Episode.61 迷い
「お兄ちゃん…………ありがとね」
それは6月も終わりに差し掛かる頃のことだった。夕飯を食べ終わり、リビングのソファーでまったり過ごしていると光が突然隣に座ってお礼を言ってきたのだ。
「ん?」
「美鈴ちゃんのことだよ…………私も幼馴染みなのに何もしてあげられなかった。ただただお兄ちゃん達が上手くやってくれるよう祈っていただけで」
顔を俯かせながら、そう言う光。その表情から察するに美鈴のことがとても大切で是非力になりたかったのだろう。しかし、当人の希望は叶わず何もできなかった、と。俺はそんな光を見ていたら、無性に愛おしくなり彼女の肩を抱いて、その頭を俺の肩へともたれかけさせた。
「お兄ちゃん…………?」
「祈ってくれてたんだろ?だったら、何もしてないことにはならないよ。お前が俺達のことを思ってくれている…………その事実だけで俺は嬉しいんだ」
「でも…………」
「それにお前のことだ。もし俺達が上手くいきそうになかったら、すぐサポートしてくれようとしてたんだろ?」
「あ、バレてた…………?」
「当たり前だろ。何年、お前の兄貴やってると思ってるんだ?」
「え、え〜っと……………13年?」
「妹よ、俺は悲しいぞ。常日頃から残念な子だとは思っていたが、遂に四則演算までできなくなったのか」
「へ?」
「おいおい。俺達は兄妹なんだから、お前の年齢分の年数を言えばいいんだよ……………答えは16年だ」
「あ…………」
「ぷっ、クスクス」
「笑わないでよ!足し算・引き算は苦手なんだから」
「おい。今とんでもないことを聞いたぞ。だったら、掛け算・割り算はどうなる?」
「……………」
「おい」
「と、とにかく!私は感謝してるんだから!!素直にお礼を受け入れて!!」
「いや、とんだ感謝のされた方だな!?」
いくら真面目な話をしていても気が付けば、ふざけているのがいつもの俺達だった。今回も例に漏れず、そうなっているのだが、このまま馬鹿話を続けるつもりはない。俺には一つ引っかかっていることがあるからだ。
「それはそうと今回のことは誰がいつ、どこでどのようにお前に伝えたんだ?……………それと理由も気になる。一体何故、そんなことをしたのか」
「おわ〜…………5W1Hで訊いてきたよ、この人」
「質問をよく聞け。whatはないだろうが」
「うわ〜教師かよ、この人……………もしくは面接官?まぁ、どちらにしてもネチネチしてることに変わりはないけど」
「うるさい。いいから、質問に早く答えなさい」
「い、いやーそれがですねー?たまたまお兄ちゃんの部屋の前を通りかかったらですね?その、話してる内容が聞こえちゃいまして…………」
「最近は部屋に誰かをあげた覚えがないが?」
「じ、じゃあ、電話だったのかな〜?」
「仮にそうだとしても今回のことを俺の部屋の中でしかも電話で誰かに伝えた覚えはないが?」
「……………」
「…………まぁ、いいか。光に悪意はないんだし。どうせ、俺の独り言を聞いたとか、どっかでたまたま知ったとかだろ」
「ごめん」
「謝ることはないよ。別に嫌な気はしないし……………でも、あまり危ないことに首は突っ込むなよ?お前に何かあったら、どうにかなっちまう…………主に俺ら全員」
「…………あ、お父さんとお母さんもってことね」
「特に親父がやばい。"お前が目を離したからだ!!"とか言って殴りかかってきそう」
「あー…………やりそう」
「ま、とにかくお前は難しいことを考えず、できるだけ俺の手の届く範囲にいてくれ」
「うん。分かった」
「……………よし。これで話は終わりか?この後、見たいテレビがあるんだが」
「ごめん。もう少しだけ付き合ってもらってもいい?」
「ん?どうした?」
そこで一旦言葉を切った光は深呼吸をした後、こう言った。
「最近、玲華が浮かない顔をしているの。それでもしかしたら、またお兄ちゃんに助けを求めてくるかもしれないんだけど、その時は…………」
「ああ、分かってる。助けてやれっていうんだろ?てか、そんなの当然だろ。なんせ玲華は大事な…………」
「ううん。違うの」
「は?」
「助けるか、助けないかはお兄ちゃんがよく考えて決めて欲しい。私の方からはお願いや強制はしないから」
「光……………?」
「絶対に駄目なのが中途半端な気持ちで助けようとすること。ハッキリ言って、そうするぐらいなら、まだ助けない方がマシかも」
「おいおい。話が見えないぞ。それに玲華はお前の親友だろ?だったら、当然助けて欲しいんじゃないのか?」
「私は……………」
そこで逡巡した光は数秒後に小さくだが、はっきりと聞こえる声でこう言った。
「私は助けて欲しくない…………かもしれない」




