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ヤクソク〜交わしたのは誰と〜  作者: 気衒い
第一部

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Episode.58 未練

「……………」


「……………」


俺の問いに対して、長い間黙り込んだ美鈴は俺から視線を逸らしつつ、こう言った。


「未練なんて…………そんなのある訳じゃん」


「本当か?」


「…………だって、私はあの時、完全に吹っ切れたんだから……………塔矢も見てたでしょ?」


「ああ」


「あの時の私は塔矢の目にはどう映った?」


「自分の思うままに走っていた。それこそ、今後未練が残らないよう」


「ほら!!」


「だが、お前はその時に"今日(ここ)が私のスタートライン"だと言っていた。あの状況的にそれは陸上に見切りをつけ、新しい自分へと生まれ変わるという意味で捉えられるだろう……………しかし、別の意味にも聞こえてこないか?」


「別の意味?」


「"今日(ここ)から私の陸上人生が始まる"……………とかな」


「っ!?ちょっと!私はそういう意味で言ったんじゃない!!」


「……………」


「現に私はその日を境に一切陸上に関わってないもの……………それに陸上人生とか大袈裟すぎ。それじゃあ、まるで私が陸上一本で生きていくみたいじゃない」


「違うのか?お前ならば、それも可能だと思ったんだが」


「それは過大評価しすぎよ。私の実力なんて、この街の中ですら通じるかどうか……………まぁ、運良く、そこを突破できたとしても全国を見渡せば化け物みたいな実力者がそこら中にいるのよ?そんなのに勝てる訳ないじゃない」


「今の言い分だとそいつらに勝てれば、陸上人生を歩むのもやぶさかではないみたいに聞こえるけどな」


「揚げ足を取らないで。言っておくけど、私はもう陸上に未練はないから!!」


美鈴のその表情からはとても強い意思が感じ取れた。ここまで言うということはおそらく本当のことなんだろう。


「…………そうか」


「…………うん」


「悪いな。色々言って」


「ううん。塔矢が私の為を思って言ってくれてるの分かるから」


「はぁ…………今までの話を総合するとお前が向こうに行きたいと思わないのも当然かもな。なんせ陸上をする気はない上にこっちには思い入れがある……………これはどうしたもんか」


「うん。お父さんには悪いけど、私は転校なんて絶対に嫌。でも、世の中にはどうにもならないってことがあるでしょ?だから、私も……………」


「ふざけるな」


「っ!?」


それは自分でも驚くほど低い声だった。そこから先は美鈴の口から聞きたくない……………そう思っていたら、自然と口が動いたのだ。


「とにかく、俺がなんとかする。だから、美鈴……………お前は諦めるな」


「塔矢……………」


「何か方法があるはずだ。タイムリミットギリギリまで頭を使わせてくれ」


「…………分かった。私もみんなと…………塔矢と離れたくない。ずっと一緒にいたい……………だから、お願いします」


「おいおい。そう畏まるなよ」


「ううん。だって、修学旅行の時もその後も………………小さい頃を合わせたら、数え切れないくらい助けてもらってるもん。だから、態度でくらい示させて」


「美鈴……………」


「塔矢、お願い。私、ここにいたい…………塔矢達の側を離れたくない……………だから、力を貸して」


「ああ…………任せろ」


「っ!?ありがとう!!」


直後、縋り付いてきた美鈴を優しく抱き締め、彼女が泣き止むまで俺はその場にいた。その間、俺の頭の中はどうすればいいのか、その解決方法のことでめまぐるしく回っていた。そうして考え続けているととある一人の人物が頭の中に浮かび、気が付けば俺は立ち上がっていた。


「塔矢…………?」


「悪い。急用ができた」


それから美鈴の家を出た俺は携帯を取り出して、メッセージの作成へと取り掛かった。内容は至ってシンプルで"明日の放課後、時間をくれないか?屋上に一人で来て欲しい"というものだった。







「珍しいな。お前が俺を呼び出すなんて」


「ああ……………悪いな。わざわざ」


後ろで扉の閉まる音がする。振り返るとそこには浩也がいた。どうやら、要望通りに一人で来てくれたようだ。


「まぁ、とはいってもそろそろ声を掛けてくるとは思ってたけどな」


「?」


「だって、ここんとこのお前、ずっと何か考え込んでたじゃん。それに浮かない顔もしてたし」


「……………そんなに分かりやすかったのか、俺」


「まぁな。きっと周りも心配してると思うぞ」


「……………」


「で?話って何?」


「ああ……………それなんだが」


俺は思い切って美鈴のことを打ち明けた。もしかしたら、浩也ならば何かいい意見をくれるんじゃないか?そう思っての行動だった。もちろん、美鈴の許可はもらっている。


「なるほどな……………」


「俺はどうしたらいいと思う?」


「そうだな…………テンプレ通りの意見しか言えないが聞くか?」


「ああ。頼む」


「分かった。その代わり、拍子抜けしたとか言うなよ?」


浩也はそう言って、数秒黙り込んだ後にゆっくりと口を開いた。


「お前はお前のやりたいようにやれ」


「……………」


「おいおい。そんな顔するなよ。言っただろ?テンプレ通りの意見しか言えないって」


「いや、その…………単純に驚いたというか」


「?」


「本当にそんなことが可能なんだなと思って」


「どういうことだ?」


「確かにお前がくれた意見は至極真っ当なものだと思うし、よくアニメやドラマでも使われてる台詞ではある……………だが、それはあくまでも創作物の中だからであって現実では…………」


「夢のまた夢だって?そんなのやってみなきゃ分からんだろ。それにどの道、何もしなければ三海は転校してしまう。これは変えようのない現実だ。なりふり構っていられる状況じゃないだろ?」


「……………」


「というか、今更なんだが俺は別の部分が引っ掛かってるんだが」


「…………別の部分?」


「ああ」


そこで一拍置いた浩也は静かにこう続けた。


「お前達の関係性だよ」







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