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Episode.72 大人になるということ

九月の末。俺は綾乃さんのいる大学へと赴いていた。理由は至極単純で学祭を見て回る為だ。え?受験生がそんなことをしている暇があるのかって?そこはご安心を。なんせ目的は学祭を見て回るだけじゃない。これは俺の中でオープンキャンパス、つまり下見も兼ねているからだ。綾乃さん曰く、どうやら俺は彼女と同じレベルの大学に行けるだけのポテンシャルがあるらしい。自分じゃ全然そんなことは思わないのだが。とにもかくにもいずれ私と同じところに通うことになるかもしれないのだから、一度見に来るといい…………綾乃さんにそう言い含められた俺はこうしてノコノコとやってきたという訳である…………え?お前は呑気に秋祭りも見て回ったのにまだ足りないのかって?いやいや!あの後、受験生を連れ回して流石に悪いと思ったのか、綾乃さんが直々勉強を見てくれるようになったから!むしろ、プラスだし!あれから勉強が捗って捗って…………


「君はさっきから誰に言い訳しているんだ?」


「………あれ?口に出てました?」


「まぁな」


「あれ〜?」


「そんなことよりもどうだ?ここは」


「良いところですね。家からも程よく近いですし、建物もおしゃれだ」


「だろう?それに図書館やジム、コンビニなど各種施設が併設されている。どれも便利だ」


「へ〜…………高校とはまた違うんですね」


「ああ。色々な部分でな…………そっちは変わりないか?」


「…………どうなんですかね。見えてない部分で変化が起きてるのかもしれないですし、よく分からないですね。それに人間なんてその日その日でも変わっていくものでしょう?」


「……………私は時々、思い出すよ。高校の三年間を…………特に君達と過ごした最後の一年は本当にかけがえのないものとなった。それは多分、大人になっても忘れることはないだろう。あの時、出来た友人と経験はおそらく一生ものだ。あっという間の三年間…………それは人生で最も貴重な時間だったように思う……………ふっ。まさか卒業してから、まだ半年程しか経っていないのにこんなにも懐かしむことになるとはな」


「………………」


「もちろん、今が気に入っていないという訳ではない。大学とは何にも縛られることなく、様々なことを自分で決められる。それにさっきも言ったが便利な施設が揃っているし、教授も良い人ばかりだ。勉学に励む場としてはこれほど優れているところもそうないだろう……………だがな、自分で決められるということは裏を返せば、自分の選択には自分で責任を持つということなんだ。教師がクラスという箱を用意し、そこに四十人前後を集め、時間割という勉強スケジュールを決めてくれて修学旅行や校外学習なんてイベントまで組んでくれる。しかし、こちらでは授業割を決めるのは自分、欠席しても誰かが補填してくれるということはない。というか、そもそもクラスというものが存在しない。健康診断や講習会、他にも様々なイベントがあるが、誰かが先導してくれるという訳でもない。全て自分で動かなければならず、自己責任の世界だ。誰も助けてはくれない」


「でも、大学ってそういうものなんじゃないんですか?俺もなんとなくしかイメージはないですけど」


「もちろん、私にもそういうイメージはあったし、一応ガイダンスや学生課のようなところがサポートはしてくれる……………でも、私が言いたいのはそんなことじゃないんだ」


「?」


「ついこの間まで生徒であった自分が急に学生という立場になった…………それはつまり、今まで餌をもらっていたペットがある日突然、自分で餌を取ってこいと言われたのとほぼ同義だ。"してもらっていた"立場から"していく"立場へと変化したんだ。これからは何でも自分で考え動いていかなくてはならない」


「うわっ、それ大変そう」


「ああ。私達は与えられることに慣れてしまった……………いかに今まで学校という組織に助けられていたか、私はここに来て痛感したよ」


綾乃さんは遠くを見据えながら、しみじみと言った。その表情にはまだ何か言いたいことが残っている気がした。


「多分、大人になっていくってそういうことなんだろうな……………ついこの間まで高校生だった小娘が…………というか今も成人を迎えていない小娘な癖に何言ってんだって話だが」


「…………子供から大人になるって大変ですよね。無責任から自己責任、そして連帯責任へ……………はぁ。いずれは俺もハゲ頭で性格の悪い上司の為に頭を下げなきゃならない日がくるのか」


「ははっ。おいおい。一体どこまで先の未来を見ているんだ?流石にそこまで現実的に考えると嫌になってくるだろ」


「ん?意外だな。綾乃さんがそんなことを言うなんて」


「私だって現実逃避ぐらいはするさ。というか…………」


そこまで言ってから肩をすくめた綾乃さんは軽くため息を吐きながら、こう口にした。


「私は今で精一杯さ」






「おっ、どうしたんだ?お前があたしに用があるなんて、こりゃ雨が降りそうだ」


「からかわないで下さい。今日はあんたと世間話をしに来た訳じゃないんだ」


「へ〜…………ほぉ〜…………」


「何ですか?」


「いんや、別に……………で?用ってなんだよ」


「悩みに悩み抜いて、ようやく決めました…………進路を」


「おっ、そりゃ良かった。ちょうど一年越しの進路決定か……………こりゃ、燃えるね」


「他人事のように……………こっちは考えるのに苦労したんですからね」


「そりゃ、そうだ。なんせ、それが大人になるってことだからな。そうやって悩んで悩んで悩み抜いて、人は一つずつ大きくなっていくのさ。誰もが最初から完璧な訳じゃねぇ。あたしらの仕事はそういう"伸び代"ってやつを見つける手伝いをすることだ。それでいくとお前は……………」


「そんなのどうでもいいけどさ…………その顔、もう隠すつもりはなくなったのかよ」


「あ?だって、あたしらの他に誰もいねーじゃん」


「はぁ…………まぁ、いいや」


「そうそう。細かいことは気にすんな。こうしてお前はまた一つ大人になった。それだけ分かってりゃいい…………んなことより、ほれほれ。出してみ」


「はいはい…………完全にチンピラのカツアゲだな」


俺は少し億劫そうにカバンの底に忍ばせた紙を一枚手に取って、担任へと手渡した。


「どれどれ……………はぁ〜なるほどね……………って、なんだこれは!!」


担任が怒号と共に叩きつけた紙が風に吹かれて宙を舞い、ゆっくりと床へと落ちていく。その際、夕日に照らされて俺の書いた文字がくっきりと浮かび上がった。そこには丁寧な字で"主夫希望"と書かれていたのだった。









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