Episode.62 婚約者②
「……………」
最近、玲華の様子がおかしい。7月に入って少し経つのだが、何も言わずにボーッとしていることが多いのだ。もちろん、話しかけたら返してはくれる。しかし、それもどこか取り繕ったというか嘘くさいというか、どちらにしても心ここに在らずなのは間違いなかった。
「あの、先輩……………」
「ん?なんだ?」
「ちょっとご相談事が…………」
これは光の言った通りになったな。何はともあれ、事前に聞いておいて良かった。俺の答えなら既に決まっている。あとは……………
「どうした?俺にできることなら、何でもするぞ」
こう返すだけだ。
「先輩…………!!ありがとうございます!!」
話をまとめるとこうだった。どうやら玲華には婚約者がいるらしく、どんどんと結婚式の日時が迫ってきているとのことだ。玲華も急に知らされたらしく、自分の両親も向こうの両親もかなり乗り気で断るに断り切れず、どうしたもんかと悩んでいると。そもそも婚約者の存在自体が初耳でそれもそのはずだった。たまたま両親が海外公演に行っている際に出会った人のご子息が婚約者だそうでなんでも文武に長け、ピアノもかなり上手いらしく、その人柄も良好。彼女の両親は一目見て彼を気に入ったみたいだ。
「明日、一度日本に来るらしくて……………なんでも私のことを事前に知っておきたいからと」
「……………」
「嫌だ…………絶対に嫌。なんで婚約者なんて……………本当にお父さん達は自分勝手なんだから。去年はちゃんと分かり合えたと思ったのに」
「とりあえず、一度会ってみるっていうのは……………」
「先輩、それ本気で言ってます?」
「………ないよな。ごめん」
「いえ、私の方こそ、すみません。何度も私のことに巻き込んで」
「俺のことはどうでもいいだろ。それより、まずは明日のことだ…………どうする?」
「………………」
俺の質問に押し黙る玲華。本人もそれが分からないから、こうして悩んでいるのだろう。彼女にとっては結婚式どころか、婚約者と会うこと自体が嫌なのだ。だが、訊かない訳にはいかなかった。
「……………俺も行くよ」
「……………え?」
「明日、俺も連れてってくれ」
「先輩、何言って…………」
「だから、その婚約者とやらがいる会場まで俺も同行させてくれって言ってるんだよ」
「いえ、そういうことじゃなくて!!何言ってるんですかって話!!」
「いや、何って…………俺もそいつに興味が出てきたから、どんな面か拝もうと」
「先輩、何考えてるんですか…………」
「お前こそ何考えてんだ?まさか、向こうの迷惑になるとか考えてんじゃないだろうな?」
「それはそうでしょ」
「はぁ〜…………そんなことよりもまずは自分のことを考えろよ。だいたい今回のことはお前の両親と向こうがお前の意思を無視して勝手に決めたことなんだろ?だったら、それをぶち壊して何の問題があるんだ?」
「ちょっと!今、サラッととんでもないことを言いましたよね!?」
「うん。言ったけど」
「はぁ〜…………」
「俺と同じ種類のため息を吐くな。てか、俺の言ったことは合ってるだろ?」
「いや、それはまぁ……………最後の部分以外は」
「安心しろよ。そんなすぐに強硬手段には出ないから。会ってみて、良い奴だったら穏便に今回の件を解決。クソ野郎だったら、その時は……………」
「その時は?」
「ぜーんぶブッ壊そうか」
「ひっ!?やっぱり相談する人、間違えたかも」
おかしい。俺は満面の笑みで言ったはずだが、どうして玲華は慌てているんだろうか?……………まぁ、いいか。ともかく、明日行ってみてだな。
「Hi!!麗しのレイカ!!ずっと会いたかったよ!!」
そう言って軽いステップで玲華に近付いてくる男。名をトール・ファイゼンといい、背が高くスラッとした体型の金髪イケメンだ。瞳は透き通った空のそうな色をしており、その甘いマスクと雰囲気から今まで数々の女性を口説き落としてきたことが容易に窺えた。スーツとネクタイ、靴が白一色で中のワイシャツが紫色。一体どこの組の者だと言いたいところだが、彼にはそれが非常に似合っていた。彼を一目見れば、誰もが位の高い者だと分かるだろう。
「……………どうも」
「ん〜?声が小さいな〜…………おかしいよ?愛しの婚約者に会えたんだから、もう少しテンションを高くしなきゃ」
「……………」
その後もほぼ無反応な玲華へとトールはしつこく話しかけてきた。いや、こんなんじゃテンションも下がるだろ。
「その辺にしとけよ。嫌がってるだろ?」
「ん?…………君は一体どこの誰だい?部外者は立入禁止なはずなんだけど」
「部外者がこんなとこ来れるかよ。どう見ても関係者だろうが」
「いやはや。びっくりだよ。玲華しか視界に入っていなかったから。恋は盲目とはよく言ったもんだ……………で、君はいつから、ここに?」
「最初からだっての……………てか、気付いてた癖に白々しいリアクションはよせ」
「いやいや、なんせ僕は彼女に夢中だからね。本当にそれ以外は視界に入らないのさ」
「はいはい、そうですか。それは凄いですねー」
これ以上のやりとりは面倒臭そうだった為、棒読みで無理矢理にでも会話を終える俺。すると、何か物足りないのか、俺の方をジッと見てくるトール。
「…………君、一体何者だい?」
「だから、こいつの関係者…………というか学校の先輩」
「…………そうか。なら、悪いけど今すぐここから立ち去ってくれるかな?これから僕達は高級レストランでディナーの予定があるんだ」
「………いや、俺は」
俺がその後も言葉を続けようとした時、玲華が急に俺の手を強く握ってきた。俺が驚いて玲華の方を見ると彼女は首を小さく横に振っていた。
「先輩、今日はありがとうございました。私のことなら、大丈夫なんで」
「おい、でも…………」
「ほら、彼女もこう言っているのでね…………では失礼させてもらうよ」
そう言うとトールはわざと俺の肩にぶつかりながら、その横を通り抜けていった。そうして向こうの方にいる玲華やトールの両親と合流していった。
「……………」
俺はというとそんな彼らを遠くの方から、ただ黙って見送ることしかできないのだった。
「おい、いるか?」
「はっ!トール様!!」
「あいつを見張れ」
「あいつ…………というとさっき玲華様の近くにいた者のことですか?」
「ああ。どうやら玲華の知り合いらしい」
「あの…………失礼ながら申し上げますとあの男は我々が見張るに値しない人物かと。佇まいから何から、そこまでの者には見えないのですが」
「それでも一応だ」
「トール様?」
「あいつ、さっき僕がぶつかった時、全く身体がブレていなかった。一体どんな体幹をしているんだ?」
「ははっ、ご冗談を。トール様の洗礼を受けて倒れない………ましてや身体をよろめかさない者などこの世には存在しないかと」
「……………」
「本日は特別な日でございます。おそらくはそちらに全神経を集中していた為にトール様に力が入らなかったのでしょう……………さっ、この世の些事など気にせず、参りましょう。あちらで愛しの婚約者様がお待ちですよ……………あ、一応見張りはつけておきますのでその点はご安心下さい」
「あ、ああ」




