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ヤクソク〜交わしたのは誰と〜  作者: 気衒い
第一部

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Episode.65 婚約者⑤

「お前ら、こんなところで何してんの?」


その人………塔矢先輩は至って冷静に普通にまるでこの状況に動じていないとでもいうように訊いてきた。


「先輩…………」


「遅くなるって、こういうことだったのかよ。俺はてっきり、ショッピングやスイーツ店にでも寄ってくんのかと思ったぞ……………てのは冗談で光、お疲れさん。よくやったな」


「お兄ちゃん、ごめん。でも、私頑張ったよね?」


「ああ。ちゃんと教えた通りにできてるようだな。偉いぞ」


「そう…………良かった。それと助けに来てくれて、ありがとね」


「んなの当たり前だろ。なんせ、俺はお前の兄貴だからな」


そう言いながらも凄く優しい表情をした先輩が光の腰に手を回して、その身体を支えていた。見ると光の身体が震えている。私はその時、気が付いた。気丈に振る舞ってはいたが、本当は光も怖かったことに…………そして、何よりそれに気付いた先輩がいかにちゃんと光を見ているのかということに。


「……………」


もちろん、私も彼女を見ていた。しかし、この状況で頭は混乱し、そこまでよく見る余裕がなかったのだ。ということはこんな中で先輩は余裕があるってこと?それって、どういうこと?


「玲華もお疲れさん。怖かっただろ」


「はい……………すみません。私、何もできなくて」


「いやいや。たった1人、それも生身で武装した集団を相手にできる方がどうかしてるから。ここはお話の中じゃないんだぞ」


「それは……………そうですけど」


それでも私にはもっと何かできたはずだ。光だって同い年の女の子なのにあんなに頑張っていたのに……………それなのに私は何もできなくて…………


「おいおい。俺らもいるんだけど〜?」


「っ!?」


突如聞こえたリーダー格の男の声に私は我に返った。そうだ。呑気に話をしている場合ではない。ここは今、戦場なのだ。相手は元ボクサーをリーダーとする武装した者も混じっている50人程の集団。対して、こちらは先程まで戦い今は休息を取っている友人とその兄、そして何もできない小娘………………さっき、先輩も言っていたことだが、生身の人間が武装した集団相手にどうにかできる訳がない。状況はかなり不利と言っても良かった。


「先輩……………」


というか、絶望的だった。だから、私は先輩がどこかの御伽話のようにこれだけの集団をたった1人でやっつける、そんな妄想…………というか希望に縋るしかなかった。でも、そんなのはいくらなんでも都合が良すぎる。仮に先輩がとんでもなく強かったとしても無理だろう。


「まぁ、ここで休んでてくれ。ちょっくら、ゴミ掃除でもしてくるわ……………今日は燃えるゴミの日だからな」


そんな私の心情を知ってか知らずか、先輩は近くのベンチに私達を座らせると颯爽と集団へ向かって歩を進めた。えっ!?本当に何とかしちゃうの?たった1人で?


「はんっ。どこの誰だか知らんが消えてくんねーかな?ここは素人の来るところじゃねーんだわ」


「いや、それ無理。あいつら、俺の妹とその親友だから」


「はっ、兄貴が妹達を助けに来たってか?だったら、その妹さんとやらせてくれよ。お前みたいな構えもなってない隙の多すぎる素人相手にするぐらいだったら、疲れてても多少武術をかじってる少女の方がまだいいわ」


リーダー格の男は完全に先輩を舐め切っていた。それが証拠にリーダー格の男は武装もしていない一番下っ端っぽい奴を呼び出して先輩の前へと押しやった。


「えっ、いいんすか。こいつ、俺がやっちゃっても」


「ああ、いいよ…………その代わり、早くしろよ?依頼はスマートかつ確実性が大事だからな」


「了解っす」


下っ端はそう言うとニヤニヤとした笑みを浮かべながら、徐に先輩の目の前まで近付いた。具体的に言えば、顔と顔がくっついてしまうぐらいの距離に。


「へっ。悪く思うなよ?こちとら、ビジネスでこういうことやってんだわ。まぁ、お前は不運だったとしか……………カッ!?」


しかし、下っ端の言葉はそれ以上続かなかった。気が付けば、下っ端の顔が地面へと叩きつけられていたからだ。原因はおそらく…………というか確実に目の前にいる先輩しかあり得ないんだけど………………てか、下っ端の頭を掴んだままだし。


「なるほど。依頼、ビジネスね……………ビンゴだわ」


先輩はそう呟くと下っ端の頭から手を離して、立ち上がった。これにはこの場にいる全員が呆然としていた。なんせ下っ端が地面に倒れ伏すまで先輩の挙動が一切見えなかったのだ。光のはまだ目で追えた。しかし、先輩のは全くだった。


「こいつ…………さっきと今とでは全然構えが違ぇじゃねぇか。隙も全く見当たらねぇ……………弱い奴が強い奴のフリをすんのはできないことはねぇ。だが、その逆はほぼ不可能だ。足運びや姿勢、その他動作…………日常のちょっとしたところからだって強者の気配を隠すことなんてできやしねぇ。てか、仮にできてもやらん。メリットがない」


「さて………とりあえずリーダー含めた幹部を2、3人締め上げて……………いや、やっぱ面倒臭ぇな。全員やるか」


「お前…………何者だ?」


「それ、答えなきゃいけない?ここ、撮れ高ないでしょ」


「答える気はないってことか。まぁ、いい。さっきの躊躇のない一撃に加えて今、お前から感じる殺気…………どっちにしろ、普通じゃねぇ。素直にこっから、退くとも思えないしな」


「いいから、かかってこいって。こちとら、正当防衛っていう大義名分が欲しいんだから」


「ははっ!!こいつは傑作だ。じゃあ、何か?こっちが手を出さなければ、お前は大人しく帰るとでも?」


「確かにな。お前の言うことも一理あるか。ん〜そうだな〜……………」


そう言って、顎に手を当て何やら考え込む先輩。先輩は数秒の間、そうしたかと思うと…………なんと次の瞬間には姿が消えていた。


「ぐわっ!?」


「うげっ!?」


「がふっ!?」


そして、再び姿を現したのは敵の眼前だった。それぞれ光がやったのと同じ方法で同じ数だけ敵を倒していたのだ。


「綺麗…………私なんかよりもずっと洗練されていて無駄がない…………あれ?もしかして、お兄ちゃん、私にお手本を見せてくれてる?」


横でそっと呟く光。なるほど。だから、私の目にも先輩の挙動が見えるのか……………って、感心している場合ではない。さっき、あのリーダー格の男も先輩も言っていたじゃないか。いくら技術があったとて、たった1人で集団…………ましてや武装までしているのを相手するなんて無理だ。


「先輩…………」


しかし、そんな私の不安が杞憂だったと分かるのはこの後すぐのことだった。


「おい、大人しく帰るんじゃなかったのかよ」


「んな訳ねぇだろ。お前ら全員潰すまで帰らねぇよ」


「こ、こっちはまだ手を出してないぞ」


「は?出しただろ、俺の妹に」


「それはあいつらが勝手に……………っ!?」


次の瞬間、辺りにピリついた空気が立ちこめた。と思ったのも束の間、先輩はリーダー格の男の前まで一瞬にして詰め寄っていた。


「縮地だ…………凄い。あんな自然に」


横では相変わらず、光の解説が光る。私としてはギリ足捌きは見えたが、一体どうすればあんな歩法ができるようになるのか皆目、検討もつかなかった。


「チッ!!」


「……………」


喜んでばかりもいられない。リーダー格の男は腐っても元ボクサー。それも路上用に改造しているとさっき言っていた。であれば、こういう時の対処法も心得ているはず。案の定、すぐに気持ちを切り替えて鋭い拳を繰り出していた。


「くそっ!!何故、当たらない!?」


ところが、そのことごとくが先輩に当たっていない…………いや、正確には避けられていた。それは素人の私でも分かる程、必要最小限の回避だった。拳が当たらないギリギリを見極めて、身体を逸らしているのだ。しかし言うは易し、行うは難しだ。一体どれほどの修練を積めば、こんなことが可能なのだろう。


「いい加減にくたばりやが……………かはっ!?」


リーダー格の男が悪態をつき始めたまさにその時、避けるのをやめた先輩が攻めに転じた。とはいっても何も特別な攻撃などはしていない。ただ…………そう。拳を掻い潜り、右手で男の首を掴んだだけだ。


「は、離し…………」


「くたばるのお前の方だから。あと離す訳ないから」


「わ、悪かった。ここは大人しく手を引く。だから……………」


「は?何言ってんの?妹に手を出されてんのにそのまま帰す訳ないだろ……………お前は俺に暴れる理由を与えてしまった……………なぁ。こんな感情、久々なんだ…………冷めること言うなよ」


「っ!?お、お前ら!!逃げろ!!こいつ、普通じゃ……………ぐえっ!?」


「リーダーなんだったら責任取って、まずはテメェから散れよ」


「ぐ、ぐるじい…………息ができな……………」


「いいか?二度と妹に手出すな。分かったか?」


「は、はい」


「あとお前らを雇った奴の名前を言え」


「いや、それだけは…………」


「言え」


「は、はい!!……………です」


「はぁ、やっぱりか」


「じ、じゃあ、俺はこれで…………」


「許す訳ねぇだろ!!」


「ぐはっ!?」


最後に先輩は男の首を掴んだまま、そのまま木に男の頭を打ちつけた。その際、周囲には血が飛び散り、男はズルズルと気にもたれかかりながら倒れていった。流石に死んではいないだろうが、この異様な光景を目の当たりにした者は揃って動くことが出来なかった。中には恐怖のあまり、へたり込む者までいた。


「じゃあ、後は俺達だけで楽しもうぜ!!」


先輩のその大声は敵集団をヤケクソに特攻させた。そうして押し寄せてくる50の人波…………それを先輩はニヤリとした笑みで迎え撃った。先輩は様々な武術で以って、対処していた。私の知っているのだけで言っても空手・古武術・中国拳法・柔術・テコンドー・ムエタイ…………などなど。おそらく、その時その時で最適な手を選んでいるのだろう。共通して言えるのはその動きに一切の無駄がないということだった。


「玲華……………お兄ちゃんのこと、怖い?」


「え…………?」


「まぁ、あんな姿見たことないもんね……………でも私はね、あんなに人が倒れていって不謹慎なんだけど…………嬉しいんだ。あれって、私の為に怒ってくれているってことだから」


「………………」


私はそれに対して何も言うことが出来なかった。そもそもこれは向こうが仕掛けてきたことなのだ。だから、決して不謹慎などではない。当然の報いだ。けど、ほんのちょっと怖いと思ってしまったのも事実だった。


「何逃げようとしてんだよ。1人も逃す訳ないだろ」


「ひっ!!」


「た、助けてくれ!!」


今もなお、先輩は一人一人を確実に無力化していっている。問題はその方法だ。なんとわざと急所を狙い、効率良く人体を破壊しているのだ。これを側から見れば、非人道的で恐ろしい人だろう。でも、先輩の表情を見れば、それは致し方のないことだと分かった。先輩からはそこはかとない怒りを感じた。それがちょくちょく攻撃に乗っているようにも見えた。それだけ先輩にとって、光が襲われたということが許せないのだろう。言い換えれば、それだけ先輩にとって光が大切なのだということだった。


「ぐはっ!?」


「ん?…………もういないか」


最後の1人を蹴り上げたところで先輩は周囲を見渡して、そう言った。遂に相手にとっての地獄の時間が終わりを迎えたのだ。相手からしたら、恐怖以外の何物でもなかったことだろう。なんせ、生身の人間がたった1人で次から次へと仲間達を吹っ飛ばしていくのだ。結局のところ、先輩にとっては敵が武器を持っていようがいまいが、一緒だった。


「凄い……………本当にたった1人、生身で武装した集団相手に勝っちゃった」


私は思わず、御伽話のようだと心が躍ってしまった。いけない。これじゃあ、私の方が不謹慎じゃないか。先輩がいなければ、私達はどうなっていたことか……………


「お疲れ様。それとありがとう」


「先輩、お疲れ様でした!!ありがとうございました!!」


ゆっくりとこちらに戻ってきた先輩へ私達は立ち上がりながら、お礼を言った。すると、それを見た先輩は手で座っているよう示しながら、私達のことを気遣うような視線を向けてきた。


「どこも怪我はないか?」


「うん。大丈夫」


「そうか…………少し休んだら、近くのファミレスでも行こうか。幸い、明日は休みだから、そこでゆっくりしよう。ちなみにドリンクバーなら、お代わりし放題だぞ……………もちろん、俺の奢りでな」


先輩はさっき戦っていた時とは全く違う種類の笑みを浮かべながら、そう言った。正直、今回の一件で色々と気になることが出てきた。でも、助けてもらっておきながら、それを問いただすなんて恩知らずな真似はできそうになかった。それに先輩が自分から話していないということは何かしら意味があることなのだ。だから、いつか先輩が話してもいいと思える日が来たのなら、その時は是非聞かせて頂きたいと思った。


「お兄ちゃん、お財布持ってるの?」


「へ?……………あ」


「はぁ〜」


なんともまぁ、締まらないオチがついたところで私達はここを離れた。幸い、ここで起きた一部始終は誰にも見られていない。もし途中から見られでもしていたら、あらぬ疑いをかけられてしまうところだった。私はこの時、初めて治安の悪さに感謝したのだった。






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