者かの力によって、あっという間に底へと沈んでいった。そして、そのままの状態で少し時間を置いてから、それをそっと引き揚げるといかに満腹な者であっても涎が出ること必至なミソスープによって船の中が満たされていたのだった。


「…………ゴクリッ」


思わず、喉が鳴った。当然だ。極限状態でこんな光景を見せつけられているのだ。改めて、もう一度匂いを嗅いでみる。すると、どうであろうか。先程とは匂いの種類、いや強弱か?が変わっている気がする。うん。気のせいではない。少し時間が経つとよりコクや深みが出てくるのだろう。それはまるでラーメンというものの可能性を表しているようでワクワクした。結局のところ、ラーメンとは俳優なのだ。色々な顔を持っており、その時その時で見せてくれる顔が異なる。しかもこちらが紳士的な態度で出ればいいという訳でもちょっと強引に迫ればいいという訳でもない。こちらの目論見などあっという間に見抜かれてしまうのだ。そうなるともう向こうは警戒して、心を開いてくれなくなる。全く、世知辛い世の中だぜ………………さて、長々と講釈を垂れたがそろそろ頂くとしますか。あまり待たせるのはラーメンさんに申し訳ないし、何より俺も限界なのだ……………あ、限界で思い出したが、ラーメンの限界について、古くは紀元前…………


「はよ食わんかい!!」


「いでっ!?」


レンゲを持ったままの態勢でいると突如として、上から衝撃が襲いかかってきた。隣を見てみるとそこにはハリセンを持った綾乃さんが呆れた目で俺を見ていた。


「そんなのどこから取り出したんですか?」


「細かいことはいい。そんなことよりも早く食べろ。伸びちゃうだろう」


「本当ですよね」


「いや、なんで他人事!?君のことだよ?」


「へ?」


「なに驚いた顔してるんだ…………まぁ、いい。早く食べちゃいなさい」


「はーい」


「大体、目論見が見抜かれるだの、警戒して心を開いてくれなくなるだの、ラーメンに意思はないぞ。仮にあったとて、向こうにそんな深い考えはないだろ」


「ちょっと!それはラーメンさんに失礼じゃないですか!!」


「そのラーメンさんてのやめてくれないか?昨今の何でもかんでも擬人化してしまう風潮を私にも押し付けないで欲しいんだ」


「おっ!メンマにたまご、青ネギまである!!ラッキー!!」


「なに今気付いたみたいなリアクションしてんの!?さっき、ちゃっかりと視界に入れてただろ」


「えっ!?綾乃さん、俺のモノローグ聞こえていたんですか!?」


「気付くの遅っ!!少し前から君しか知らないはずの心の声が明るみになっていただろう!!しかも私の口からな!!」


「あれ?俺もしかして口に出してたのかな?」


「安心しろ。顔に出てただけだ。てか、あんな長ったらしい文章をぶつぶつ独り言で言ってたら、それこそ怖いだろ……………そんなことより、紀元前ってなんだ!!」


「あっ、やっぱり気になっちゃいます?」


「ああ!ここまできたらな!!」


その後、綾乃さんの為に小一時間をかけてまずはラーメンの歴史から語った。もちろん普段、勉強を見てくれているお礼も兼ねている…………あっ、安心してくれ。二人ともラーメンを啜りながらだったから、伸びたり冷めたりすることなく、ちょうどいい時間で完食したぞよ。てか、ラーメンの話をしながら食べるラーメンはやはり美味いな……………心なしか、店主もうんうん頷いていた気がするし。とにもかくにもラーメンは至高だった。


「「ありがとうございました!!」」


そうして、良い気分に浸りながら店を後にした。チラリと後ろを振り返るとそこでは店主が笑顔でサムズアップを決めていたところだった。ちなみにラーメンは味噌以外認めない派である。異論ならば、いつでも受付よう。








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