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Episode.64 婚約者④

「……………」


光の控えめな相槌を聞いた私は無言で足を一歩前へと踏み出した。光の様子がおかしいのはなんとなく気が付いていた。知り合ってから、たった一年しか経っていないけど親友なのだから当然だ。私が今回のことで悩み出してから、光の様子が変わったことから原因はおそらく私だろう。最初は私のことを純粋に心配してくれているのかと思った…………いや、もちろん、それはあるのだろうけどどうやらそれだけではないようだ。けれど、それが何なのかは分からない。ただ、彼女の中に様々な葛藤や苦悩が渦巻いていることはハッキリと分かる。そして、それが現在進行形で彼女を苦しめていることも……………


「「……………」」


私達はひたすら無言で歩いた。どうして、こうなってしまったのだろう。あの数十分前の楽しかった時間がまるで夢のようだ。それもこれもやはり、私が婚約者なんかのことでウジウジと悩んでいるのがいけなかったのだろうか。それか、普段なら言わないようなことを私が言ったからだろうか…………いや、でもそれは致し方ないと思う。実際、光にはいつも感謝してるし、私にはもったいないくらい良くできた親友だと思ってる。それにここで伝えなければ、次はいつこういう機会があるか分からない。うん…………やっぱり、後悔はしていない。


「……………」


もしかすると、私はこの先の嫌な想像をしてしまったのかもしれない。今回の件が私の預かり知らぬところでどんどんと進んでしまい、あの男と婚約。そしたら、先輩達とは一切会えなくなってしまうかもしれない。なんせ、あの男を初めて見た時に感じたのだ。昔の両親を見ているようだ、と。ベッタリと貼りつくような嫌な視線だった。おそらく、今回の婚約はあの男にとって何らかのメリットがあると踏んで申し出てきたのだろう。私と…………私の家と婚約することで何らかのメリットが。それはただの政略結婚などではなく、もっと悍ましい何かが潜んでいる、そんな気がした。そうなれば、あの男のことだ。私を先輩達から隔離して、自分達のいる世界しか見せない…………ぐらいのことはやってのけそうだ。最悪、学校すら退学させられるかもしれない。


「……………ごほんっ」


「………?」


いや、流石にそれは考えすぎか。いけない、いけない。職業病だ。常日頃から妄想してお話を作るのがここでは悪癖となって出てきてしまっているだけだ。私は咳払いを一つすると一旦立ち止まった。


「光、あのさ…………」


「玲華!!」


しかし、私が続けようとした言葉は光の切迫した声によって、すんでのところでストップさせられた。


「は〜い。囲み、完了」


無言で俯きながら歩いていたからか、気が付かなかった。知らぬ間に私達はとある公園へと辿り着いていたのだ。ここは夜になるとお化けが出るとかいう噂のある公園であまり人も寄り付かず、そのせいで不良や暴走族といった人達の溜まり場となっている場所だった。つまり、治安だけでいうとここは最悪だった。


「ダメだよ?お嬢ちゃん達みたいな可愛い子がこんなところに入ってきちゃ」


嫌な声だった。それとどこから湧いて出てくるのか、次から次へと男達が出てきて私達はあっという間に包囲されてしまったのだった。どうやって集まったのか、ざっと見た限りでは50人程はいるだろうか。


「光…………っ!?」


私は恐怖からか細い声を上げながら、隣をチラリと見た。すると、そこにはどこか覚悟を決めたような顔をした光がいた。


「怖い顔すんなよ〜…………女だろ?だったら、そっちの嬢ちゃんみたいにただただ震えていりゃいいんだよ」


「女だからとか、随分と前時代的な考え方をするんですね。まぁ、頭が退化したお猿さん達じゃ仕方ないか」


「っ!?てんめっ!!」


「絶対、生かして帰さねぇ!!」


「おらっ!!」


光のあからさまな挑発に乗った男3人がこちらに向かって駆けてくる。私はただただ、それを震えながら見ていることしか出来なかった。


「はあっ!!」


「っ!?うおっ!?……………ぐわあっ!?」


しかし、光は違った。まず、一番最初に向かってきた男へは大声を出しながら、猫騙しをかまして男がびっくりして動けないでいる隙を見計らい、なんと左足で股間を蹴り上げたのだ。


「しっ!!」


「こんのやろっ……………うわっ!!目が!!目が……………ぐべぇっ!?」


次に向かってきた男に対しては体勢を低くすると同時に左手で掴んだ砂を男の目へ放った。そして、次の瞬間には右手を男へ向かって振り抜きながら突き出していた。あれは………………そうそう。確か、貫手と呼ばれる攻撃方法だったか。以前、本で読んだことがある。ちなみに体勢を低くした理由だが、砂かけ以外にも男のラリアットを躱わす為でもあったようだ。てか、ラリアットって…………


「あまり調子に乗るんじゃ…………ねぇ!!」


「光っ!!」


最後に向かってきた男は他の2人とは様子が違っていた。なんと武器を持っていたのだ。それも長さ1m50cm程の鉄パイプを、だ。男はそれを縦横無尽に振り回しながら、光へと迫っていた。光はというとそれを紙一重で避けながら、ずっと何かを狙っていた。


「うおりゃ!!はぁ………まだまだ、こんなもんじゃ…………はぁ、はぁ」


「ふっ!!」


「ぐぼらあっ!?」


そして、遂にその時が訪れた。男が振り回していた鉄パイプは何回目かで力が上手く制御できていなかったのか、地面へと当たり、先っぽが砂の中に埋もれてしまったのだ。しかし、そこですぐに態勢を立て直せば、まだ良かったものの男は何を考えているのか、悠長に息を整え始めた。当然、そんな隙を見逃す光ではない。光は鉄パイプの先の方を左足で思い切り踏みつけて引っこ抜けなくした後、男の顎へ向かって勢いの乗った下からの掌底を繰り出していた。


「「「……………」」」


結果は3人仲良く揃っての気絶だった。光はそれを見届けるとホッと一息ついてから、私の方へ微笑みかけた。


「玲華、大丈夫?」


「うん、ありがとう…………でも、光って強いんだね。全然知らなかったよ」


「こんなのたまたま運良く決まっただけだから。だから、本当にヤバいのはこれからだよ」


そう言って険しい顔をする光。私には光の言葉が信じられなかった。あんなに強いのに何故、そんな顔をするんだろう。素人目から見てもさっきの技は流れるように決まり、洗練されていたように思う。だから、こんな奴ら、コテンパンに……………


「おい、平和ボケした嬢ちゃん」


「っ!?」


突然、視線を向けられた私は蛇に睨まれたカエルのように全く動くことができなくなった。何故だろう?他の奴らならば、大丈夫そうなのにこのリーダーっぽい奴だけは何か違う。そんな気がした。


「そっちの武術っ子の言う通りだぜ。今のは完全に油断していた馬鹿共相手だから、どうにかなったようなものだ。ここから先はそう甘くねぇ。それが分かってて、武術っ子はわざと挑発し、こっちの呼吸を乱しにかかったんだ。何か、かじっているようだが流石にこの人数相手はキツイだろうからな」


「……………」


リーダー格の男の問いに無言で返す光。えっ、本当にそうなの?


「しかし、思ったようには釣れなかった、と。それはそうさ。俺が常日頃から口を酸っぱくして言っている台詞がある…………"安い挑発には乗るな"だ。おかげで安い犠牲で済んだよ」


「……………」


「おいおい。一体どんな教育を受けてるんだ?安い犠牲なんて言葉を聞いた日にゃ、お前らみたいな正義感の強いお年頃の連中は怒り狂うこと間違いなしだぜ?」


「怒ってますよ…………心の中で」


「いいや。さっきの戦術からしてお前みたいなタイプは臨機応変に効率良く相手を蹴散らそうとするのを目的としてるだろ?そんな奴がそれこそ、どんな挑発であれ乗る訳はない。お前は友達の前では隠してるようだが、本来は冷徹で残忍。他人のことなんて眼中にないんだろ」


「何ですか?性格診断?それとも占い?…………おもんな」


「でも、合ってるだろ?」


「いいえ。全部間違ってます」


「おいおい。じゃあ、さっきのは何だ?あんなのは純粋な武とは言えねぇぞ。猫騙しに目潰し、金的、鳩尾への鋭い貫手、そして何よりあの威力の掌底……………どれもこれも今のスポーツ化した武道ではまず使われない手だ。お前の武からは効率良く相手を破壊しようとする気配が見える。そんな戦い方をする奴がまともな訳ないだろ。はっきり言って、邪道だ…………一体誰に習った?」


「馬鹿じゃないの?ここは畳の上じゃないの。ルールなんて法律以外は存在していない」


「つまり、相手を殺めはしないが荒っぽくは片付ける、と。ひぇ〜、怖いな〜」


「………………」


「…………お前の予想通り、こっから先は油断なしの連中だ。元々、武術は何十人なんて相手にするように想定されて開発はされていない。体力は有限だしな。加えて、こっちには武器持ちが何人もいる。そして、さらに悲報だ」


「?」


「俺は元ボクサーだ。とはいっても修めているのはスポーツ特化型の方だけじゃない。ちゃんと路上で戦えるように搦め手を学び、改良を加えている……………つまり、お前らの勝ち目はゼロって訳だ」


リーダー格の男はそう言いながら、自信満々に腕を組み出した。そして、周りの連中もそれに呼応するように吠え出す。


「ひ、光…………」


私はもうどうしたらいいのか分からず、情けない声を出しながら光に縋るしかなかった。一方の光はというと険しい表情に加えて、額には若干の汗が浮かんでいた。


「さ〜て…………じゃあ、楽しませてもらうとするか」


「おっ、いいな。俺も混ぜてくれよ」


そんな中だった。いよいよ、リーダー格の男が前へ出ようとした、まさにその時…………不意に近くから、私の最も安心する声が聞こえたのは。












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