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Episode.57 都合

「……………」


美鈴が転校する……………俺はそう聞いた時、身体中の震えが止まらなかった。どうやら親父さんの仕事の都合らしく、6月の末にはこの街を出ていくとのことだ。現状、このことを知っているのは俺だけで美鈴も美鈴でみんなに心配をかけたくないらしく、黙っていて欲しいと頼まれた。


「あと1ヶ月か…………」


今は五月の末。美鈴から話を聞いてから、どうすればいいのか俺なりに考え続け、気が付けば1ヶ月以上の時間が過ぎてしまっていた。しかし、以前として答えは出ないままだった。美鈴の本心としてはもちろん、ここを離れたくないとのことで俺としては彼女の要望を叶えてあげたい。だが、何をどうすれば、それが叶うのかが分からなかった。


「というか、そもそもここに残ることが本当にあいつにとって正しいことなのか?」


もちろん、俺個人としてはいなくならないで欲しいと思っている。しかし、それは感情的な話だ。現実はそれでやっていけるほど甘くはない。親父さんも美鈴の心境は痛いほど理解しているはずだ。それを分かっていながらもその決断を下すということは自分の仕事のことだけではなく、何かしら美鈴にとって為になることがあるんじゃないか?


「これはもう一度話してみる必要があるな」


俺は善は急げとばかりに美鈴へと連絡し、話がしたいと伝えた。彼女は俺の雰囲気を電話越しに察知したのか、すんなりと了解してくれた。そうして明くる日、俺と美鈴は以前と同じ状況下で話をすることとなったのである。







「単刀直入に訊く……………お前、まだ俺に隠してることないか?」


「っ!?」


部屋に入ってすぐそう切り出したのが果たして正解だったのかどうか……………それは彼女の表情を見れば明らかだった。


「図星か」


「ごめん……………なんか言い出しづらくて」


「遠慮するなよ。俺とお前の仲だろ?」


「うん…………ごめん。そうだよね」


そう言うと深呼吸をする美鈴。ここから彼女がどれだけ緊張しているのかが伝わってきた。


「実はね……………私の転校する予定の高校って陸上に力を入れているの」


「っ!?お前、それを親父さんは知って…………」


「うん……………あ、でも私の為だけとかじゃないよ?お父さんの仕事の都合っていうのも本当のことだし」


「……………」


「ただ、引越し先の家とその高校がたまたま近くて……………私の学力でも入れそうなところだし、その高校から陸上部の盛んな大学への推薦とかもあるみたいなの」


「だからってお前……………」


「もちろん、私はここに残りたいよ?環境としては向こうがいいのかもしれないけど、こっちにはこっちでしか得られないものがある。私はそれを手放したくない」


「………………」


「でもね、お父さんの転勤は現実としてあって、それは変えようのない事実なの……………それにお父さん、とても嬉しそうに話すんだよ?"お前の好きな陸上が凄い高校だ"とか"あっちの空気はお前に合うと思う"とか……………なんか、それを聞いてたらさ、せっかくのお父さんの気持ちを無碍にするのは可哀想かなって。ほら、私の為を思って言ってくれている訳じゃない?」


「だが、お前はここに残りたいんだろ?」


「………………」


「親の都合に振り回されるのは決まって子供だ。娯楽・離婚・転勤……………その中でも大きな3つがこれだ。親は…………大人はこっちのことを何も分かっていない。何故、子供の方が気を遣う必要がある?まだ成人もしていないだろう?ならば、自分の生きたい通りに生きて何が悪い?」


「塔矢…………」


「"あっちの空気はお前に合うと思う"………か。それは所詮、親父さんの独りよがりの考えでしかない。罪悪感を感じない為に………お前に恨まれない為に言っているだけかもしれない。まぁ、いずれにしても…………本当に子供って無力だよな」


「……………」


「おいおい。そんな深刻な顔をするなよ。今言ったことは所詮、俺の妄想でしかない。もし今言ったことが本当のことだったら、親父さんが自分勝手な奴だってことになっちまうだろ」


「いや、でも……………」


「大丈夫だって。親父さんはお前のことを一番に考えてるんだから。幼い頃からの付き合いであの人がとても優しい人格者だってことは俺でさえ分かってる。だったら、一番近くにいるお前はどうだ?あの人が俺の妄想通りの人物に見えるか?」


「…………ううん。お父さんは常に私のことを一番に考えてくれてる」


「だろ?…………ってことは考えるべき部分は他のところにあるな」


「塔矢………?」


俺はそこで姿勢を正すと正面から美鈴の目をしっかりと見つめて、こう言った。


「お前…………まだ陸上に未練があるのか?」








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