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Episode.71 ここにも射的屋はあった

今年の夏は去年とは違い、みんなで集まって遊ぶということが出来なかった。綾乃さんはそもそも大学生で向こうには向こうなりの付き合いがあるだろうし、それを俺達が邪魔する訳にはいかない。かくいう俺達三年生組も来年に受験を控えていたから、呑気に遊んでいる暇などなかった。そして、後輩達に至ってはだが……………


「……………」


何故だか、会っておらず……………というか連絡すら取り合っていないみたいだった。あんなに仲の良かった二人の間に一体何があったのか、俺は物凄く気になった。しかし、こうしてボーッとテレビを見ている光の姿を目の当たりにしてはおいそれと訊くことなど出来ず、何事もなかったかのように振舞う彼女に対して俺ができることといったら、今はとにかく勉強することしかない気がした。自分のことで心配をかける訳にはいかない。だったら、勉強をしっかりやって進路ぐらいは安心させてやりたいという思いからだった。そうして、何か特筆するべきことがないまま夏休みは過ぎ去り、あっという間に始業式へと突入したのだった。



   




「久しぶり」


「…………お久しぶりです」


"秋祭りを一緒に回らないか?"……………そんな綾乃さんからのメッセージを受け取ったのはつい一週間前のことだった。綾乃さんとは卒業式以来だから、実に半年ぶりくらいか……………そのようなことを考えて待ち合わせ場所へと向かった俺だったが、いざ辿り着いてみるとそんな考えを吹き飛ばすほどの光景がそこでは待っていた。


「どうした?若干、返事が遅かったが」


「……………いや、その格好」


「ああ。これか…………」


そう言って、その場でくるりと一回転する綾乃さん。綾乃さんが召していたのは主に白を基調としており、サイドに薔薇が描かれた非常に美しい浴衣だった。それは綾乃さんの紫色の髪によく映え、道行く者はみな彼女に見惚れて立ち止まってしまうほどだった。ちなみに下駄は黒に紫色の鼻緒があるやつで髪型は普段とは違い、ポニーテールだった。


「その…………似合ってないか?」


いつもはかっこよく凛とした佇まいの綾乃さんだが、この時ばかりは弱々しい子犬のような顔をしながら上目遣いでこちらを見上げてきた。それはそれは物凄いギャップで日頃の彼女を知らない者ですら、思わず頰が緩んでしまうこと確実だった。


「いえ。とてもよく似合ってます……………その…………綺麗です」


「っ!?ば、馬鹿!!そんな綺麗とか…………言うな」


俺の言葉に慌てて浴衣の袖で顔を隠すようにしながら言う綾乃さん。その際、どんどんと声が小さくなり、最後の方はかろうじて聞き取れるほどしか声量がなかった。なんだか、びっくりして巣穴に隠れる小動物を見ている気分だ。


「…………チラッ……………チラッ」


時折、袖からチラチラと俺の方を見る仕草も本当に小動物のそれだった。どうでもいいけど、なんだこの生物は……………めちゃくちゃ可愛いぞ。現に周囲の男達はさっきから、綾乃さんの一挙手一投足に脳天と胸を撃ち抜かれ、ダウン寸前だった。うんうん。気持ちは分かるぞ。一見、クールビューティーに見える綾乃さんがこんな可愛い行動をしていたら、そのギャップにやられてしまうのは必然だ。てか、綾乃さん……………さっきから、チラチラとこっちを見てるの俺に気付かれてないと思ってるようですけど、バレてますからね。


「綾乃さん」


「ひ、ひゃいっ!?」


俺はなるべく静かに声を掛けたつもりだが、綾乃さんにとってはまさか俺に声を掛けられるとは思っておらず、青天の霹靂のようだった……………いや、なんでだよ!この状況じゃ、普通声をかけるだろ。いつまでもこんなところに立ち止まっていても仕方ないんだし。


「とりあえず、回りますか?」


「ご、ごほんっ!そ、そうだな」


「綾乃さんはどこに行きたいですか?」


「そうだな…………射的屋とかどうだ?武道では君に負けたが、射的なら負けないぞ!!」


綾乃さんのやる気満々な提案に俺は周りで倒れている男達(計二発ずつ✖️人数分)を指差しながら、笑顔でこう言った。


「綾乃さんは十分撃ち抜いたでしょう?」


しかし、俺の言葉の真意が分からなかったのか、可愛らしく小首を傾げる綾乃さん。その結果、その仕草にやられた新たな犠牲者達が地面へと転がる羽目になるのだった。








「美しいな」


「そうですね」


あの後、色々な屋台を見て回り、すっかり祭りを楽しんだ俺達。現在、俺達は人の少ない河川敷に青いビニールシートを敷いてその上に座っていた。俺達の周りには屋台で買い込んで食べ切れなかった焼きそばやフランクフルト、イカ焼き、わたがしなどがあり、綾乃さんに至ってはキャラクターもののお面をつけていた。よっぽどはしゃいでいたんだな…………てか、


「お面してるのにどうして花火が見えるんですか?」


「私ともなれば、心の眼で見通すことなど造作もないのだ!!」


「…………綾乃さん、どこ見て言ってるんですか?俺はこっちですよ」


明後日の方向を見ながら言う綾乃さんへツッコミを入れつつ、俺は改めて空へと視線を移した。そこでは大小様々な花火が打ち上がっては綺麗な花を咲かせ、その数秒後には儚く散っていった。


「てか、いい加減にそれ取りましょうよ。せっかくの花火が見れなくてもいいんですか?」


俺の問いには答える気がないのか、相も変わらずにどこかを見つめたままな綾乃さん。と思ったら、少ししてから、こう口を開いた。


「……………私が今日、浴衣を着てきた理由が分かるか?」


「…………えっと」


「正直に答えてくれ」


「…………すみません。分からないです」


「だろうな……………ちなみに知りたいか?」


「…………ええ、まぁ」


「………………去年の夏祭りを覚えているか?」


「はい」


「…………君も知っての通り、その時の私は屋台の手伝いに駆り出されていた。別にそれ自体は嫌じゃないんだ……………ただな」


そこで顔を下へと向けた綾乃さん。ややあって、顔を上げた綾乃さんはどこか吹っ切れたような表情をしている気がした……………お面で見えないから、よく分からんけど。


「みんなが浴衣姿で君と祭りを楽しんでいるのを見た時、とても胸が苦しくなったんだ……………ああ、何で私はあそこにいないんだろうって」


「………………」


「もちろん、屋台の手伝いを引き受けるという判断を下したのは他でもない、私自身だ。そこに対して不満はないし、引き受けたからには全力で取り組むのが私のスタイルだ……………でも、あの時ばかりは違った。今すぐここを抜け出して、あそこに混ざりたい……………そんな考えまで浮かんでしまったほどなんだ」


相変わらず、お面はつけたまま言葉を発する綾乃さん。彼女はもしかしたら……………いや、もしかしなくても今の表情を見られたくなくてつけているのだろう。彼女は完璧主義だ。それに今、彼女自身が言っていた。引き受けたからには全力で取り組むのがスタイルだと。とするのならば、彼女はあの時の自身の心情に後ろめたさを感じているのだろう。そして、きっとその表情を俺に見られたくないのだ。


「綾乃さん…………可愛いですね」


「っ!?」


「今日は綾乃さんの可愛いところが沢山見れたな」


「へあっ!?」


地球上に三分間しか滞在できないウルトラな人のような声を上げた綾乃さんはまたもや袖で顔を隠すような仕草をした。いやいや、あなたお面つけてるでしょ。


「とにかく、綾乃さんが浴衣を着てきた理由は分かりましたよ。てか、ぶっちゃけ理由なんてどうだっていいんです。こうして実際に目にすることができればね」


「…………全く。君は現金な奴だな」


「ええ。それでいいですとも。なんせ、この俺が今いるポジションは世界中の老若男女が欲して止まない…………それこそ、この椅子を巡って争いが起きてしまうほどに」


「大袈裟だな」


「いやいや!そう思ってるのは本人だけですって!自分のことは意外と分からないんですよ?」


「…………だろうな」


そう言って、お面は外さないまま、心なしか俺の方を見てくる綾乃さん。その視線はとても意味ありげに思えた。


「私が今いるこのポジションも彼女達が欲して止まないものだ……………とか言っても君には理解できないんだろうな……………ボソッ」


「綾乃さん?」


「いや、なんでもない」


「…………?」


「どうする?まだ屋台はやってるが見て回るか?」


「え〜これからですか?……………あっ!じゃあ、射的屋はどうですか?行きたかったんでしょう?」


「いや、それはいい……………どうやら、今日の私は撃ち抜くよりも撃ち抜かれる方だったらしい……………もう十分撃ち抜かれたよ」


そこで一旦言葉を切った綾乃さんは再び視線を空へと向け、次の瞬間には俺の方を向いてこう続けたのだった。


「相変わらず、美しい花火だ」











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